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ミッドウェイ海戦  作者: イプシロン
第1章 珊瑚海での戦訓
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第2話 山口多聞

 航空母艦「飛龍」は姉妹艦の「そう龍」とともに、駆逐艦「菊月」「夕月」「卯月」を護衛にもつ第二航空戦隊の旗艦である。その第二航空戦隊を擁するのは山口多聞たもんであった。

 「飛龍」の旗旒きりゅうマストには、指揮官ここにあり! といわんばかりに少将旗が翩翻と風になびいている。

 部下たちから、人殺し多聞丸と畏怖される山口の姿は艦橋にあって、夏用の白く爽やかな第二種軍装に身をかためていた。

 人殺しと謂われるほどの猛訓練を強いる山口ではあるが、その風貌はいたって温順で愛嬌ある印象を与えもする。小太りした体躯にみあった肉付きのよい丸顔に垂れた眉と目。耳も丸びており、少年のころ饅頭と綽名されたことに頷ける。鼻筋は綺麗にとおっており、口元にわずかに人殺しを思わせる謹直さが浮かびあがっている。しかし眼光炯々けいけいとした双眸からは、見敵必戦たる精神をはっきりと読みとることができた。

 その山口の目は灯台にむけられていた。戦隊は九州と四国からつきだす岬に挟まれた、豊後ぶんご水道を抜けようとしているのである。大分県の関崎と愛媛県は佐田岬があいだの海上には、幾そうかの漁船の姿も目にすることができた。彼は四国最西端の佐田岬の頂きにたつ灯台を見据えていた。雲まじりの青空を背景にした真白き灯台は、海面からの高さおおよそ49メートル。「飛龍」艦橋の最上部が約24メートルであるから、彼はそれを見上げていたのである。

「この戦が最期やもしれぬ……」

 七人兄弟の三男として東京の小石川表町で生まれた山口は、父から度々聞かされてきた。

楠木正成くすのきまさしげの幼名、多聞丸からとったのだ」と。

 そんな彼である、もとより殉死など覚悟のうえであった。

 朝廷側として勝ち目のない戦だと知りながら出陣した、湊川に赴く正成の心境とどこか重なる人生を歩むのではないか。いつの日からか彼はそんな感懐を抱くようになっていたのである。

 ときには毘沙門びしゃもん天と呼ばれることもある多聞天。仏教を信じるものに仇をなす天邪鬼あまのじゃくだといわれ、また武道の神として古来から崇拝されてきた多聞天。そうした名を謂れにもつ山口が、いかなる神技を見せるのかはまだわからない。

 彼の麾下のフネ々は豊後水道をあとにした。

 空母「飛龍」から見上げた灯台を、国力なき日本が強大な米国に挑みかかっているさまに見たてのは、もしかするとこの時、山口ぐらいしかいなかったのかもしれない。

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