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異世界生活は前途多難  作者: あき
1/1

一難去ってまた一難

ここは神奈川県のとある駅前。スマホを見ながら歩いても目的の場所まで歩けるほど、一般ピーポーは日常に慣れすぎている、どこにでもある風景。


だが、そんな日常の中に一人だけ非日常がいる。


「うわ……」

「おい、あれ……」

「げっ」

「何でここに……」

「お母さん……」

「しっ、行くわよ」

「気持ち悪い……」

「何なのよ……」

「チッ。死ねよ」


そいつは、前髪がを目を隠すほど長く、後ろは背中の辺りまで伸びている。ズボンも、Tシャツも、コートも、靴まで黒く、見た者を関係なく不愉快にさせる。


そう、ぶっちゃけ俺だ。


名前は桜麗(さくられい)。名前とは反対方向に絶賛逆走中、不登校歴5年の17歳。因みにバイト経験女性経験友達知り合い顔見知り無しのコミュニケーション能力皆無。ただ度胸はあるから、話かけられたら答えられる自信はある。


家にいればお袋に貶され、姉貴に無視され、妹にウザがられるから、こうして昼間は適当にぶらついている。夜は部屋に篭って静かに過ごしている。


まあ、駅前に来たのは間違いだったな。こうなる事は予想していたが、少しくらい変装しといた方が良かったか……。


ん? 髪を切れって? 嫌だよ。俺顔を見られるの嫌いだもん。中学の時とか、顔が理由でリンチされてたからな。コンプレックスを晒すほど、俺はマゾじゃない。


俺の居場所は何処にもないから、こうして外に居場所を求めている訳だが……残念な事に、やっぱ外にも俺の居場所は無い。5年間、様々な場所を巡ったが……どこに行っても俺を気味悪がり、俺を怖がり、俺を嫌う。どういう星の下に産まれたらこうなるんだ。


駐輪場に停めていたチャリに乗り、駅の近くを流れている川沿いの土手を走る。平日の昼間だから、買い物途中の主婦やじじばばしかいないが、全員俺を見て嫌な顔をする。すみませんね、生きていて。


「はぁ……死ぬってどんな感覚かな……」


……おっと、また変なこと考えてた。まあ、死ぬって眠るより簡単って聞くからな。いざとなったら紐なしバンジーをすれば良いだけだ。


……そうだ。紐なしバンジーに丁度いい場所を探そう。死にたくなったら直ぐに飛び降りれそうな所を一つでも知っておくと便利だし。


「とは言ったものの……駅前から離れた住宅街だから、丁度いい高さのビルが無いな……」


いや、そういやビルやマンションの屋上って行けないじゃん。学校にも行ってないから、校舎にお邪魔するわけにも行かないし。参ったな……。


と、その時。


「もし、そこのお方」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ、俺?」


「随分と間がありましたね」


「だって声かけられる事なんか無いし」


話かけてきた人物の格好を簡単に解説すると、まず全身を覆う真っ黒なローブにフードを被っている。声からして女だな。しかも美人と見た。道端に座布団を引いて座り込み、目の前に水晶を置いて……怪しいことこの上ない。不審者って初めて見た。


「で、不審者さん。俺に何の用だ?」


「貴方に不審者なんて言われたくありません」


「む、確かに」


「肯定が早い……」


そう言われると、俺も十分不審者だな。何だ、毎日見てるじゃん。


「こほん。貴方、何か悩みがあるのでは? この水晶は特別な力を秘めていて、悩みを持つ者が覗き込むと必要な物、日時、場所、住所氏名電話番号まで知る事が出来るのです。不幸なオーラを纏っている貴方には、特別サービスで1回無料で見させてあげます」


「プライバシーの侵害で訴えるぞ。あと不幸なオーラは余計だ」


だが無料なら見てやろう。……え、後から金を踏んだくるとか無いよね? 麗くん信じるよ?


不審者の前に座り、水晶を覗き込む。しかし、随分と透明な水晶だな。傷も無いから、球体の輪郭がぼんやりと浮かんでるようにしか見えない。


「……因みに1回いくらよ」


「5万」


「ふぁっ!?」


「大丈夫です。本当に今回は無料ですから」


……嘘だったら警察に訴えてやる。まあ、俺が一方的に悪いみたいな感じで終わりそうだけど。


再び水晶を覗き込む。俺が今求めているものは……1人になれて、誰にも知られずにひっそりと死ねる場所、かな。それと楽に死にたいな。痛いのと苦しいのは嫌だし。やっぱりビルかな。飛び降りる勇気があれば一発で死ねそうな場所がいい。


……と、結構厳密に思ったのに全く浮かんでこない。……やっぱデタラメか。


「おい」


「それは、本当に貴方が求めているものでは無いからです。求めなさい。心の底から、貴方の本意を曝け出すのです」


「と言われてもな……」


本当に俺は死に場所が欲しいんだ。……いや今じゃ無いけどな。それ以外に求める物なんて……求める、物なんて……


ーーー

ーー


『何で産まれてきたのよ!』

『どっか消えてよクソ兄』

『どうしてお前は何も出来ないんだ!』

『……うざっ』

『見ろよあいつ、制服ボロボロだぜ』

『うへ、くっさ』

『さっさと死ね!』

『うわー、肩が触れたんだけどぉ』

『最悪ー』

『消毒しなきゃ腐るって、絶対』

『おら死ね! 死ねよ!』

『おい頭便器に突っ込め!』

『ギャハハハハ! きったねぇ!』

『腕抑えろ』

『誰が一番サンドバッグを上手く殴れるか選手けーん』

『いいねいいねぇ!』

『あっはっは! ほらぁ、こいつ全裸で泣いてるよぉ!』

『みっじめぇ!』

『制服川に流しておくねー』

『うわっ、綺麗にしてあげるとか優しいー』

『きゃはははは!』


ーー

ーーー


…………そうか……俺の求めている物は……。


ほんの少しだが光を帯びている水晶を手に取る。その先には、ぼんやりと何かが見える。


「…………しょ……」


「……どうしたの? ほら、想いを言葉にして」


「……俺、に……」








ーー居場所を、くれ……!


瞬間、水晶が強い光を放ち、辺り一帯を覆う。だが、俺はそれを眩しいとは感じず、ただ水晶の先に見える物を見つめていた。


「……これは……」


そこには、見たことも無い不思議な景色が広がっていた。極彩色の木々に、見たこともない動物。だが、何処と無く懐かしさは感じる……。


「これが、貴方の求めている居場所。否、貴方がいるべき世界です」


「……は?」


「ならば私が連れて行きましょう。貴方のいるべき、本来の世界へ!」


は? いやいやいやいやいやいや何これ何これ何これ何これ何これ!? 何がどうしてどうなってんの!?


俺の肉体が、魂が、存在が、意思が水晶に吸い込まれるのを感じる。ただ痛くはなく、むしろ心地良さを感じる。


「さあ行きなさい、哀れな子羊よ! 貴方の未来に幸あれ!」


「哀れって言うなあああああああ!」


言い終える前に俺の目の前は暗転。と同時に浮遊感を感じた。


「……へ?」


足元に広がる広大な青空。真上に生い茂る木々や山々。……ああ。


「落ちてるじゃねぇかあああああああ!」


いやああああああああ!


「はい、落ちてますね」


「落ちてますねじゃねぇよ! てか何で不審者もいんの!?」


「あ、自己紹介が遅れました。私はナユタ。この世界の存在を管理している者です」


「自己紹介してんじゃねぇよ! 呑気にも程があんだろ!」


「世界の存在を管理していると言っても神とは違うんです。神は別にいて、私は……調律者とでも言いましょうか」


「聞いてねぇから! ……あ、でもこのままだと楽に死ねるな」


「どっちが呑気なんですか……取り敢えず、降りてから説明しますね」


降りてるってか落ちてるから。こいつ、今の状況も分かんないの? バカなの死ぬの?


「それでは」


不審者……ナユタは真下に手を伸ばすと、ゆっくりと円を描いていく。その手の動きに合わせるように風が吹くと、俺らを受け止めるように風がまとわり付いてきた。徐々にスピードが緩くなっていき、地面すれすれの所で完全に止まった。


「ぶべっ……!」


い、いきなり落とすなよ……!


「……はぁ……何やねん……」


もう意味が分からないよ。さっきまで住宅街にいたのに、今じゃ覚悟もしてない紐なしバンジーをしたらナユタの不思議な力に助けられるし……。


「大丈夫ですか?」


「そうだな。顔面から落とされる前までは無事だった」


俺のやる気と興味が痛みで消え去ったよ……。


「で?」


「はい?」


「降りたら説明するって言っただろ」


「ああ、そうでしたね。ではまず、私の立場を説明しましょう」


ナユタは、今まで深く被っていたフードを脱いだ。糸のように細く美しい金色の髪に、赤く燃えるような瞳。顔立ちは整っていて……ぶっちゃけ、今まで見てきた誰よりも美人だ。っ、やべ。今になって緊張してきた……。


「改めまして、この世界の調律者、ナユタと申します。初めまして、桜麗くん」


「俺は……って、自己紹介する意味ないか。何で俺の事を知ってるんだ? ファンか?」


「……はっ」


あ、こいつ今鼻で笑いやがった。


「こほん。それで、まずは私の事を話しましょう。世界というのは、それぞれバランスで成り立っています。この世界も、貴方がいた世界も、その他様々な世界もバランスがあります。幸があれば不幸もあり、利があれば害もあり、死があれば生もある。私は、そう言ったバランスを管理、調整するのが仕事です」


……俺は不幸と害と死しかありませんでしたけどね。


「このバランスは本来変わることは無いのですが、数年前にイレギュラーが発生してしまいました。この世界に生まれるはずだった貴方が別の世界へと生まれてしまったのです。どんな事をしても、生まれ変わる魂が異世界へ行くなど考えられません。ですがそんな事が起こってしまい、この世界と向こうの世界のバランスが崩れてしまいました。このままでは、世界のバランスが全て崩壊してしまい、宇宙諸共消え去ってしまう危険性がありました」


おいおい。俺、生まれてきちゃダメだったんじゃないの? 俺の存在一つで、宇宙が消えるとか冗談じゃないぞ。


「それであんたは、俺を不幸にして死なせてからこの世界に生まれ変わらせようとしたのか?」


「その通りです。ですが、一概に私のせいとは言い切れません。麗くんは、人間は自分とは違う生き物、存在を見た時どういう行動を取ると思いますか?」


「どういうって……俺友達とかいなかったから分からんけど、軽蔑とかするんじゃないのか?」


「イエス。まさにそうです。自分とは違う生き物、存在を見たら、大体の人間はその者に敵意を覚え、軽蔑し、排除しようとします。貴方は向こうの世界では存在しない、異物に等しい者。ですから、向こうの人間は貴方に敵意があったのです」


……生まれてきてごめんなさい……。


「ですが、この世界なら貴方を受け入れるでしょう。ここは貴方がいるべき世界なのですから」


「……そういや、ここってどう言う世界なんだ? 見た所……あまり栄えて無さそうな感じだが……」


「この世界、この星の名前はマキューレ。面積は地球の約4倍で、人口は約2倍。確かに地球ほど栄えてはいませんが、マキューレの住人は地球人には無い力を持って生まれます」


……異世界で、地球人には無い力……それってテンプレ的に……。


「「魔法」」


……やっぱりな。


「……察しが良いですね」


「まあ、地球に無くて異世界にある力と言えば、テンプレ的に魔法か超能力だからな。ただ、地球より科学力が発展してないマキューレなら、超能力より魔法が無難だと思った」


「……中々頭も良いですね。そうです、この世界にある力は魔法。想像されている物と殆ど変わらないと思いますよ。因みに私は調律者という立場なので、一応50ある属性を全て扱えます」


「何だお前。チートかよ」


50属性あるだけでも驚きなのに、それを全部使えるってただのチートだ。反則だ。


「だったら、俺にも魔法が使えるんだろ? 元々この世界の人間なんだから」


「…………あー、そのー……」


……おい、何でこっちを見ない。それにその煮え切らない言い方は何だ。


「ほ、ほら。貴方の魂は元々こちらのものでも、生まれた世界が違うじゃないですか。魔法属性は生まれた瞬間に決まるので、そのー……」


……まさか……。


「……た、大変申し上げにくいのですが、貴方に魔法属性はありません。生まれた世界が違うので……」


そんな……せっかく魔法の世界に来たってのに、魔法が使えないとか……。


「そ、そんなに落ち込まなくても大丈夫です。貴方には貴方の特異な能力があるのです。恐らく、魂が向こうの世界で鍛えられて、マキューレに帰ってきたことで魂の強さが肉体に影響を及ぼしたのだと思います」


「……肉体に?」


……別に変わった所とかない気がするんだけど……。足も腕も付いてるし、髪の毛も元の長さだ。


「どこが変わってんだ?」


「おや、お気付きでないので? では、私自らが教えてあげましょう」


ナユタは人差し指を俺に向けると、クイっと上に向けた。動作はそれだけなのに、地面から生えた蔦によって俺の体はがんじがらめにされてしまった。


「な!? な、何すんの!?」


「え? ですから、自身の力を認識させようかと思いまして」


……って、何で言いながらナイフを取り出すんでせうか? え、ちょっ、待っ……!


「せーのっ、えいっ!」


「えいじゃねえええええええ!」












ガギィィィィイイイン……!


「……え?」


……痛く、ない……?


ゆっくりと目を開けると、目の前に広がる美しい腕と顔。そして、額に突き刺さろうとしているナイフ。だが寸止めでは無く、完全に誘うとしている感覚がある。


さっきの甲高い金属音と言い、ナイフの先端の感覚と言い……ガチか。


「って、い、いきなり何すんの!?」


「だから申し上げた通り、麗くんの能力について物理的に説明しました。貴方の特異な能力は、『絶対防御』。どんな攻撃も、魔法も、特異な力も寄せ付けず、さらには風邪や毒と言ったものも防ぐ絶対無敵、最強の体になったのです。防御のみですが」


……あー、物心ついた時からいじめられてたから、そのせいで確かにメンタルは強くなったが……まさか、その強さが肉体にまで現れてるなんて……世の中何が起こるか分かったもんじゃないぜ。


「因みにその蔦ですが、鋼も粉々に砕けるほどの強さで締め上げているのですが……全然痛みを感じないでしょう?」


「まぁ……身動きが取れないだけで、全く痛みは感じないな」


「そう、貴方はこれからの人生で血を流すことは愚か、どんな事をしても傷つかない、痛みを感じない体になったのですよ」


……嬉しいような、悲しいような……何だろう、このなんとも言えない感情は。


「あ、体力や身体能力は変わらないので、スタミナが尽きて疲れはしますから気を付けて下さい」


「……わかった。じゃあ、取り敢えず近くの街まで連れてってくれないか?」


流石にこんな辺境の土地で取り残される事だけは勘弁願いたい。軽く死ねる。


だが、ナユタは俯いて首を横に振った。……何故?


「残念ですが、私はこれ以上貴方や世界に干渉出来ません。私は調律者。バランスを取るためにあの世界からマキューレに連れてくる事は調律者としての役目ですが、貴方がこの場にいるという現実を私の手で捻じ曲げてしまってはバランスを崩す恐れがあります。なので、ナイフを一本置いていくので自分の足でこの森から抜け出して下さい」


……は?


「大丈夫です。近くに川があるので、それを下流に向かって3日ほど歩けば王都に着きます」


……うん?


ナユタは蔦を消すと、目の前に刃渡20センチ程のサバイバルナイフと鞘を渡してきた。


「ここら辺にいる魔物は比較的安全で間抜けなので取り敢えずお肉には困らないと思いますが、野草やキノコには毒があるものがあるので気を付けて下さい。あ、でも今の麗くんなら毒も食べられるので大丈夫ですかね。それでは頑張って下さい。貴方の新しい人生に幸福が訪れるよう祈っています。それでは〜」


物凄い勢いでまくし立てると、ナユタは空気に溶け込むようにして消えていった。残ったのは、手元にあるナイフの重みと見慣れない景色だけ。


…………。


「な……なんじゃそりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


こうして、俺の新生活(異世界)が始まるのでした。前途多難過ぎるだろ、これ……。

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