現代版 『桃太郎』
時は平成、バブル経済が破綻し、世は長引く不況にあえいでいた。
追い討ちをかけるように未曾有の大震災が国の半分を襲い人々はそれまでの世のあり方に疑問をもちつつあるこの国のとある場所にしずかに暮らす老夫婦がいた。
老夫婦は朝、いつものように、夫は復興工事現場の掃除に、妻は朝の家事をすませ、洗濯をするためコインランドリーにむかった。
妻がコインランドリーで洗濯をしていると、入り口のところで、急に赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
気になった妻が泣き声のするほうを確認すると。使用されていない乾燥機の中に桃の模様の描かれた産着にくるまれた赤ん坊が捨てられていた。
その弱弱しい泣き声に同情した妻は、家に連れて帰り、夫が戻るのをまった。
夫が戻り、赤ん坊を拾った経緯を話したところ、最初は近くの施設にあずけて警察にも届けようということになったが、震災の影響でどの施設もいっぱいであるため、受け入れてもらえない可能性もある事に気づき、自分たちでこの子を引き取り、『桃太郎』と名づけ、育てることにした。
数年後、復興バブルの恩恵で夫の仕事が続いたこともあり、『桃太郎』は立派な青年になった。
ある日、ニュースを見ていると復興バブルがはじけ、世は再び不況になることが伝えられた。
しかも、数年前から老人を狙った詐欺が後をたたないうえに、かつて世の中を震撼させたカルト教団の最後の逃亡者の行方がいまだわからないとあり、老夫婦のおかげで救われた『桃太郎』はその恩返しのために、警察官や自衛官となって、世の中に貢献したいと考えるようになった。
結局警察官になることを決めた『桃太郎』は必死に勉強をして、国立大学を出て警察のエリートコースに乗ることができた。
エリートコースに乗った『桃太郎』だったが警察内部の揉め事に巻き込まれ、彼の思いに同調した『犬山』『猿田』『雉牟田』という3人の部下とともに警察をやめ、己の信じる正義の元探偵業をはじめた。
探偵となった『桃太郎』の元に詐欺にあい、妻が自殺してしまった、老人から詐欺グループを退治してほしいと依頼があり、『桃太郎』もその依頼をうけることとした。
必死の探索の結果、詐欺グループのアジトを突き止めた『桃太郎』は3人の部下を引き連れて、詐欺グループの摘発に向かった。
もともと警察官だった4人にとってチャラい若造からなる詐欺グループ『鬼武者』を壊滅させるのにそう時間はかからない。
ものの数時間でリーダー格を含む『鬼武者』の幹部すべてを取り押さえて警察に突き出し、依頼人が騙し取られた金を取り返すことに成功した『桃太郎』はその報告を依頼人にしにいったところ、『桃太郎』は意外な事を知ることになる。
依頼完了の報告にいくと、依頼人である老人は病気で倒れ、もはや余命いくばくもない状態であった。
医者の了承のもと報告をすますと、老人は『桃太郎』に自分のかつての過ちを話だした。
「わしはかつて、震災にあって妻と二人暮らすことが精一杯で生まれたばかりの息子を育てる事ができなかった」
「施設に預けようかとも思ったが、やはり、震災の影響でどの施設もいっぱいでわしらのようなゆきずりの者の子供を預かってくれるような状況じゃない」
「そこでわしらは悩んだが、結局、こどもをコインランドリーの乾燥機の中においてきた。心苦しくはあったが、そうすれば拾ってくれた人が警察に届けて、警察からの依頼であれば施設も断れないだろうと思ったからじゃ。」
それまで老人の話を黙って聞いていた『桃太郎』だったが初めて口を開いた
「それだと子供がどの施設に入れられたかわからないじゃないですか。そうなるとお子さんと再会できるかわからない… いやむしろ会えなくなる可能性の方が高いそれなのに…。それに捨てられた子供がうまく拾われるかどうかも疑わしい。それでも子供を置き去りにしたんですか?」
その問いに老人は答えた
「そうじゃ。人はわしらのことを鬼というじゃろう。でもそうするしかなった。それにもし置き去りにして1時間、いや30分たっても拾われないなら、連れ戻しにいくつもりで近くでコインランドリーを見ていた。すると老婦人がきて、息子を拾い、連れて行った。老婦人の顔つきは優しそうで、この人なら息子を邪険にするような人ではないと思えるような穏やかな顔つきの人だった。だからわしらも後悔の念を抱きつつもその場を離れ、夫婦二人でがんばってやり直すことができたんじゃ」
「がんばって生きていけば再び、息子に会える日もくるかもしれない。それだけを心の支えにな」
『桃太郎』は再び尋ねた
「それで息子さんとは再会できたんですか?」
老人は答える
「神様って本当にいるんじゃのう。詐欺にあって妻が自殺したときはこの世に神も仏もないと思ったもんじゃが、人生の最後に息子に引き合わせてくれた」
「探偵さん、あんたがわしの息子じゃよ。あんたに仕事の依頼に行ったとき、あんたの名前が特徴的だったんで調べたんじゃ。それであんたがコインランドリーに桃の模様の描かれた産着にくるまれていた状態で捨てられていた捨て子だったと知る事ができた。さらに調べてみると、あんたを育てた夫婦の奥さんの方が息子を連れて行った老婦人だったと言うこともわかった。それであんたがわしらの息子だと確信する事ができたんじゃ。」
「そこで詫びのしるしといっては何じゃが、わしには数億円の資産がある。じつはあれから事業に成功してな。それをわしの死後、あんたに受け取ってもらいたい。」
「…」
「使い方はあんたの自由じゃ。あんた個人のために使ってもよし。世の中のために使っても、よし。あんたのしたいようにしてくだされ」
『桃太郎』も老人も涙がとまらない。
『桃太郎』はいう。
「わかりました。あなたの遺産は。私が受け取り、一部は私や私の周りの人のために使わせてもらい、のこりは世の中のために使わせてもらいます。しかし、せっかく再会できたんです。早くよくなって元気になってください。お父さん」
「わしなんかを『父』とよんでくれるんか?」
「当たり前じゃないですか。わたしなりにですけど、お父さんが私を捨てざるを得なかった状況は理解しているつもりです。私はあなたを恨んだことはありませんよ。うらむならあなたではなく、そんな状況にならざるを得なかった世の中です」
「ありがとう」
こうして、二人は親子の名乗りをすることができ、老人も元気を取り戻すことができた。
数年後、老人は亡くなり、『桃太郎』は遺産を受け継ぎ、一部は自分たちのためにつかったもののその90%は「基金」を設立して世の中のためにやくだてたという。
《了》