6話 戦闘訓練
今朝はひどい目にあった。
ファンプの力が予想以上に強く、なかなか離れなかったのだ。
あまりに強いので俺は引き剥がすことを諦めて、部屋の窓から飛び降りて、トリスタから逃げることに成功した。
ついでにこいつも離れてくれるかどうか考えていると、食堂に行く途中だったのだろうペーダが俺達を発見した。
ペーダはさすが俺の親友だけあって、誤解せずにちゃんと話を聞いてくれた。それで二人して何とかこいつを引き剥がそうとしたのだが、やはり鬼人最大の特徴である怪力からは逃れることが出来なかったらしい。
諦めた俺達二人は、そのまま朝御飯を作ることになった。と言っても俺は食材を運ぶか下ごしらえするだけだったんだが。
そのあとファンプが起き、理不尽にもぶっ叩かれ、気絶。
これが現在までの話である。
ちなみに今俺の頭には大袈裟に巻かれた包帯があるが、この包帯は回復アイテムで、最低等級でも8級ポーションを越える回復力のある優れもののネタアイテムだ。
等級は、1~5級まで。最高等級の1級包帯は、2級ポーションより少し優れているくらいの効果。これは凄い!しかし、即効性とかを考えると、包帯というアイテムの特性上、使い捨ての癖に戦闘終了後にしか使えない辺り色々ともどかしい。一応この包帯のデメリットを消すことが出来るやり方はあるが…そこまでするほどでもないだろう。
大体、この包帯というアイテムは、最大回復力こそ高いが、回復終了までが案外長い。5分は、経たないと効果が全て発揮しない辺り使いづらくて仕方がない。戦闘中には全くと言っていいほど使い物にならないアイテムなのだ。
だから、こうやって使う以外はネタとしか思えないくらいに使えないアイテムなのだ。
「あれ、その頭どうしたの?」
俺が今朝のことを思い出しながら、少し遅い朝飯を食べているとシルフィが話しかけてきた。
「……怪我したんだよ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなかったから包帯巻かれてるんだよ」
「…………ファンプと何かあった?」
何故それを……。
「その反応からして何かあったのね」
「死神の真似かよ」
「鎌かけたって普通に言いなさいよ。それじゃあ私が脅したみたいな言い方じゃない」
「それもそうだな。なら、雑草刈る農家、とか?」
「それじゃあ、鎌かけたというより鎌で息を止めたになってるわよ」
「あれ?何故こんなにも物騒な表現になるのだろう」
「言葉って不思議ね。それと、話を逸らさない♪何があったの?」
軌道修正しやがった!上手く逸らしたと思ったのに!
最近噂のあれか?女の勘とか言う奴か?怖いな。
仕方ない。なんか確証もって言ってみたいだし。ここは、素直に上手く誤魔化そう。
「…………今朝起きたら…人形が近くに置いてあってだな」
「うんうん」
「…………人形の目から怪光線が出てきたんだ」
「それ嘘でしょ?」
「…嘘だと思うか?」
「……………………あれ?ホントなの?」
「……考えてみてくれ」
じっと俺の顔を見て、本当かな?って感じに頭を傾げるシルフィ。まあ、心当たりが多い俺のことだ。こんな嘘みたいな話でも信じられる要素がそこらにたくさんある。例えば、研究者にありがちな生産暴走事件とか、悪戯大好きが贈る迷惑極まりないエンターテイメントとかな。
…………心当たりあるっていうこと事態泣けてくるのはきっと気のせいに違いない。
そんな俺をほっといて、シルフィは「うーん」と顎に左手を当て、右腕に少し膨らみを見せる胸を乗っけて一人思考の海に飛び込む可愛らしい仕草をしていた。
いや、可愛らしいかどうかなんてよく分かんないだけどさ?
やがて、答えが出たのかシルフィがこちらを向いた。
「なんか釈然としないけど、なくもないシチュエーションね……」
「…だろ?」
どうやら上手く誤魔化せたらしい。
これで俺はご飯が食べられると言うわけですね?
と言うわけで安心して今日の朝飯、ウォームレツを食べた。
オムレツではない。ここ重要。
確かに見た目はオムレツだ。卵が何故か茶色ことを抜きにしてもだ。
しかし、使ってる肉が違う。
なんと北の大地特産のサンドウォームの肉を使っている。
それを知ったとき一般プレイヤーの皆さんや一部のメンバーが嫌な顔をした。
まあ、ゲテモノ料理だしなぁ。
サンドウォームというのは、砂漠によく現れるでっかい芋虫みたいな奴だ。あの五メートルには届くかという巨体は体こそ柔らかいが、かなりの体力を持つためなかなか倒せない。しかも、巨体を使った『プレス』や、あいつ特有の技『吸い込む』は前兆を見逃すととんでもない目に遭う。
デスゲームである今、こんな雑魚も危険な存在になっている。
というか今のレベルだとなに喰らっても危険なのだが。
それに、サンドウォームは同じレベル世帯の中でもかなり厄介な部類に入る難敵。あんなんと戦ったら範囲攻撃であっさり殺られる気がする。
それを一人で倒すギルマスって何者だよ。
ジャイアントキリングもいいところだぞ。
そんなこんなでウォームレツを食い終えた俺は、食器を片付け、訓練室へと向かった。
「せやっ!」
「はっ!どりゃー!」
訓練室。別名アワプレ道場と呼ばれるここは、戦闘員や幹部メンバーの皆が主に修行に使う場所だ。
ここの特徴として、どれだけ酷い怪我を負ってもHPが1は必ず残るようになっているらしい。ここに入る前に許可や時間制限等があるが、それでもあるかないかで士気の向上が変わってくるだろう。
今、ここにいる人達はメンバーの中でも特に強い奴が多い。
これは、一悶着ありそうだな……。
そんなことを思っていると、黒髪赤目のガキ大将の少年がやって来た。なんだよ…………。
「オイ、ハガネ!てめぇ、昨日はどうしてここに来れなかったんだ!言い訳は聞かん!お前とは五試合俺と付き合ってもらう!」
うわぁ…………滅茶苦茶怒ってるよ…。
トサカ頭が特徴の我らが軍人ガキ大将、第3部隊隊長勇風 シャード。
着ている服は白いランニングシャツだ。鎧じゃない。下は黒い修行着のズボン。腰には小太刀とポーチ。そして何よりも特徴的なのはその手に持つ極悪な黒い両刃の斧。あれは攻撃力特化のとんでもない斧だ。あんなもん喰らったら俺なんか一撃で沈むだろう。
だが、俺はあいつがそれだけじゃないのをよく知っている。
何せ勝負に挑まれるのは今回が初めてじゃない。
「分かったよ…。やろうか」
「ああ、さっさと構えろ」
何とも気の早いことで。
シャードは既にこちらに構えていた。斧を短く持って前に持つ構えだ。
それを見た俺は愛刀の十手を抜いて、最も基本的な構えである正眼の構えを取った。
俺達に言葉はいらない。
ただ、今日の調子を聞くかのようにぶつかるだけだ。
最初に動いたのはやはりシャードだった。
気が短いからだろう。
早速攻撃に入ったようだ。
斧を小さく右に振って、左に薙ぐように強撃を決める。
さすがに軍人のあだ名で呼ばれることぐらいはあり、その動きに全く無駄がない。斧という武器を使いこなしている何よりの証拠だった。
これを喰らうのはさすがにまずい。
俺はその地味に避けにくい攻撃を引き付けて後ろに避けた。
まあ、このくらいは当たり前だ。まだ、前試合。
ウォーミングアップもまだ終わってすらいない。
あいつが仕掛けたのはあくまでも牽制の攻撃。つまり、さっきのは全力の攻撃などではなく、隙がない。攻撃は、すぐに来る。
次の一撃はその勢いのまま流れるように斧を少し上に持っていってからのやや右薙ぎ気味の斜め右下振り下ろし。
(また避けにくい攻撃をしてくる)
今度は十手で受け流しを実行して、パリィを図る。
そこに黒い斧の一撃がやって来る。
くっ……地味に重いな…。さすがに攻撃力特化だけあってきつい一撃が俺の腕へと伝わってくる。
鉄と鉄の擦り合う音は、耳元でうるさく響く。
やはり、強い。純戦闘メンバーの中でもかなりの実力だ。
次は俺のターン。短めに上に振るう強撃がシャードのみぞおちを狙う。
その攻撃に対して斧を素早く手元に戻して強撃を弾き返す。やはり、簡単にはいかない。
攻撃したら、避けて。避けては攻撃。避けては攻撃と一進一退の攻撃を俺達は続ける。
斧による攻撃は食らえば、大ダメージ必死のヤバイもんだがまともに当たらなきゃ問題はない。
しかし、十手でパリィをし続けるのもヤバイ。
何故なら、十手の耐久が減るからである。
武器の耐久が減れば、それだけに武器破壊されやすい。
武器破壊なんてされたら、十手が使いもんにならないため、ますます不味い。
だから、斧による攻撃だけは避ける必要がある。
しかし、さすがにシャードはそれをさせるほど弱くなかった。
シャードは確実に避けにくい的確な一撃を一振り一振り入れてくるからだ。
そのため、反撃の隙を作るのもむずかしく、思ったよりも攻撃のチャンスが生まれにくいのだ。
しかも、牽制に脚による打撃で斧を振り抜いた後の隙を消している。
俺もそれをいなして、攻撃するつもりだったが、しかし、そう簡単にはいかないものだ。
シャードは完全に俺の上を行っていた。
投げにも繋げさせない速く鋭い蹴りは俺の斧に対する防御を崩すためのものでもあるからだ。
奴の蹴りには隙がない。
しかも、足技が上手いため、投げようと手を入れても直ぐ様叩き落とされてしまう。
やはりというか、こいつは厄介だった。
そうこう戦っている内に何とか反撃のチャンスが回ってきた。
それは、奴からの右薙ぎの一撃からだった。
「フッ!」
「うおっと!」
俺はしゃがんで避けた!
そこから、蹴りも使わせない跳ねとぶような十手の振り上げ斬りがシャードの腹を狙った!
本来ならこれで決まるのだが、シャードはそれを見て斧を捨てて横に跳んでギリギリ避けやがった。
(やべ!)
俺は反射的に後ろに跳んだ。
瞬間、銀の軌跡が俺の前を通った。
俺はバク転して間合いをとった。
しゃきん。
シャードが腰に手を置いていたのが見えた。
今の状態のシャードに不用心に近付くなんて真似は出来ない。
これで俺の攻撃も終わり、次の攻撃に備える。
「…………」
「…………」
両者の間に沈黙が走る。
何故か俺らの周りだけ音が無くなる。
不気味な静けさ。それが俺達の間にあった。
あの野郎。動かないつもりか。
シャードの今の構えは、両腕を腰に、こぶしを軽く握り締め、足を開き、腰を落とす。あの構えは、静の構えだ。
畏怖すら感じさせる異様に決まったその構えは、隙というものがない。
俺が何故武器を手に持たないこいつに攻撃を繰り出さないのか。
それは、アイツの腰にある武器に答えがある。
アイツの本命の武器はあの小太刀だ。
本当の武器はあんな斧とかじゃない。
本命は未だ鞘から抜かないその刀の攻撃なのだ。
じり…………。
俺は間合いを計る。
アイツが繰り出すのは十中八九、居合い斬りだ。
究極の剣技とも言われているその神速の抜刀術は、強力だ。
未だ見えない剣の斬撃予測線。
それが見える俺はどうしてもあいつに攻撃しにいくのを躊躇ってしまう。
何せ大振りな斧の攻撃から精密で半端じゃない速度でいきなり襲い掛かってくる斬撃に切り替わってくるのだ。その緩急差があまりにも激しいため、どうしてもタイミングがずれてしまう。だから、ここで一旦待って、その慣れをもとに戻すことが大事なのだ。
とか思ってると一気に近づいてきた。
どうやら、俺のセコい作戦がバレたらしい。
俺は居合い斬りを警戒する。
シャードが俺の十手の間合いに入った。俺は十手を最速で振り下ろす。これを避けるのは、さすがのあいつも厳しいはずだ。
これを避ければ、体勢が崩れて居合いが失敗する。
だから奴は居合いで割り込んだ。
「ふっ!」
気合い一閃。
速く鋭いその一撃は俺の十手を弾き飛ばす。が、重さで言えば俺の方が重い。二人とも至近距離で体勢を崩す。
俺は右手を十手の柄から離して奴の襟首を掴んで頭突き!
「ぐっ!」
「どらぁ!」
ゴツン!という音が響き、一瞬だけよろめくシャード。
そこに俺がつけこんで、片手の十手のフルスイング振り下ろし!
これがまともに当たれば一撃で決まったがさすが戦闘員で、横に大きく跳んで避けやがった。
後転してからの立ち直りだったので隙はそれほどなかった。
つまり、追撃だ。十手の突きの一撃がシャードの至近距離で牙を剥く!
しかし、シャードはしぶとかった。
シャードは、それを小太刀の斬り払いでパリィして、カウンターのパンチを俺に喰らわせた。
俺はわざとふっとんで、ダメージを減らす。
また俺は間合いを取る。
本当にこいつは強い。戦闘というものに関しては上位を占めるほどに。
同じタンクとして、認めざるを得ない。
タンクは、心が強い人にしかなれないのだ。
「さすがだな…」
「まあな」
シャード。俺は会話に集中して不意打ちを食らうほどバカじゃないぞ。油断なんて全くしてやらねぇ。
痛い思いなんてしたくないからな。
「あのギルマスに鍛えられているだけあるな」
「当たり前だ。アイツからそれを学ばなかったら、今の俺はいないからな」
「ふん、減らず口をよく叩く…」
「…戦うときは気持ちで負けるな。雑念を込めるな、だ。一太刀一太刀に思いを乗せて戦わないと、あんな化け物とまともに戦えないしな」
「化け物か」
そう言うと、シャードは、少しだけ笑った。
目をギラギラとぎらつかせながら、その好戦的な野心を隠そうともせずに、俺に一言付けてくる。
こいつは本当にバトルホリックなやつだぜ。こっちとしては堪らないってーの。
「あんな化け物相手に何時間も戦えるお前が…よく言うよ」
「命懸けだからな。それと、俺は戦ってる訳じゃない。ただ捌いてるだけだ」
「その十手という武器でか」
「ああ、そうだよ」
右か、左か…………。
「ならば、お前に攻撃を届かせれば俺はギルマスを越えられるというわけだな?」
「んなわけあるかってーのっ!」
左!
俺はシャードに突撃した。
「甘いっ!」
「んなのしっかよ!(そんなの知るかよ!)」
よし、行ける!
俺はさらに速度をあげて小太刀の斬撃に備える。
小太刀の左斬撃が俺の首を狙う!
が、それこそ俺が望んだ攻撃。それを割り込みちょうど二つに分かれている十手の間に小太刀を挟み込んだ。
「!?」
「食らえ!」
その小太刀、へし折ってやらぁぁー!!!
「守刀流、絡み酒!」
小太刀が十手の間にガッチリと挟まれる。
そして、俺はそのまま十手を捻りを加え、肘で強かに十手の横を撃つ。
すると、どうなると思う?
答えは簡単!テコの原理によって小太刀がへし折れる!
バキィ!という音が響き、小太刀がへし折れた。
シャードもまさかこんなことが起こるとは思わないだろう!
俺は十手を捨て、シャードの腹に跳び膝蹴りを決めた!
ドゴン!
シャードの体が吹っ飛び、そのまま落下する。
俺はだめ押しを決めようと拳を握る。
しかし。
「待て!」
水を差された。
振るおうとした拳は、振るうことがなく、メンバーに止められた。
俺はそこで、拳を下ろす。
ドサッ。
俺は地面に叩きつけられたシャードを見て、試合が終わったことを悟る。
「試合しゅーりょー!ウィナー!ハガァネェェェェーーーー!」
「「「「わぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」
「!?」
いきなり大歓声が聞こえた。
割れんばかりの拍手がそのあとに続く。
いつのまにか止められた相手に右腕を挙げさせられていた。
俺はびっくりして戸惑った。
「おめでとうハガネ!」
「やるではないかハガネ」
シルフィとシャイネスが俺に近づいて、祝ってきた。
いつの間にこの二人は来たのだろう?
とりあえず、俺は十手を回収した。
「いつの間にこんなことになったんだ?」
「観戦室って知ってる?」
「そういうことか」
観戦室。つまり、この部屋を眺めるモニタールームのことだ。
こんなことは今までなかったのですっかり忘れていた。
俺はそんなことを思い出しながら、今ごろになって少し照れくさくなった。
まさかあんな数の人にさっきの戦いを見られていたとは思わなかった。
前試合だと思っていたのに、まるでそれは本番だったみたいなそんな感じだ。
思わず、照れてしまうのも仕方ないだろう。
「ハガネ…………」
「ん?ファンプ?」
ファンプが俺のもとへとやって来た。
どうやらファンプもさっきの戦いを観ていたらしい。
本当にさっきのは、練習試合だというのにこれは一体どういうことなのだろう?
そんなことを思っていたからだろうか?いや、たぶんそんなことは関係なかっただろう。
気付けば、シャードが不気味な笑みを浮かべて、起き上がっていた。あれ?回復が速いな。なんでだ?
そして、シャードは皆がここにいる理由をいきなりぶちまけた。
「お前らぁぁーーー!!!戦闘訓練をさぼるんじゃねぇぇーー!!!!!」
「「「「さーっせんっしたぁーーーー!!!!」」」」
シャードの咆哮は、仲間たちの祝い(さぼり)ムードを奈落の底に落としたのだった。