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ミッドウェイ海戦  作者: イプシロン
第3章 進撃
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第21話 霧中航行

 出撃した翌日から第二機動部隊の周囲にしだいに霧がわだかまってきた。

 空を覆いつくした灰色の雲からは冷たい銀の矢が降りそそぎ、しだいにみぞれを混じえるようになってきた。甲板をぴしゃぴしゃと殴る音がする。16ノットで進む軍艦フネのあらゆるところを冷たい風が吹きぬけ渦巻いてゆく。

 旗艦「龍驤」の前を並列して進む駆逐艦「潮」「曙」「漣」の艦影はもうぼんやりとしか見えない。振りかえると、客船を改装した最新鋭の空母「隼鷹」が波を切りながらつづいてくる。その後方には重巡洋艦「高雄」「麻耶」そして油槽船の「帝洋丸」がいるはずなのだが、それらの雄姿は見えない。

「霧中航行用意! 霧中航行用意!」

 遅すぎるのではないかと思える指示が飛ぶ。船足が落ちるのがわかった。

 各艦信号灯を使って命令を確認しあっている。敵地にはまだ遠いとはいえ無線封止を厳命されている。電波を出しあって落伍や衝突を避けるわけにはいかないのだ。

 「龍驤」からも艦尾からロープに繋がれた霧中標的がざぶんと投げ込まれた。とたんに海面が泡立って白い飛沫があがった。

 この霧では敵潜水艦もどうにもできまいと判断したのか「龍驤」はジグザグ航走をやめていた。

 遠くから近くから数分ごとに遠吠えのごときサイレンが聞こえてくる。もはや空と雲と海の見分けすらつかないほど霧は濃密だった。

「こいつは酷いなァ。それにこう寒くっちゃあなァ」

 のんびりした調子だったが、その兵は濡れ鼠だった。

「おい、うっかりして標的を見失うなよ!」

 威勢はいいが、寒さに震えた声を出した兵の口元は青紫色をしていた。

 ときどき真白な世界にいきなり艦影が見えてくる。すると雨合羽を着て信号灯に張り付いている兵が、

「ワレ龍驤! ワレ龍驤!」

 と慌てて発光信号をおくる。それに遅れて霧笛が吠える。

 前をゆく影からも「ワレ曙! ワレ曙!」と返信がくることもあれば「ワレ漣! ワレ漣!」と返ってくることもあった。

 航海長はどうやらそうした信号を頼りに操艦しているらしい。

 ときには前から後から艦影が迫って見え、白い世界に光がまたたいて霧笛が響き、それでも間に合わなくて喇叭手が音を出したりもしていた。その度ごとに艦は速度を調整しているようでもあった。

 濃霧は収まることを知らなかった。

「交代するぞ」

「頼んます」

 言葉少なに英気充溢した兵と疲労困憊した兵が入れ替わる。

 彼らは三交代で霧中航行の配置に着きつづけ、疲れが目に見えて現れている者もあった。いつまで続くのかわからない不安に苛立つ者もいた。

 霧は三日三晩晴れなかった。だが30日になってようやく薄らいできた。

 晴れてみれば各艦は整然ともとの隊列を保っていた。奇跡のような光景がそこにあった。訓練の賜物といえよう。

 淡い水色の空が美しかった。濃い海の青さが堪らなく嬉しかった。

 細萱隊も大森隊も同じように霧に悩まされたが、どの隊も事故なく濃霧の3日間を切り抜けたのである。

 遥か南の海を征く第一機動部隊も、戦艦群を基幹とする「主力部隊」も、またミッドウェイ「占領部隊」も何事もなく順調に航海をつづけていた。

 こうして五月は過行くかと思われたのだが、天候も米軍もそれを許さなかったのである。

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