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9.ぜってぇに俺の娘に手ぇ出すんじゃあねぇぞ?

 睦が逃げ込んだ場所は近所の神社だった。


「はぁ……はぁ……あちぃ……」


 空を仰ぐように顔を上向きにし、シャツを掴んでパタパタと空気を送り込む。

 閑散とした境内に入り込んで思わずそこに座り込む。地面は乾いていてそこまでジーンズが汚れることもなかったが、それでも夏場に全力で走るなんてことさえしなければこんな土だらけのところで座ることも無い。

 境内は緑溢れる木々で周囲を囲まれ、まるで地元から切り取られたかのように静寂が守られているようだった。ここに人が居ること自体何かの罪に近いような錯覚すら起こしながら、上下する肩が落ち着くまでこの場を動く気力はない。


「はぁ……まったく」


 とりあえず立ち上がり尻を手で払う。


「どうしたもんかなぁ」


 未茅の好物なら深く考えることもなくスラスラと思い浮かんでくる。値段についてはあまり考える方ではないから、財布の中が許す限りの物を三つほど見繕って買っていけばいいだろうか。


「けど、俺はなんであんなに怒られなきゃならなかったんだ」

「そりゃ嫉妬だろガキンチョ」

「おわっ!」


 いつの間にか足下にいたリヒャが大きな欠伸をする。


「まぁあれだ、俺様の娘ってんじゃぁ比較するのも馬鹿らしいな。そこらの小娘なんざぁ娘の前じゃぁ凡人もいいところに過ぎねぇだろ。なぁアツ坊」

「すぎねーだろって言われてもなぁ」


 確かに美少女だったのは間違いないが――


「いや待て、お前猫だろ?」

「ああ猫だが。他に何に見えるっつーんだ?」

「見えないから逆に変なんだよ。お前の娘はなんで人間なんだ? どうして猫から猫が生まれてこない? まさかとは思うが、あの子も――」

「ああ、あいつもネコマタだからな」

「やっぱりか」


 おそらくは十年以上生きたからか、あるいはネコマタの娘だから元々そういう特殊な能力が備わっているのか、大体その辺なのだろう。十歳の猫といえばかなりの高齢だが、人間の姿をとっていたあのネコミミ娘はあくまで人間の姿だけで判断すればそのまま中学生ぐらいだった。


「で、あの子の名前ってなんなんだ」

「決めてねぇよ。猫が猫相手に名前なんぞ決めると思うか? そういうのは人間の役目だ」

「お前名乗ってたじゃんか。テキトーだなぁ」

「ちげぇよ。人間が几帳面すぎるんだ。世の中をただ生きていく為だけに世界をこんなにしちまった連中に言われたかぁねぇな。俺の名前だって人間が勝手に付けたものを勝手に使ってるだけだ。今はなんかリヒャとか略されちまってるが、これだって生きてく上で必要な名前じゃぁねぇよ。お前は飯を食うのに、本当に名前やこんな文明が必要だと思うか?」


 こんな文明というところで思わず目の前の神社を真正面から見据えてしまう。ここはあくまで神様を祀っているところであり、現代の人間が築き上げてきた文明の一つではあるが、リヒャはここだけではなくもっと他のところを指して言っているのだろう。

 考えてみれば、人間はどうしてこんなに色々と便利にしなければならなかったのかという疑問が浮かんでこないわけではない。目の前の猫を見ていればわかるが、生きていく上で彼らの生活は無駄なものを省いて必要な分だけを求めている感じにも受け取れる。一方の人間はどうだろうか。――過剰に求めすぎてはいないだろうか。


「ああ、深く考えても仕方ねぇだろ。お前が生まれるより前に世界はこうなっちまったんだ。ガキンチョ一人がどうこう頭を巡らせたところで出る答えじゃねぇんだよ」


 結論としてはそこだった。この文明があるから生きていく上で苦労することは少ないし、とりあえず人間の作り上げたルールに則って過ごしていけば妙な過ちを犯すこともない。


「でも、俺達は別にお前ら猫みたいに元々気楽だってわけじゃないからさ」

「めんどくせーなぁ。まぁいいや。ところであのなんつったか、みつ子とかいう小娘の方だが」

「昭和時代の人かよ! みっちゃ……あ、えっと、杉野未茅っていって、俺の幼馴染みなんだけどさ」

「出会ってからどんぐらいだ?」

「え? 覚えてないなぁ。幼稚園の頃にはもう一緒だったかな。ちっちゃいころのみっちゃんは可愛かったんだぞ。あ、今でももちろん可愛いし好みなんだけどって俺は何を言ってるんだ何を! 忘れてくれ今のは頼む忘れてください!」


 そんな睦の両手を合わせた頼みから視線を逸らして、リヒャは少しばかり黙り込んだ後に「……まぁ、まだわからんか」と呟いた。


「気にするな。胸の内に密かに閉まっておいてやるよ。んで、娘の名前だがな、神月かよみってんだよ。覚えておきな」

「あるのかよ名前! しかも父親と違ってまともな!」

「俺達猫にとっちゃいらんでも、人間が人間らしく生活するにゃ必要だろ。ただ野良のように生きてくってんなら別にいらんだろうが」


 歳を経てるだけあって言うことに貫禄はあるのだが、顔を洗いながらだとどことなく間抜けだった。


「それと気をつけろよ」

「何が?」

「雌のネコマタってのは危険だ。あいつはまだ自分の能力にゃまったく気付いてねぇみたいだが、ターゲットをアツ坊に絞ったってぇんなら多分惜しみなく発揮してくるだろうぜ」

「だから何が?」

「知りたきゃ家に帰ってネコマタを調べてみな。グーグルで一発検索可能だろうが」

「猫がどうして検索とか知ってるのッ?」

「だからよガキンチョ、ぜってぇに俺の娘に手ぇ出すんじゃあねぇぞ? わかってんだろうなぁ、ああ?」


 なんか妙な脅しをかけて、リヒャは境内を去っていった。


「……はっ」


 睦は肩をすくめる。


「猫に欲情なんてするわけないっつーの」


 ――それが甘い考えだとも知らずに。



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