2話 少年の実力
町まで…遠いな。
俺は、鬼人の女の子を一人背負って走っている。
とはいっても、ただ走るだけでは駄目だ。
それでは、耳のいい魔物に気づかれてしまう。
だから、音があまり出ない特殊な走りかたをしている。
その名も「忍び走り」。
これは、システムに登録されたスキルではなく、ゲーマー達が腕を磨いて得たテクニックだ。
このテクニックのことをゲーム用語で「プレイヤースキル」または、「プレイングスキル」と呼んでいる。
これは、システムに登録されたスキルではないのぬで、どれだけレベルを上げても覚えることは出来ないが、一度体得するとレベルに関係なく、使うことができる。
そのため、俺たちのようなレベルの低いギルドでも、上手く立ち回ることが出来たのだ。
そうはいっても、この「忍び走り」を体得するのはきつかった。
なんといっても、あの修行は地味な上に、キツいのだ。
あれ覚えるのに俺でも1ヶ月近くはかかった。
踏んでも音が出にくい地面を見分けたり、足を地面に着ける前に勢いを減らして、力を弱めてスッと踏み締めるようにしたりとかなり面倒なのだ。
あの日のことを思うと…もうやりたくない…。
さて、すっかり紹介が遅れてしまったな。
俺の名前は流瀬 鋼。
15歳の少年だ。
この世界は、レベルが全てと言わんばかりに、レベルが1違うだけでかなり差が出てしまうらしい。
そんな世界で、レベル1固定の仕様は、きつい。
狩場も大手ギルドに仕切られてしまってるし、盗賊関係のイベントで行方不明のプレイヤー…つまり、盗賊に誘拐される奴もが出てくるし、NPCに素で負けるから、地味にプライドが傷付くなどなど未だ、たくさんの問題が発生している。
まさか、プレイヤーが子供のNPCですら顔を伺うようなゲームになるとは…………。かなりのカルチャーショックだ。
今、プレイヤーはこのデスゲームをクリアすることよりも、目の前の危険のことのほうが重要になってしまっている。
これは、仕方ないことだと思う。
レベル1だから、どうしても先に進むのに二の足を踏んでしまう。
躊躇ってしまう。デスゲームは、まだ始まったばかりだと言うのに…。
本当にクリア出来るのか。このあり得ないほどにつり上がった難易度を目の前に、俺達プレイヤーは、本当にクリア出来るのだろうか?
プレイヤーとしては、常に頭を悩ませる問題である。
もうほとんどのプレイヤーは、諦めてしまっているのだろう。
こんなのクリア出来ない…………と。
そんな中で、俺達はこのデスゲームをクリアすると誓った。
バカだと笑うなら勝手に笑えばいい。
無謀な挑戦だってのはとっくに分かってる。
だけど…。それでも、俺達は。
こんな世界だからこそ希望を捨てては駄目なんだ。
それを皆に知らせてあげたい。
このデスゲームは、今まで聞いた中でも最も理不尽なゲームだ。
このゲームは、クリア出来るどうかなんて仕様聞いただけで分かってしまう。
それだけ最弱のレベルと経験値0の仕様変更はキツい。
でも、考え方によっては認識が変わるのかもしれない。
このゲームはRPGではなく、難易度の高いアクションゲームだと思えば、少しは変わるかもしれない。理不尽なことには、変わらないけれど…。
だけどそうでも思わなければ、このデスゲームをクリアしようとは思えなくなる。
それに、俺達は元々低レベルのレイド撃破を目標にこのゲームにいた猛者だ。だから、どこの誰よりも俺達には、低レベルの戦い方の情報がある。
とはいえ、低レベルゆえの弱点は多い。
攻撃力が薄い火力、上手く防げなければ即死必死の紙壁役、死闘の中で何とか敵の情報を得ようとする戦闘員よりも疲労度の高い偵察員、範囲技の間隔を見極めて知らせる観測者などなど、必要な役は最早レイド並みだ。
それも、誰か一人でも集中を切らせば全滅するようなハードバトル。敵を倒すなら使えるものなら何でも使わなければ勝てないようなそんな最高難易度のゲーム戦闘を…俺達はこのゲームでしてきたんだ。だから、やらなければならないんだ。
そう俺は思っていた。
「…さて、そろそろ町に着くぞ」
草原のフィールド、ライト草原。俺達は町まであと少しというところまで来ていた。
俺達は敵の行動パターン、ポップポイントなどを見極めたり、モンスターの視線に合わせて伏せたり、木などの障害物に隠れたりしながら、できる限りの戦闘を避けていた。
「…町に着くの遅いわね」
背中にいる少女は、俺の行動に呆れながら俺の言葉を返した。
「…仕方ないだろ?元々そんなに強くないんだから」
俺は当然のように返す。
「…じゃあ、なんであんなところにいたのよ!」
「…そんなの俺の勝手だろ?それに、冒険は好きなんだよ」
ちょっと怒ったような口調で俺を罵ってくるので、俺はしれっと返した。
ちなみに、全て小声である。
こうして、俺はスニーキングゲームさながらの動きをしながらいつものように帰ろうとしていた。
のだが…。
(な、に…………)
感知範囲ギリギリのところでライトウルフが接近していることに気が付いた俺は、囲まれていることに気付いた。
前兆はなかった………はずだ。
俺はここのフィールドのことはよく知っている。
どんな魔物がいるのか、どこにオブジェクト(木や岩といった障害物のこと)があるのか、どんな気候でどのルートを進めば敵に見つからないかなどかなりの情報を持っているのだ。
こんなヘマを俺がするわけがない。
となると、何か予想外の要素がこの状況を産み出していることになる。それはなんだ?
いつもと同じではない…何かって…………なんだ?
ここに来るまでのことを思い出してみよう。
1.朝、爆音と共にドングーリの弾を頭に喰らいそうになる
2.一見、質素な朝飯を取るように見えるが、実はどれか一つが毒料理になっていて、それがどれなのかを当てるという謎の訓練をいつものように突破する。(その途中毒消しを使った)
3.アイテム取りに出掛けようと部屋に戻ったところで嫌がらせのような捕縛網を適当に避けて自室で支度する。
4.玄関に歩いて向かう。(その途中、突発的な喧嘩に巻き込まれそうになったり、パシられそうになるのを避けながら向かわなければならない)
5.町のなかを歩いているといつもの肉まん屋さんのおっちゃんに肉まんをおまけしてもらった。ラッキー♪
6.フィールドでスニーキングスルー。
7.魔物の気配に気を配りながら、薬草などのアイテム調達をする。
8.帰り際に行ったことのないところに足を運んでみる。
9.アジトを見付けたので、スニーキングミッションしてみる。
10.女の子発見して、漫才。
11.フィールドでスニーキングスルーしようとして、敵に囲まれる。
…………なんかこうしてみると俺の生活って、危険が身近に多い気がするような…。
「どうするの………?」
青い顔をして、そんなことを聞いてくる鬼人の少女。
さて、どうするかな。とりあえずあのモンスターについて思い出してみるか…。
ライトウルフ。
攻撃手段は主に飛びかかって噛みつくだけ。とは言え、足が速く大抵の攻撃は回避されてしまう。
そんなライトウルフの適正レベルは確かレベル5。
この世界でレベル5と言えば、町にいる大人クラスの強さである。
それって、強いのかどうか分からないだと?仕方ないだろう。そうとしか表せないんだから。
それにこの世界では、NPCの子供にですら、パワー負けするようなところなんだぞ?大人クラスの戦闘力って言えばかなりのもんがある!
……まあ、それだけ俺らプレイヤーが雑魚になったというわけなんだがな…。
それと、プレイヤーがライトウルフに急所を噛まれると一撃で死ぬから、とても危険だ。
そんなライトウルフが12体もいる。普通なら、逃げるのが前提の相手だ。
レベル1のプレイヤーなら、この時点で詰みが決定する。
それほどまでに、このバトルは無謀だ。
しかも、鬼人の少女も守らなければならない。
これは本格的にきつい…。
しかしだ。そこで助けずに逃げるのは何のためにここまで連れてきたのか分からない。だから、きっちり守らないとな。
俺は十手を抜いた。
そのタイミングでライトウルフ達が群がってきた!
「まずは、一匹目」
最初に襲いかかって跳んできたライトウルフの喉元を十手で突いた。
クリティカルとカウンターが入り、最初の一匹を倒す。
俺は倒した手応えを感じた瞬間に元の位置へとすぐさま戻る。
そして、振り返り様に鬼人の少女へと群がる三匹を視認した。
すぐさま倒す順番とイメージをする。
「ふっっっ!!!!」
まず右に飛びかかる一匹に左の肘鉄を顎に当てて勢いを止める。そして、左足を軸にその場で回転して、十手をぶん回して、ライトウルフ達をぶっ飛ばす。
回転したことで周りの状況を確認出来た。
今の技は、一対多の戦闘によく使われる『スピン』だ。
こういう周りに敵がいるときに、使われる攻撃と状況分析の二つが出来るプレイヤースキルで、主にソロの人や、前衛リーダーがよく使っている。
(後ろ3、右2、左3、前3…)
後ろには、硬直してる三匹が、右には、今すぐ鬼人の少女に飛びかかってきそうな二匹が、左には俺へと迫る三匹が、そして前には吹っ飛んでいく三匹がいた。
それを見た俺はまず、十手を左にいるライトウルフを狙い回転をかけて投げ、すぐに後ろに向いてわき目もふらずにダッシュを決め込んだ。
「おらぁ!」
左の一匹の右脇にフック気味の右腕を絡ませて、鬼人の少女の側へと1歩踏み出して、その横にいたライトウルフを巻き込んで投げ飛ばした。
ちょっと強引な投げ技で、何とか少女に来るのを防いだ。そして、十手が地面に落ちたところを見た。
どうやら、あれが当たっていたらしい。
すぐさま立ち位置を見る。
前には、十手と怒った三匹、右には走って迫ってくる三匹が、左にはさっき投げ飛ばした二匹と三匹。
(こりゃ、分が悪いな…。それに攻撃力が足りない。仕方ない、あれを使うか)
十手を投げたことを悔やみながらも、右手を後ろに、左腕を少女の腰に。
「きゃっ!?」
少女を抱えて、後ろにバックステップをし、間合いを開ける。
前の三匹と右に迫る三匹を見ながら、さらに後ろへと下がる。
そして、俺は右手に握ったそれを6匹に向かって投げた。
ドカン!直後に響く閃光と爆音。六匹もいたライトウルフ達は今ので全滅した。
今のは、ファイアジェムを素材にしたダメージアイテム「爆弾」だ。
俺達、プレイヤーはこの攻撃アイテムを有効活用して、足りない火力を何とかしている。ただ、素材が素材だから、コストが非常に高い。
ファイヤジェムは、それなりにレアなアイテムでそう落ちてないのだ。
(それだけに使いたくなかったが………仕方あるまい)
少女にお金がどうとかレアアイテムがどうとかで、救えなかったとか、考えたくもない言い訳だ。俺は、そのことについては諦めた。
あとは、十手を回収して町に帰れば終わりだな。
「ちょっと待ってろよ、すぐ戻るからな」
ここまでの戦闘なのにまだ30秒も経ってない。
あれだけの立ち回りをしておいてなんだが、特に疲れた感じはしない。
現実だと、息切れするような場面なんだろうが………。あいにくここはゲーム世界だ。
そんなことは起こらない。
そんなことがあったというのにまだ襲おうとしてくるライトウルフ三匹。健気である。
しかしまあ、相手が悪かったな。
「ドロップアイテムは期待しておくぞ」
そう言って、俺も三匹へと走る。
三匹並んで、走ってくるライトウルフ。それに迎い討とうとする俺。
飛びかかった瞬間を狙ってやる。
間合いに入り、同時に飛びかかろうと足にバネを溜める三匹。
本来、レベル1程度にライトウルフ三匹も倒せるような素手の技なんてない。それでも、ライトウルフの攻撃パターンが一つしかないのは、もう分かっている。
だから、俺は勢いを止めることもなく、左足を思いっきりあげて砂塵をライトウルフどもの眼に巻き上げてやった。
「「「キャウンッッ!?!?」」」
誰も砂を巻きあげちゃいけないなんて、言ってないし、そもそもそんなルールはない。卑怯だろうがなんだろうがレベル1の俺らからすればそのステータスは破格だ。
しかも、数までそっちが上だったんだ。卑怯だとは思われたくないな。
眼に砂が入って、怯むライトウルフ達。
その間に俺は勢いのままライトウルフを蹴り飛ばし、さっと十手を再装備した。そして
「じゃ、さよなら」
ライトウルフどもを叩きのめした。
ドロップアイテムはなかなかよかった。
狼の毛皮×5なんて、いいものだ。
でもまあ、そんなことより今は…。
「…………それで、反省してるの?」
「しております」
さっきから、説教垂れている少女のことだった。
どうやら、俺が無茶をしたことを説教しているらしい。
特に怪我もしてないし、あれだけ危なげのない戦いをしたはずだというのに何故、俺は説教されているのだろうか?
理由にしてもちょっと大げさな気がするが、これだけ心配されているのなら。
もしかしたら、少女の眼には危なげだったのかもしれない。
俺はもう少し、上手く戦闘が出来るようにしようと思った。
「それで聞いてるの?」
「はい、聞いています」
殺気が込められていて地味に怖い。
どうにかして欲しい。しかし、原因は俺みたいだしなー…。
どうにもならないか。
目付きの鋭い少女がこちらをにこりともせずに睨んでくる。
「……………………」
「……………………」
無言、視線、顔、空気、なんか怖いわー。そして、悪い。
これもこれで来るものあるんだけどなー。
「さて、町だ。少しはその仏頂面止めてく痛い…………」
肘鉄喰らった…………。痛い…。
「……………そうね……………なら、次に二人きりになったらまた続きをしましょうか」
そんな微笑で俺を見詰めても、怖い以外の感想がないわ。
しかし、切り替えてくれるのはいいことだ。
この怖い顔で、一緒に町に行かれるのは色々きついからな。
さて、ホームに帰りますか。