第19話 真剣な米軍
では対する米軍の勢力はどうだったのだろうか。
わが「北方部隊」に対しても暗号解読により迎撃部隊は増派されていた。第8任務部隊の兵力はコジャック島に軽巡洋艦3隻、駆逐艦3隻、ダッチハーバー(米側呼称ウナラスカ島)に駆逐艦9隻という配備だったが、ハワイからコディアク島に重巡洋艦2隻、駆逐艦1隻が急行した。指揮官はロバート・シオボルト。航空兵力はP-40などの戦闘機約69機、爆撃機25機。
また先行してハワイを発った第16任務部隊は、空母「エンタープライズ」「ホーネット」を基幹に重巡洋艦5隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦9隻。給油艦1隻とその護衛駆逐艦1隻。指揮官はレイモンド・A・スプルーアンス。
先行した部隊と合流を目指して進むのは第17任務部隊であり、空母「ヨークタウン」を基幹に重巡洋艦2隻、駆逐艦6隻。指揮官はフランク・J・フレッチャー。
海上の総勢力は45隻と心もとない。というよりも米軍勢力に戦艦は皆無だった。ミッドウェイ島の陸上兵力は約3000名で互角といえる。航空兵力は両任務部隊を合わせて207機。ミッドウェイ島にある航空兵力122機と合わせると329機となる。これに北方部隊の勢力をくわえれば423機となるが、わが方がミッドウェイに戦力を集中したならばこの勢力は考慮せずともよいといえる。
つまり作戦通りであれば、わが方の第一機動部隊の261機に対し米軍は329機と彼のほうが優勢であった。しかし第二機動部隊の73機、「主力部隊」の小型空母「鳳翔」「瑞鳳」の兵力32機を合わせるとわが方は366機となり、わが方が優勢となる。ここに戦力を分散した愚がはっきりと現れているのではあるまいか。
――塵も積もれば山となる。
開戦からずっと第一機動部隊の航空参謀であった源田実は、大和艦上で行われた図上演習において、
「側方より不意に敵空母に奇襲された場合、手はあるか?」
と問われ、
「ありったけの戦闘機を発艦させ、なお足りなければ巡洋艦の水上偵察機を発進させて直掩にあたらせる以外に手はなし」
と豪語したのである。
航空を知る者はそれほどその恐るべき威力を知り尽くしていたのだ。
空母の分散配置がいかに稚拙な作戦計画であったのかは、この辺りからも伺うことができるだろう。
しかし勢力だけ見れば、
「99パーセントわが軍に勝ち目はない……」
とフレッチャーを嘆かせたのも頷ける。
HYPOをはじめとする諜報に携わった人々が、「ヨークタウン」を修理した工員たちが、またミッドウェイの防備を固めた人々が、どれだけ必死だったのかも伺えるのではないだろうか。そうして死にもの狂いになって掴んだ情報に知恵を絞ってすら、待ち伏せ地点に“ラッキーポイント”と名づけて自らを鼓舞しなければならなかった過酷な状況が、米軍をして真剣にさせ、彼らに勝利をもたらしたのではないだろうか。またフレッチャーとスプルーアンスの階級はともに少将であり、柔軟な対応が可能な体制であったことは、いかにも合理主義なアメリカらしい人事といえよう。
ともかく両軍の勢力は出揃った。この厖大ともいえる差を見れば、わが方が敵を侮ってしまったのも理解できなくはない。
かくして大湊を発った「北方部隊」が左舷遠方に霞む襟裳岬を望見していたころ、戦争の歯車はしだいに真紅の潤滑油を求めて回転を速めはじめたのである。




