第31話 ミッドウェイ空襲
中檜飛長はいきなり撃鉄が撃針を叩き、薬室が連続して立てる爆裂音を耳にした。
「あっ!」
と思って隊長機に目をやると、友永機の傍らを飛んでいた一機が火だるまになって落ちてゆくのが見えた。黒煙を引きはじめた機もあった。
「敵はどこだ!?」
と辺りを見回す。
中檜は操縦桿を押して急降下したい衝動に襲われたが、フットバーを蹴ってジグザグに回避運動をしながら恐怖を追いはらおうと躍起になった。
そうこうしているうちに制空隊の零戦が上空から急降下してきて、敵機を追躡していくのが見えた。
あちらからこちらから銃撃の音が聞こえる。そして爆発音。空気を切り裂く耳障りな笛のような叫声もする。
辺りを見回せば落ちてゆくのはずんぐりとした敵機ばかりのようである。
その後方にいた桑原は空中戦がはじまるや、降下旋回して敵弾を避けていた。編隊を乱すなと厳命されていたことなどお構いなしといった体だった。
「あいつは卑怯者だ」
と報告するならすればいい。そもそも生きて帰れればの話だがな……。桑原はそう考えていたのだ。
上飛曹という職務上2機の列機を率いていたが、彼らも桑原に従っていた。
「ここまでは命拾いしたな。だがこの先はわからんぞ」
振りかえって列機を確認した桑原は一人口の中で呟いた。
空中戦は15分ほどで終わりを告げた。名実ともに世界最強の零戦隊の迎撃にあって、米軍戦闘機隊はひとたまりもなかった。
しかし日本軍の襲来を予想していたミッドウェイ基地では、飛べる機すべてを空中退避させていたのである。
「攻撃隊形を作れ!」
友永は電信員にそう打電させながら、虚しさに襲われていた。地上のどこにも敵機の姿がないのだ。
だがこのとき電信員の操る無線機は敵弾を受けて沈黙を余儀なくされていたのである。
それでもとにかくやらねばならぬと、第一次攻撃隊の各機はつぎつぎに爆弾を投下し、機銃掃射を浴びせた。
重油タンクは濛々と黒煙を噴き上げ、格納庫の天井に大穴が空き、滑走路に無数の穴が穿たれた。軍事施設と見られる建物の壁がそぎ取られ、機銃掃射と爆弾を浴びた檣楼が音を立て頽れた。
だが米軍の対空砲火もまた激しく応射していた。
桑原の列機がその火箭に捉えられて撃墜されたが、彼らはその前に3発の爆弾を敵地にお見舞いしていた。
攻撃を終えた各機は集合地点へと向かって翼を翻していった。
上空で戦果を確認していた友永機を見つけた中檜は、操縦槓とスロットルを操作してその小隊に近づいていった。
友永大尉が黒板に文字を書いて列機になにごとかを伝えようとしているらしい。
「ワレ無線機故障、代信頼ム。第二次攻撃ノ要アリ、〇四〇〇(日本時間。現地時間は午前7時)」
すぐに大尉の列機から無電が打ち出されたのがわかった。
よく見れば友永機は左翼から白い筋を引いている。どうやら燃料タンクに被弾したらしい。中檜はあたりを飛ぶ友軍機がかなり損傷を受けていることに気づいた。
そうこうしているうちに編隊は母艦目指して旋回をはじめた。
劣速の九七艦攻に追いついてきた九九艦爆が翼を振って、
「ワレ無事ナリ」
と健在を示す光景もあった。
結局のところ戦果は敵の航空戦力を粉砕するという部分においては不十分だったのである。滑走路や施設を破壊したところで、それはやがて復旧される。撃つべきは敵の航空機そのものなのだが、第一次攻撃隊はそれを照準器に捉えることができなかったのである。
日本軍の損害は戦闘機2機、爆撃機1機、攻撃機4機だった。
一方の米軍は戦闘機26機のうち24機を失い、人員20数名を失ったが、致命的とはほど遠い損害だった。
いまだ第16、17任務部隊は無傷のままだったし、友永が無電を打った午前7時に「エンタープライズ」と「ホーネット」から、第一機動部隊を撃滅せんとする攻撃隊が発進しようとしていたのだから……。