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ミッドウェイ海戦  作者: イプシロン
第2章 情報戦
13/40

第13話 AF

 海軍通信保全局ハワイ班(HYPO)は、オアフ島のハーバーフロントに建つビルの地下にあった。

 冷房もあまり効かない換気すらいまひとつな地下牢のような部屋には、ジャケットにスリッパという身なりの薄汚れた男たちがいた。彼らを指揮しているのは班長のジョセフ・ロシュフォート中佐だった。

「ジャスパー、例の件はどうなった?」

 咥え煙草のまま悪友にでも話しかける態度でマグカップを片手に、ロシュフォートが口を開いた。

「どうもこうもないですよ中佐、連中は俺たちのことを信用してないんですよ」

「それはどうかな、奴らは体面に拘ってるのさ。珊瑚海だって俺たちからの情報がなければ、ああはいかなかった。だがそれを認めるのが嫌なだけなのさ」

 無精髯が伸びたジャスパーは不満顔だ。

「NEGATにしろ、CASTにしろプライドが傷つくのが嫌なだけなのさ。もっともそれに関しては俺も含めてここの連中も同じだろうよ」

 NEGATとは通信保全局ワシントン班、CASTとは豪州にあるメルボルン班のことである。

「けど中佐、今はいがみあっている場合じゃあないと思うんですがね」

 マグカップを手にして立った姿勢のロシュフォートは腕組みをして口元を緩めた。

「そのとおり。だからNEGATはどうやら俺たちを信用することにしたらしい。俺の見積もりじゃあ、ワシントンは自分のいるところが狙われるのを怖れてる感情がある、メルボルンだってそうだ。だからそこに惑わされて『日本軍は次は豪州に来る!』なんていいだすんだ。もっともワシントンの場合、政治的な駆け引きを考慮してるんだろうがね。けどな、ワシントンの連中は気づいたらしい、ハワイ(ここ)がやられたらHYPOだって危なくなるってことにね。フィリピンの二の舞はご免だってことだな」

 CASTは日本の攻撃を受けてフィリピンからメルボルンに撤退した経緯があった。

「だから正確な情報を欲しがってるんだ」

「そりゃどういう意味です? いまいち意味がわかりませんが……」

 政治的なことに興味のないジャスパーは、自分たちの暗号解読力への賞賛なら興味ありといった表情をしながら、端末の横に置かれたマグカップに手を伸ばした。

「そいつはもう冷めてるだろ」

 といって笑ったあと、ロシュフォートは一気に話しはじめた。

「撃沈した伊124潜水艦から回収できた暗号書と乱数表、そいつを解析してポートモレスビーへの侵攻はキャッチできた。こいつは米豪協力によるものだ。そのおかげで珊瑚海ではうまくやれた。はじめは俺たちのことをいまひとつ信用していなかったワシントンの考え方も変わってきているようだ。――いろいろな経緯はあるんだがそもそも暗号屋ってのは変わり者が多い、俺たちだってそうだ。人一倍プライドが高い。ある意味じゃあワシントンの連中はこれまで競争意識を煽ってきた部分もあったんだろう。けどもうそんな余裕はない、なにしろアメリカは大西洋にも戦力を送っている。太平洋こっちはそのおかげでてんてこまいって訳だしな。どうやらその辺が深刻になってきたらしい。――あの地点符号『AF』、NEGATでも手間取ってるらしいんだよ。できればCASTにも協力して欲しいくらいなんだろうが、ワシントンもそこまでは胸襟を開けない。そこで俺たちに泣きついてきたってことだ」

「やってやりましょうよ、ワシントンの鼻をあかすいいチャンスじゃないですか。俺たちの実力を見せつけてやりましょうよ」

 意気軒昂な声でジャスパーは身を乗りだしている。

「ところが俺にも妙案が浮かばないのさ……いわゆるオテアゲってやつさ」

 日本語に堪能なロシュフォートは苦笑しながら「オテアゲ」とやってみせた。

「AF……AFね……」

 ジャスパーは小声で二つのアルファベットを呪文のように繰りかえしはじめた。

「それで中佐、要件は?」

「だからAFさ、そいつを確定できる方法さ」

 ロシュフォートは政治的なことに全く興味を示さないジャスパーを、半ば呆れた目でみつめながら胸の中で「仕方のない暗号馬鹿マニアだな……」と呟いていた。

「AF、AFねェ……しばらく時間をください。一人で考えさせてもらえますか? その方がいい案がでるんですよ」

「たのむよ、ジャスパー」

 そういうと、ロシュフォートはテーブルにあった冷めたマグカップとまだ湯気の立っている自分の手にあるカップを入れ替えて、そしらぬ素振りで去っていった。

 それから数日してロシュフォートのもとに一つの提案がもたらされた。囮電報をうってみてはどうかというのだ。

 他人への評価をあまり表に出さないのが中佐の癖だったが、

「上々、ソレデイキマショウ」

 と日本語混じりで答えて、不眠不休の部下たちを労ってみせた。

 こうして絶対に傍受されないハワイ、ミッドウェイ間にある海底ケーブルを通して指令が送られ、やがてミッドウェイから平文で、

「海水のろ過装置の故障により飲料水が不足しつつあり」

 という緊急電が発信された。

 それを傍受した日本のウェーク島守備隊はまんまと罠にはまり、

「AFは真水不足という問題あり、攻撃計画はこれを考慮すべし」

 と暗号電を発信してしまう。

 こうして米軍は日本軍の次期作戦目標がAF、すなわちミッドウェイである確証を掴んだのである。

 もちろんそれ以外の情報――各部隊の兵力、指揮官、航路、実施時期――も解読され、米軍は5月26日にはミッドウェイ作戦のほぼ全貌を知ったのだった。

 日本の第一機動部隊が柱島泊地を発ったのはその翌日、5月27日のことである。

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