エピローグ
36.また明日ね、あっちゃん
期末テスト後の連休が終わり、本日から三日間だけ学校へ通うことになる。
自分の教室に着いて席に座ると、おずおずと見知った顔――クラスメイトの顔はさすがに全員覚えているがその顔は今までこちらに近寄ったことすらなかった――が睦に話しかけて来ようとしているので、思わず苦笑しながら彼女の名を呼ぶ。
「よう、及川」
「あ、おはよう、東條くん……」
なんだかんだで色々あった所為か、昨日も街中で出会った時に向こうから話しかけてきた。一見して人見知りをしそうな少女だが、睦相手にはだいぶ警戒心を解いているらしい。
彼女には全てを話してあるのだが、信じているかいないのか、そのことについて触れてくるようなことは一切無かった。これ以上の説明は困難になっている睦にとってとても有り難いことである。
「あの、杉野さんは」
「ああ、一度自分の家に戻ったよ。誰もいないのに開けたままってのは問題あるしさ。その後は親戚に引き取られるんだろうさ」
「そう」
家を片付けるということは、一種の決別を意味している。何も変化を望まなかった未茅の心境を考えれば随分と前向きになったのだろう。
未茅は昨日、睦達に分かれを告げて去っていった。腕が千切れるんじゃないかというぐらい思いっきり手を振っていた未茅の顔に暗い面影は一欠片も見つけられず、睦は安心したのと同時、どこか寂しさも覚えた。
思い出せば思い出すほど、あの時の告白が頭から離れない。未茅はどう受け止めたのだろうか。何にしろ彼女の気持ちを変えた言葉に違いはないが、しかしその後の態度を見る限り変化は無いように思えた。
ただ、去り際に残していった言葉が気になるが――
「すごく元気な人だったから、ちょっとしか話してないのに凄く印象強いね。また、会えるかな」
「みっちゃんと友達になりたいのか?」
「え、う、うん、出来ればそれがいいかなって……」
「あー、どーせロクなことにならないから止めておいたほうがいいと思うけど」
「え、でも二人を見てると色々とネタが……」
「……ネタ?」
「どっちかというと、東條くんのパートナーは男の子がいいんだけど……その方が想像力が働くし」
「いや、なんの? ちょっと待て、何の想像してんだ?」
たらりと一筋、汗が頬を伝う。このまま放っておいたらまるで次元が一つ違う世界の自分が陵辱されかねん、そんな予感が脳味噌の中を駆け巡る。
「あ、あれだ、その!」
話題を変えよう、いや、元に戻そう!
「案外さ、みっちゃんのことだからまた今日ぐらいに出会えるかもしれないぞ」
「え、いくらなんでもそれは無いんじゃないかしら」
「わっかんないぞー。だってあのみっちゃんだし……俺達の常識なんて通用しないって。本人は言わないだろうけどさ、寂しくなったからここへ遊びに来ちゃうかもしれないじゃんか」
「……ふふ、だとしたらとんでもない寂しがりやさんだね」
まさかそんなことあるわけ無い。彼女は今、親戚の家で新しい生活を送るために色々と準備が忙しいからだ。だから昨日の今日でここへ来るなんてさすがにあり得ない。
――と、未茅を知る睦ですら冗談交じりの会話だったのだが。
彼女は時として常識から外れた行動に出る。
彼女は時として気紛れに全力を尽くす。
気紛れは気ままに、彼女を縛るモノなんて何も無い。
そう、それはまるで猫の如く。
「はーい、みんな座ってー」
担任が手を叩きながら入ってきた。
「そうそう、夏休み直前なんだけど転校生を紹介します」
え、ホントに夏休み直前だぞ、テスト返却日なのにどうして、等々教室内がざわついてきた。それもそうだ。夏休み明けに紹介するならまだしも、夏期休暇直前の今になって学校へ来る必要なんてどれだけあるだろうか。
「はい、入ってきてね――」
そして担任は、その名前を呼ぶ。
「杉野未茅さん」
「へ?」
ぽかんと、睦の口が開いた。
及川もまた目を丸くしている。
ガラリとドアを開き、はち切れんばかりの笑顔を携えて彼女は堂々と教卓の前に立つ。
「杉野未茅です。よろしく!」
「ええええええ!」
彼女の口から改めて名前を聞かされて、睦は立ち上がる。クラスメイト中の視線が集まってもそれに構っている余裕はなかった。
「な、なななんでいるんだよ!」
「ほらあっちゃん、勝手に立ち上がっちゃいけないんだぞ」
「いやそうじゃなくて!」
「だって昨日言ったじゃない。もう忘れちゃったの?」
そうだ、昨日の別れ際、確かに睦は聞いたのだ。
――また明日ね、あっちゃん――
さすがに冗談だと思っていたのだが、そもそも彼女は断言こそしないが有言実行派である。どんな無茶だろうと意地でも通してしまう強さがあった。昨日の今日で転校を決めてくるなんていかなる無茶をすれば実現可能なのか、いくら睦でも想像の及ばないところだったが。
常識なんて何のその。彼女の自由を止められる者など人間と猫の世界、どちらにも存在なんてしやしない。
「私が変わったら、あの時の続きを聴かせてね」
睦の胸がざわつく。やっぱり覚えていた。気にしていた。顔がみるみると温度を上げていく。
「そういうわけで、よろしくね!」
みっちゃんが来た。いや、みっちゃんが本当に帰ってきた。
睦にとってその事実はとても嬉しい反面、これから訪れるだろう波乱の日々に何もしていない今から辟易とするのだった。
とにかく今は新しく変わるだろう生活を想像して、好奇心が沸いてくるのを止められなかった。
……………………End
まずはここまでお付き合い頂きありがとうございました!
元々最初から完成させてあったものを微調整しつつ掲載していたものですが、途中で掲載する期間が空いてしまい誠に申し訳ありませんでした……!
なんか前回の話もそうだったので何度繰り返してんだっていう話ですが。
話の舞台としては夏本番直前とでもいいましょうか、夏休み手前という設定だったので強引にでも8月中には終わらせたいなぁということでこうしてここ三日間ほど連続掲載を行いました。
夏にピッタリの話だったかは書いた自分では何とも分かりませんが、もし楽しんで頂けたならこれ以上無いぐらい幸いです。
個人的にはもっと睦と未茅の二人を天然な感じでラッキースケベ的なことやアレコレしちゃったりなんちゃったりしてもいいなぁと思ったのですが、もし次回書く機会が訪れでもしたらそんな遊びを入れてみましょう。
というかかよみのイラストを観たい!きっと可愛い子に違いない!誰か描いてください!(親馬鹿)
あと主人公の睦、この夏休みは絶対に色々騒がしくも楽しい青春を送るんだろうなぁと思うと作者なのにこう嫉妬心が沸きますね。許さないよ!
次回作についてもすでにストックが有り余るほど溜まっている……というかやっぱり過去に書いていたものを手直ししながら掲載するつもりなのですが、小説家になろうさんだけではなく複数箇所にて同時掲載するかもしれません。なろうは決定として、その他の掲載箇所も現在検討中です。
やっぱり転生ものや異世界ものというジャンルではないのでどこまで皆様のお口に合うか分かりませんが、かなりガッツリ読みたい人向けの話になっていると思います。しかも最初のプロローグの話だけで相当な量があるので、ちょっと掲載する時にどうするか悩んでいるところです……!早ければ9月中から開始したいなーと。
ちなみに次回作のタイトルは
「死神少女」
といいます。十年ぐらい前に同人誌で出し始めて計10冊にも及ぶ話となった長編ダークファンタジー……いや、ミステリー……うーん? みたいなものです。十冊なので本当に長いです。どうやって掲載するかが一番の悩みどころだなーと。
それでは後書きも長くなってしまいましたが、これにて「ねこがにゅぅっと出てきたならば」は一旦幕を閉じることになります。
改めてここまでお付き合いいただきましてありがとうございました!!




