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ミッドウェイ海戦  作者: イプシロン
第2章 情報戦
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第15話 散開線

 茜色に染められた太平洋に小さな波を立てているものがあった。

 それは、たいてい日没後にありのままの姿を現していた。それまでは海にわずかに白いウェーキを引くだけだった。

 太陽が没し去りようよう辺りが暗闇に支配されたころ、海面が大きく白波だった。黒く塗られた逞しい上半身を海上に現したのである。全長100メートルを超える鯨のごときフネは「伊号第168潜水艦」と呼ばれていた。

 ミッドウェイ作戦のために最も早く故郷を発ったのは、「伊168」を膝下に置いている第六艦隊である。

 どん亀と揶揄される潜水艦は通常水中で3ノット(時速約6km)、水上を16ノットで巡行するのだから無理もない。隠密性を保つため昼間はバッテリーを使用して潜航して走る。夜は浮上してディーゼルエンジンで海上を走行しつつ充電する。この繰り返しなのである。

 いま海上を征く「伊168」は空気に餓えた乗員を甲板にのせて走っている。

 第1、第2潜望鏡の近くにある旗竿に戦闘旗がするすると揚げられてゆく。

「どうやら敵はこの辺りにはいないみたいだな」

「出港からこっち、とんと敵さんの姿を見ないな」

「今回は随分と遠くまで繰りだすみたいだけど、ハワイあたりなんだろうか」

「余計な心配をしてもはじまらないさ」

 潜水艦は艦長の裁量が戦果や損害に直結するといわれている。「伊168」の場合、いまだ乗員に今次作戦の詳細は知らされていないのである。

「来たぜ、準備をしよう」

「さっさと終わらせちまおう」

 闇夜のなか忍び寄ってきたのは、特設潜水母艦「靖国丸」だった。小雨が降りはじめた夜空は雲にさえぎられて星もまばらにしか見えない。

 頼りになるのは互いが灯している赤、白、緑といった航法灯だけ。そんな状況で闇夜に並走しながら燃料補給しようというのである。

 第三潜水戦隊に所属する「伊168」は、ハワイとミッドウェイの中間点にある海域で哨戒任務につくことになっていた。ここにはミッドウェイ作戦にとって重要な鍵となるフレンチフリゲート環礁がある。そのフレンチフリゲート環礁の南側に敷かれるこう散開線が「伊168」の進出予定海域である。

 環礁の北側には「伊156」をはじめとする第五潜水戦隊の7隻が、おつ散開線を引くためにその海域にむかってスクリューを回していた。

 甲散開線には4隻、乙散開線には7隻の潜水艦を配備するという計画である。

 またミッドウェイ島攻略の陽動として行われる、北方アリューシャン列島方面の作戦には「伊9」をはじめとする第八潜水戦隊の8隻を配備する予定になっていた。てい散開線である。

 つまりフレンチフリゲート環礁を基準点にして、南に甲、北に乙、それからずっと北にあがってアリューシャン方面に丁という三つの散開線を敷こうというのである。

 また丁散開線を作る8隻から6隻を抽出して、ハワイ方面の威力偵察を行うことも計画されていた。真珠湾作戦のときに飛行艇を使って行われた、在泊艦艇の規模や艦種の特定。その後偵察だけでなく空襲を行ったK作戦。その第二弾ともいうべき“第2次K作戦”計画である。

 このころ長大な航続距離を誇る飛行艇といえども、無着水で日本側拠点――マーシャル諸島のウオッゼ――からハワイを偵察することは不可能だった。そこで目を付けられたのがフレンチフリゲート環礁である。ここに潜水艦を派遣して、飛行艇の燃料を補給しようというのだ。

 真珠湾攻撃時は天候に左右され不満足な結果に終わったが、昭和17年1月には威力偵察に成功。3月4日には潜水艦から燃料補給をうけた、2機の二式飛行艇によってハワイ空襲に成功している。

 米国の蒙った損害は微々たるものだった。だが日本の帝都空襲――ドゥーリットル空襲――のように、本土を爆撃された米国政府と国民が抱えこんだ精神的外傷トラウマは大きかったのである。

 ミッドウェイ作戦にあっての“第2次K作戦”は、米空母の所在確認という偵察が主任務であったが、神経をすり減らして警戒している米側の状況にあっては、成算が高いとはいい切れなかった。だが日本軍としても敵空母の所在を直接確認できる唯一の作戦計画なのだから、連合艦隊司令部にしても第一機動部隊にしても成否には注目していたのである。

 このために燃料タンクを改装された「伊121」「伊122」「伊123」が補給任務に、2機の二式飛行艇をフレンチフリゲート環礁に無線誘導するために、またハワイ方面気象観測のため、また搭乗員救助のために「伊9」「伊15」、そして「伊168」が任務につく計画であった。

 こうして第六艦隊の潜水艦はそれぞれ任務を遂行するために、昼夜兼行で海上と海中を進んでいたのである。

 だがミッドウェイ作戦はこうした潜水艦作戦に早い時期からほころびを見せはじめていた。「伊172」は故障のため出港できず、「伊64」は九州南方で米潜水艦トライトンの攻撃をうけて沈没していたのである。参加予定21隻のところ実働19隻という陣容で、複雑な“第2次K作戦”と哨戒任務に従事していたのだ。

 一方の米潜水艦勢力は、11隻がミッドウェイ島の北西に厳重な警戒網をつくり、4隻がハワイ諸島周辺の哨戒任務についていたのだった。

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