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ミッドウェイ海戦  作者: イプシロン
第3章 進撃
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第26話 ダッチハーバー空襲

 アリューシャン列島にあるダッチハーバーは都市名ではない。

 発見したオランダ人によって名づけられたまま、現在まで継承されてきたといったほうがいい。ダッチハーバーと呼ばれている地域は、アンカレッジから南西に680海里(約1250km)にある、東西に細長いウナラスカ島からV字に突きだした岬に挟まれた港湾部というほうが正確である。V字の底にあたる部分にはアマクナック島があり、この島の南端を中心にして直径約6キロほどの円周圏内がダッチハーバーだと思えばいい。連合艦隊の柱島泊地より一回り小さいと考えればわかりやすい。

 それまでダッチハーバーは海洋動物からとれる毛皮の輸出港や捕鯨基地として開けてきたのだが、1940年米軍がここに基地建設を開始したことによって、閑寂が破られたともいえる。

 昭和17年6月4日、北大西洋とベーリング海は霧を枕にまだ眠りを貪っていた。太陽が地平線を這うように昇る北海特有の世界は不明瞭に支配されていた。

 空母「龍驤」はダッチハーバーから南方200海里(約370Km)まで進出していた。

 飛行甲板にはすでに発艦準備を終えた機体が並べられている。

 寒暖計は氷点下をさし、艦橋にいても潤滑油オイルが凍りそうな冷気から逃れることは容易ではなかった。時計の針は日の出30分前を指していたが、霧で視界を奪われている司令部要員たちは時間感覚に自信が持てていなかった。

「そろそろじゃないのか?」

「もう少し待ってください」

 奥宮参謀は前方にいる駆逐艦すら見えない状況での発艦は危険すぎると考えていた。しかし航空戦は先手必勝ということも知り尽くしている。

 すでに暖気運転をはじめているエンジンの轟きが焦燥感を募らせる。

 隣には「隼鷹」がいるはずなのだが……と双眼鏡をあげて艦橋の窓ごしに眺めやる。――いる。ぼんやりとだが何かがそこにいるのはわかった。誰も口を開こうとしない森閑とした空気。奥宮が感じていた緊張と重圧は膨らむばかりだった。

 しばらくすると朧げながらも「隼鷹」の輪郭が肉眼で捉えられるようになってきた。

 奥宮は胸に充満していた不安を吐き出すように、

「司令官、もう大丈夫です」

 といった。

 両翼にある航法灯がともされ霧中に赤と青の光球が点々と見えはじめた。轟音が高まり飛行甲板を蹴って戦闘機がつぎつぎに舞いあがってゆく。つづいて攻撃機。このとき1機が海中に突入したが、搭乗員はすぐさま駆け付けた駆逐艦に救助された。

 「龍驤」と「隼鷹」から発艦したのは、戦闘機9機、爆撃機12機、攻撃機6機の27機だった。

 普段であれば編隊を組んで敵地へと向かうのだが、いまだ太陽がどこにあるのかさえわからない朦朧とした世界では空中集合すら困難なようだ。志賀飛行隊長の指示なのだろう、各機ごとに航法しながら進撃するようだ。

 空にあがったなら彼らに任せるしかない。奥宮はそう思いながら、航法灯の太陽が霧のなかに没し去るまで儚い光球を見送っていた。

 攻撃隊が発進を終えたころ第二機動部隊上空には、それと入れ替わるように敵の哨戒機が飛来した。どうやらPBY飛行艇のようだ。霧と雲を利用してPBYはしつこく纏わりついていたが、帰投すべき燃料に達したのだろう、離脱ぎわに爆弾を投下したがわが方に被害はなかった。

 だが攻撃隊は無傷ではすまなかった。進撃中にP-40戦闘機の迎撃をうけ、虚しく海中に爆弾を捨てた機もあった。爆撃隊を守ろうと敵に空中戦を強いたあと、機位を見失ってダッチハーバーまで到達できなかった機もあった。それでも何とか辿りついた機は各個に目標を定めて爆弾を投下し、機銃掃射を繰り返したあと母艦に帰投してきた。

 充分とはいえなかったが戦果はあった。何よりもダッチハーバーの状況が見えてきたのが大きかった。とはいえそれは米軍が予想以上に基地化を進め、施設や設備を整えているという事実だった。さらにダッチハーバーの南西にあるマクシン湾に駆逐艦5隻を確認したという報告もあったのだ。

 角田は思案した――。敵は飛行場を整備しつつある。だがまだ十分といえる航空戦力を整えているとはいえない。それに陸上の基地であってみれば、わが方はいつでも彼の攻撃圏外に逃れることはできる。では駆逐艦はどうか? 我にもっとも近い位置にある脅威はこれだ。戦いに犠牲はつきものである。だとしたら――。

 決断は早かった。

「第二次攻撃隊を出す。高雄、麻耶に連絡。水偵を爆装にて発進させよ!」

 こうして24機の攻撃隊が敵地に差しむけられた。だが天候は悪化するばかりで編隊飛行もままならない。ほとんどの機は目標を探しあぐねいて引き返したが、敵戦闘機の迎撃をうけた機もあった。「高雄」「麻耶」から射出された水偵は2機が撃墜され、2機が帰投後不時着大破した。水偵隊は全滅となった。

 だが角田にせよ戦友を失った搭乗員にせよ士気を衰えさせたわけではなかった。明日こそ本番だ! という執念を燃やしていた。明日6月5日は第一機動部隊もミッドウェイを空襲するのだ。われわれとても!――。

 見敵必戦の精神をもつ角田覚治らしい二波にわたる攻撃をもって、この日の戦闘は終わったのである。

 

 そのころ「先遣部隊」としてミッドウェイ方面に送りこまれていた潜水艦は予定より2日遅れで所定位置の海中に息を潜めていた。

 フレンチフリゲート環礁を基点として約130海里(230Km)南では「伊169」をはじめとする4隻が甲散開線を敷き。環礁から約130海里(230Km)北東では「伊156」をはじめとする7隻が乙散開線を敷いていた。

 基点となるフレンチフリゲート環礁付近には「伊121」「伊123」がおり。ミッドウェイを偵察して電文を送った「伊168」はそのままミッドウェイ島近海にあった。さらにそこからハワイ方向へ南東約320海里(230km)にあるレイサン島付近には「伊122」が配置についていた。予定の21隻からかなり遠い15隻だった。

 暗号解読から侵攻作戦を察知した第16、17任務部隊はすでにこうした散開線を通過していたが、それは何も米軍にだけ運が傾いたからとはいえない。わが方の「先遣部隊」が予定より遅れたという要因もあり、予定数を揃えられなかったという蹉跌もあった。

 もしも予定通り配置についていたなら、米空母発見! という際どさもあったのである。きっと運は一人相撲を許さないのだろう。

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