第23話 水平爆撃
6月3日12時30分(現地時間)、ミッドウェイ島に砂埃が舞いあがった。
米陸軍の誇る四発重爆撃機、空の要塞という異名を持つB-17が9機、次々に離陸していったのである。PBYが発見した日本の輸送船団を爆撃するために。
「それにしたって退屈だ」
乗員がぼやくのも無理はなかった。勇んで離陸したところで目標地点に到着するのはまだ3時間は先のことなのだから。ときには到着までの緩慢さを引きずってしまい、爆撃時に死魔に導かれる機もあった。刻々移りゆく大空の風景は心を弛緩させる。悪天候をついての飛行となれば目標到達以前に疲労が積み重なる。出撃のたびに異なる状況で正確に爆撃せよといわれても、易々とできようはずもない。往路はまだいいとしても、被弾して傷だらけの帰路となれば負傷者だっている。倦怠も厭うべきだが、生死の狭間を飛び続けたくないのも飛行士たちの本音だったのだ。
それゆえ彼らは互いを罵りあい、軽口を言いあって緊張を保つのが常だった。
「いた! 10時の方向」
16時23分、日本艦隊を視界に収めたB-17は隊形を整えると旋回を開始した。
「敵の戦闘機はいないみたいだな。高度を下げるみたいだぜ」
「そいつはいいが、お前は後方をちゃんと監視しておけ。俺はケツに突っ込まれる趣味はないんだ」
「こきやがれ!」
高度3,000メートル。対空砲火がもっとも貧弱になる高度に達すると、各機は爆弾倉の扉を開いた。
「全機しくじるなよ! しっかりかましてやれ!」
隊長の一喝とともに爆撃が開始された。
バラバラッと落下した爆弾が立て続けに炸裂している。当たっているのやらいないのやら上空からはよくわからない。
「命中! 命中!」
「巡洋艦に火災発生!」
「また当たった、あいつは間違いなく沈没だ」
「空母撃沈確実!」
無線機を通して男たちが歓呼の声をあげていた。
だが日本側に損害はほとんどなかった。輸送船「あるぜんちな丸」「霧島丸」が至近弾を受けただけだった。出合い頭の戦いは双方無傷に終わったのである。
日付変わって4日1時15分、今度はPBY4機が暗闇に紛れて「占領部隊」の頭上に現れた。どこからともなく低く呻る不気味なエンジン音が聞こえてくる。
見張り員たちが必死に上空に目を凝らしているが敵発見の報はない。暗すぎて居場所が掴めないのだ。いきなり銃火が瞬き、月明かりに揺れる波間に灰色の水飛沫があがった。
日が昇ってみると輸送船「清澄丸」に弾痕が残されており、「あけぼの丸」に魚雷が命中したらしい痕跡があった。どうやら魚雷は不発だったらしい。
小競り合いといえる戦闘といえたが、ここには重大な意味があった。
このB-17による爆撃とPBYの偵察報告により、日本船団を発見したという報告を受けたハワイの太平洋艦隊司令部は第16、17任務部隊に、
「発見された部隊は敵空母部隊にはあらず。攻撃することなく、奇襲できる地点へ進出せよ」
という緊急電を暗号で発信していたのだ。
わが連合艦隊旗艦「大和」はハワイからのこの敵信を傍受していた。内容まではわからなかったものの、そこに空母の呼び出し符号があることに気づいたのである。




