第16話 第2次K作戦
艦内の装置や計器が赤色灯に照らされ、今が夜だと判断できる司令塔の空気は張りつめていた。
「潜望鏡深度に浮上せよ」
艦長の声を航海長が復唱する。注排水装置をあやつる兵がまた復唱する。決して大きな声ではない。聞こえる程度で。
「潜望鏡深度に浮上しました」
簡単明瞭な応答を耳にした艦長が旋回把手をひらく。暁闇の海面をわずかに飛沫かせながら潜望鏡の頂部が海上に突きでてきた。3ノットの速力が海面にさわさわとした波風をおこした。
視野のひろい第二潜望鏡の接眼部に片目を当てた艦長は、あたりをじっくりと伺っている。見守る兵長たちの軍服には、暑さと緊張のために汗染みができていた。
「どうです?」
「駄目だな……」
艦長はそういって副長に場所を譲った。
「居座るつもりでしょうかねェ。昼くらいまで踏みとどまってみますか?」
「いや、無駄だろう」
“第2次K作戦”において、飛行艇の燃料補給予定地とされたフレンチフリゲート環礁には敵艦の姿があった。艦型からすると機雷敷設艦と水上機母艦のようである。
「あれは改装艦でしょうが、もとは駆逐艦ですねェ」
副長のなんの気ない言葉には重要な意味があった。もとが駆逐艦であれば速力は高い。それに爆雷を装備しているかもしれない。潜水艦にとっては危険な相手だ。フレンチフリゲートに到着していた「伊123」1隻程度では如何ともしがたいといえる。
それに朝焼けに染まりはじめた今日、5月31日が作戦予定日なのだから、踏みとどまって錨を下している呑気な連中を監視していても仕方がない。それよりもさっさと散開線についてでかい獲物――できれば空母に――魚雷をお見舞いしてやりたいというのが「伊123」艦長の思いであった。
こうして“第2次K作戦”はもろくも崩れ去った。
当然といえば当然かもしれない。真珠湾からこちら、同じ手が何度でも通用するという考えに無理があったのである。
それ以前に米軍はすでに5月5日には“第2次K作戦”の輪郭を暗号解読によって察知していた。だからこそフレンチフリゲート環礁に機雷敷設艦「プレブル」と水上機母艦「ソーントン」を派遣していたのだ。日本軍の作戦計画と暗号に対するしだら無さが、「ここに潜水艦の燃料補給地を設けるといいですよ」という教訓を米側にもたらしたといえるかもしれない。
HYPOが解読した書面がこうした点を垣間見せている。冒頭にCLASSIFIED――機密――とタイプされた書類にはこうある。
MORO MORO TWO SERIAL THREE THREE THREE REQUEST WE BE SUPPLIED 10 CRYSTALS FOR FREQUENCIES 4990 AND 8990 KILOCYCLES FOR USE IN AIRCRAFT IN THE 2ND KING CAMPAIGN X ABOVE TO REACH THIS HEAD-QUARTERS(KWAJELIN) PRIOR TO 17TH X THIS FROM HYPO
――第4空襲部隊の第333報。“第2次K作戦”実施日以前に航空機に使用する、周波数4990と8990キロサイクルの無線機用水晶発振器10個を要請する。クェゼリンの司令部到着は17日以前とする。
第4空襲部隊とは第802海軍航空隊であり、使用機種は二式飛行艇である。「K」は地点符号でありハワイを指す。「X」は作戦実施日、すなわち5月31日を示している。つまり“第2次K作戦”に使用する発振器を5月17日までに送って欲しいというさほど重要とは見えない電文から、HYPOは日本側の作戦意図を読み取っていたのである。
しかしこれは物事の一端でしかなかった。“第2次K作戦”が万事上手くいったとしても、「ヨークタウン」がハワイを発ったのは5月30日であり、「エンタープライズ」「ホーネット」にあっては、28日だったのだから。
さらに不幸は重なり第六艦隊の潜水艦が甲乙散開線を敷いたころには、3隻の空母をふくむ第16任務部隊も第17任務部隊もそこを通過してしまっていたのだ。
こうして日本軍はほとんど盲目といえる状態で、ミッドウェイ海戦に挑まざるを得なかったのである。




