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35.さて、ここで一番最初の質問だ

本日二度目の更新です!

物語ももう最後になりました。ここまでお付き合い戴きありがとうございます!

次回エピローグとなりますが、その前にリヒャの最初の問いに対する二人の少年少女が出した答えをご覧あれ!

「あっちゃん!」


 その叫びにハッと我を取り戻す。

 気付けば黒猫の牙が眼前に迫ってきていた。


「う、わあぁぁあああぁ!」


 叫び、転がりながら爪を躱すが――しかし未茅を遙かに超える俊敏さを持つ黒猫にとって、そんなものは誤差程度のロスにしか過ぎなかった。軽い身のこなしで反転し、再び睦に向かって襲ってくる。

 両手を振り回して猫を払おうとするも黒猫にとってその腕の動きは鈍重極まりないのか、物ともせずに睦の眼前へと迫り、牙を剥く。猫の牙は小さいが狙うべきところを狙えば幾ら人間といえど致命傷になりかねない――例えば首などが急所に当たる。だからこそ黒猫は何の躊躇いも無しにその首を噛み切ろうとするのだ。

 しかし振り回していた腕が僅かに黒猫の顔に当たり、少しのところで牙は喉に届かなかった。猫の頭が肩へと当たって猫の身体がポテンと腿に落ちる。その隙を逃さず睦は慌てて立ち上がりその場を離れた。


「ああもう、ラッキー小僧が! 次こそは殺す!」

「だから物騒な事言わないの!」


 未茅が睦と黒猫の間に飛び込んで掴まえようとするも、黒猫の身体は滑らかに動き、その手を簡単に逃れてしまう。


「うぁっ……!」


 ――情けない声が漏れた。

 その声の裏には幼馴染みの女の子に助けて欲しい、という願いが込められていた。自分一人ではあの小動物一匹すらどうしようもない。

 だから情けない声を上げたというのか。

 未茅に目を向ける。あの幼馴染みは俺を守ろうと必死になって黒猫に飛び掛かるが、悉くが外れてしまう。逆に黒猫の爪で細かなかすり傷を負っていた。


 ――俺は……馬鹿か?


 彼女がかすり傷程度で済んでいるのは、もちろん彼女の運動神経が優れているからだろう。自分よりずっと度胸があり、勢いがあり、自由に生きてきて、本当に悲しみを知って弱さを顕わにしながらそれでも自分の幼馴染みを守ろうとする強い彼女。弱い己とは対極に居るのが羨ましく情けなく悲しく、何も出来ない絶望に打ち拉がれる。自分は、東條睦は杉野未茅を守る力と資格がない。


 ――だからなんだ。


 彼女を守る、と誰が決めた。


「……ああ、何やってんだよ、俺」


 守られる立場だったか。守る立場だったか。

 違うだろう。


「助けるんだろうが……!」


 拳を強く握りしめて、自分の額を思い切り殴る。

 意外にも音が大きく鳴ったのか、驚いた未茅と黒猫が同時に睦へと振り返る。


「……つぅ~、気合い入ったぁ~……!」

「あ、あっちゃん! 何やってんの!」

「ん、いや、目を覚まそうと思ってさ」

「もー、無茶だよあっちゃん!」

「みっちゃんにだけは言われたくないなぁ」


 苦笑しながらそう呟いて、黒猫を一度睨んだ後――


「なにさ、今更あんたが動いたところで」


 ――その足で踏み出す。黒猫の方向ではなく未茅へと向かい、その手を取って全力で駆け出す!


「ふぁ!」


 未茅の驚きを他所にとにかく彼女の手を引っ張っていった。よく考えたら猫なんてどうでも良かったのだ。今すべきは未茅が今でも囚われている過去と決別させ、自立させることなのだから。


「ちょ、あんた! いきなり逃げるこたぁないでしょ!」

「るっせー! もういい加減ウンザリなんだよ! お前らみたいな訳分からん猫共に追われるのもヘンテコな世界に飛ばされるのも、ましてや殺されそうになるのもさ!」

「そりゃぁしょうがないだろう! アンタがその娘の『起爆剤』になってるんだからね!」


 黒猫が追い掛けてくる。さすがに猫の方が足は速く、間もなく追い着かれてしまうだろう。


「全てのキッカケはアンタがそこの娘に出会ったことさ! 娘も危険だが、娘の能力を確実に向上させ、世界を変貌させたのはねぇ小僧、アンタのほうなんだよ! 今までの行動を全て見ていればわかろうってもんだよ!」

「だから――」


 睦は額に怒りマークを浮かべ、全力で足を止めて振り返る。

 そこには今まさにジャンプして飛び掛かってきた黒猫の姿があった。

 目と目が合った黒猫の瞳の奥には、あからさまに困惑した色が浮かんでいる。


「そういうのが全部ウンザリだっつってんだろーがァ!」


 睦は両手で未茅の肩を抱き締めて脇に寄せ、黒猫の鼻っ面へと後先考えることもなく本気で頭突きをかましていた。

 声すら出さずに黒猫がずるりと地面へ落ちていく。


「……はぁ、ったく、これでちっとは静かになったよな」

「うわぁあっちゃん」


 未茅が、すぐ傍で自分を見上げている。それに気付いた睦は顔を紅くして手を離し一歩遠のいた。


「すごいねー。普段は私に無茶すんなーとか小うるさいのに、すっごいアクロバティックだったよ今の。なんか不良みたい」

「うぐっ……なんだかやっちまった感が溢れてる……」


 人間、割り切ると案外何でも出来るのかも知れない。


「でもおっぱい揉んだことは許さないからね」

「……本当にごめんなさい。今度ガリガリ君奢るから許して」

「ついでにハーゲンダッツ一年分も」

「うぐっ……そんなおっきくないくせに……」

「何か言った?」

「何も! 決して何も!」


 青ざめながら両手をぶんぶんと振り回す。


「とにかくさ、みっちゃん。帰ろうよ。ここから出てちゃんと俺達の居場所に戻ってさ、そ、その、みっちゃんと約束したことは守りたいしさ」

「ふぇ?」


 少女は首を傾げる。なんだかその様子に睦はがっくりと項垂れてしまった。


「いや、あの、俺はみっちゃんを……その、ま、ままま、まも……まも、まもぉ!」

「大怪盗三世が主人公の映画で出てくる敵の名前?」

「ちがっ……ああもう!」

「まぁ、そこな嬢ちゃんじゃそんなもんだ。鈍感っつーか、鈍いっつーか、ガキンチョの期待してる展開にゃぁならんだろ」


 聞き覚えのある声は、振り返る必要もなく分かる。リヒャだった。今までどこに隠れていたのか、気付けばふらりと起き上がった黒猫の真横に四本足で立っていた。


「危なかったな。もう少しでこいつらに殺されるところだったぞ、お前ら。ま、俺が来たからにゃ安心しな」

「なにさ! 私のこと放っておいて人間の娘にご執心するっての! もう許さないよ!」

「ちげぇって。落ち着けよ。俺ぁお前のことを一番愛してるんだぜ」


 そっとリヒャが黒猫の尻尾に自分の尻尾を絡める。黒猫がふにゃりと腰砕けに座り込んで「ふにゃん」と鳴いた。睦にはよく分からなかったがどうやらネコマタ流の愛情表現らしい。

 そしてリヒャは改めて睦を真正面に見据え、


「何も変わらないっつったがよ、そりゃお前の本心か?」

「え?」

「世界を救う方法は嬢ちゃんが死ぬ以外にもあらぁな。だがよ、それにゃお前らの決心が必要だ。いい加減認めちまえよ。お前らはまだまだ成長期だろうが。こんなとこで停滞なんてくっだらねぇ真似してんじゃねぇぞ、糞餓鬼どもが」


 リヒャが何を伝えたいのか、睦ははかりかねていたのだが。


「さて、ここで一番最初の質問だ。睦、てめぇは未茅のことをどう思っていやがる?」


 それこそがリヒャの最初の問いだったとでもいうのだろうか。未茅に対する自分の想いをしっかりと認識し、そしてどうあるべきか、どうしたいのか、その答えを出せ。それこそがリヒャの言う決心へと繋がる……?

 自分の胸に手を当て未茅の瞳を覗き込む。「なに?」と首を傾げてくる幼馴染み。変わらない面影、変わった顔。昔はポニーテールだったのに、今は下ろして真っ直ぐになった黒髪。たったそれだけでも変化はあったのに、直視していなかった自分。


「そうか……」


 なら、言うべきことは決まっていた。決心しろとはそういうことだ。そしてその決心で未茅を説得出来なかった時、二つの世界は確実に融合し、互いの種族が蹂躙される未来へと繋がる。

 睦は変わろうとしていない未茅の肩を掴む。決して逃がしてはならない。彼女にこれからの言葉を受け入れさす為に。


「さっき、俺は変わってなんかいないっていったよな。ごめん、あれは嘘だった」


 未茅の目が開く。


「みっちゃん、俺は変わったんだよ」

「え? 何を――」

「みっちゃんもさ、変わらないといけないんだよ。何時までも同じなんて、やっぱあり得ないんだ。俺もみっちゃんもとっくに変わってて、それに気付かない振りをするのはもう止めだ。認めよう」

「……いや、やだ、何言ってるの?」


 あの未茅が首を振って目に涙を溜める。変わらないと信じて睦のところへ来た彼女へ、信じていた者から変わったと宣言されることに恐怖を覚えているのだ。


「変わることは怖くないんだ。変わらなきゃ……みっちゃんと、俺は。俺達は。ちょっとだけ前に進んでるんだから」


 容赦なく過ぎていった三年間、二人は一度として会わなかったし電話も特にせず、唐突にまた出会ってしまった。二人にとって三年間とは何も変化せずにいられるほど短い時間だっただろうか。


(違う。だってみっちゃんの両親は亡くなってしまった)


 大きな変化は確実に訪れていたのだ。そこで停滞することは、やがて時間の流れに取り残されて腐ってしまいかねない。未茅は変わらないことに依存しようとしている。自由気ままに生きている彼女にとって刻々と変貌する世界から目を剃らしその場に停滞することは、現実からの逃げを意味していた。

 変わる世界を拒否するのなら、変わらない世界に行けばいい……もし少しでもそう思っているのなら、リヒャの能力と非常に相性のいいという未茅が停滞している猫の世界を無意識にでも望んでしまう理由も分かる。

 しかし人間の世界に生きる未茅が無理矢理猫の世界を望むのだから、確実に無理が生じる。その生じた何かは電柱で見るように世界の融合という現象を発生させているのだ。

 ならどうやってこの現象を防ぐ?

 原因の一端が睦にあり、未茅にもあるのなら、二人が変わることを受け入れればいい。それだけの話だった。


「みっちゃんが現実を受け入れれば、俺だって!」


 睦はぐっと言葉を溜めて、大きく息を吸い込んだ。


「俺だって! みっちゃんに告白できるんだから!」

「は?」

「お?」

「え?」


 睦を取り巻く三者が三様に声を上げる。


「……うおお……」


 勢いで言ってしまったことを途端に後悔するも後の祭りだ。彼女の両肩を掴んだ手が痙攣し、額から大量の汗が流れ出る。ぽたりと地面に一滴、そっと小さく色を染めた。


「あ、あっちゃん……」


 ちらりと一目すれば、未茅の顔が急激に赤く染まっているのが確認できた。


「だ、だから、その……」

「……えっと」


 言葉が続かない。

 だが、代わりとばかりに世界の景色が徐々に変化していく。並んでいた電柱が消え、世界の色は虹色へと変貌し、重力が失われていくような感覚に襲われる。

 世界を移動する。

 ――そしてやってきたのは、自分達が元々いた世界の、見知った公園の中央だった。



最終話となるエピローグは8/28の22時に掲載予定です!

今から掲載予約入れてきます……!

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