34.ぜぇぇったいに許さないんだから!
予約掲載ではありますが本日21時更新分です。
次は22時掲載になります。
物語もそろそろラストスパートに入ってるので一気に駆け抜けたいです!
「猫ちゃん? なんかこっち睨んでるね」
自分が正しく状況を理解しているかはさておき、睦は未茅の言葉は実に場違いな印象を受ける。
事実、その黒猫はゆっくりと口を開いた。
「逃がすと思う? ここまで私達の世界と、人間の世界が融合しかかっているというのに」
猫が喋ったことについてはもう驚かないが、それよりも。
「……融合?」
「ここにある、これ」
電柱を一瞥してから、こちらをまた睨んでくる。
「あんたらの世界のモンなんだけど、これ。座標軸っていうのかねぇ、それが微妙にずれてるから似たようなもんが集まってこんな墓場みたいになっちまってんのさ。――分かるかい?」
「……な、何がだ」
ごくりと唾を飲み込む。突然人間の世界のモノだと言われても、すぐには理解に及ばなかった。その上での問いなのかもしれないが、黒猫が続けたい言葉が何か、分からない。
「あんたらの所為で、随分と互いの世界が崩壊しかかっちまってるってことさ。世界には超えちゃならない境界線があるんだよ。超えられるとしたらあの馬鹿旦那を筆頭にしたネコマタのみ。仮にも人間が超えていいもんじゃないさね――はん、あの馬鹿旦那め。こうなる前に始末しちまえば良かったのに」
特定の単語に反応し、睦は思わず未茅を背後に庇う。
「騎士気取りかい。やめておきな。あんたらはここにおいてたった二人きりの、世界の敵さ。諦めたほうがいいってもんだよ」
「二人きりって……」
「そんなの、ここから戻ればいいだけでしょ。リヒャを探せば一件落着だよ」
そう簡単に事は運ばないんですよ、みっちゃん。
状況だけを見るなら睦は未茅ほど楽観視するのは無理だ。
「リヒャ? ああ、あの馬鹿旦那のことかい。姿を見せないと思いきやあんたらに協力してたなんてねぇ。――娘も随分と誑かしてくれたようだし」
黒猫がくぃっと顎を動かす。
「やっちまいな」
その黒猫の言葉を合図として、周囲にわっと猫が沸いて出てくる。ざっと見渡しただけでも二十匹は超えているだろうか。おそらくもっと隠れている猫もいるはずだ。
――それら全ての猫の尻尾が二つに分かれていた。
「人型に化けられる猫はあの小僧から精気を搾り取ってもいいよ。どうせ人間の世界に戻っても同じ事を繰り返しちまうんだからね」
背筋が凍る恐怖の正体は、つまるところそれだった。
前にもかよみがネコマタとしての本能を目覚めさせて、危うく『喰われて』しまうところだったのだが、その時は猫の天敵である大型犬ロッキーのおかげで万一を免れた。それにかよみ自身がまだ抵抗していた部分もあったのだろう。
しかし今は、そんなラッキーなど望む術もない。ここにロッキーは居ないし、かよみのように理性を働かせている猫もいない。睦を獲物としてしか見ていない連中ばかりだ。
「娘の方が危険度は低いね。あっちの小僧のほうが私達にとっちゃ脅威だよ。だから先にやっちまいな!」
――なんだって?
なんでまたそんなことを、と問い返す暇は無かった。
空一面を猫が埋め尽くしていれば、その言葉すら失ってしまうというものだった。
「どひゃぁぁぁぁあ!」
とにかく走るがどこを見ても逃げ場は無かった。というよりも、いつの間にか人間へと変貌を遂げた猫達が行く手を阻んでいる。
「あっちゃんをやるつもりなら」
ざんっ、と未茅が一歩踏み込む。右腕をぐるんぐるんを振り回し、数匹の人型をした猫を相手に怯んだ様子も無い。
むしろ未茅の驚異的な力を知っているのだろうか、猫達のほうが気圧されているようであった。本気になった未茅の攻撃を受けたらどうなるか、それを想像してしまったのだろう。
「ぜぇぇったいに許さないんだから!」
そして、さらに強い、踏み込み。
それだけで砂埃が舞い上がり、未茅を睦の姿を見事に隠していた。
「いやいやいや! どんだけ強烈な踏み込みなんだよ!」
ツッコむ心を忘れずに叫んでいると、急に手を握られる。睦は強い力で引っ張られて転げないように慌てて走り出した。
「逃がさないにゃぁ!」
猫も単に煙に巻かれるだけでなく、目敏く睦の頭を掴んで来る手があった。人間の姿をしたネコマタだ。
「――にぃすんのよぉ!」
その手の主の襟を掴んで盛大に投げ飛ばすなんていう離れ業をやってのけたのはもちろん未茅だ。
「なにやってんだよ! たかが人間二匹に逃げられてんじゃないよ!」
数メートルの高さを飛び、直前に人から猫へと戻った仲間を見て心底ビビっている部下達に黒猫が叱咤を飛ばすが、あまり効果は無かった。
「数で押し潰しちまいな! いくら単体が強かろうと、数の前じゃ塵にも等しいからね!」
「あっちゃん! 耳!」
数で押せば――という言葉を聞いて、未茅は無理矢理睦の背中を押し飛ばす。ふらつきながらも彼女が何をしようとしているのか、過去二回の出来事を知っていた睦のとった行為に一切の無駄は無かった。
耳の穴に指を突っ込んで目を閉じる。
世界が無音へと変貌したかと思いきや――空気すら止まった景色が轟音によって一変する。まるでマンガのワンシーンを再現したかのような綺麗に吹っ飛んでいく猫を見ていると、なんだか笑いたい気分になってきた。実際、睦の口から「は、はは……」と乾いた笑いが漏れる。
未茅の大声量は猫の世界でも十分通用したのだ。
「まだだよ!」
しかしそのマップ兵器を受けてもなお、黒猫が飛び出して襲いかかってくる!
「こんのぉ!」
未茅が素早く反応して掴まえようとするが、しかし黒猫のほうが数段俊敏らしかった。全く掴まえられる様子もなく、むしろ軽いステップで未茅をいなして睦へと駆け寄ってくる!
未茅が息を吸い込んで再び絶叫をぶちかまそうとするも、突然咳き込んでその場で留まってしまう。あれだけの声量なんてそうそう出せるものではなく、彼女の喉は一度だけで限界を迎えていた。
「くそっ!」
未茅ばっかり活躍させるのは男子として情けない、と睦は気合いを入れて襲い来る猫に飛び掛かるが、その睦を飛び越えた黒猫によってトンと後頭部に前足を突かれ前方へとたたらを踏んだ。
「ひゃぁっ!」
そんな前には未茅がいる。
思い切りぶつかってもみくちゃになりながら地面を転がっていく。
「ったく、こんな奴らに情けないね、ウチの連中は」
黒猫が鼻で笑う。
「念のため耳栓しといてよかったよ――って、あんたらこっちの話聞いてないね」
「ちょ、あっちゃん! どこ触ってんのー!」
「うおおおごめん! マジごめんマジでごめんなさい殺さないで!」
女の子の柔らかい二つの膨らみを鷲づかみにしてしまった睦は全力をもって未茅から離れるが、しかし顔を赤らめて胸元を両腕で隠す彼女を前に手遅れだと知ってしまう。
「殺さないけど殺すぅ!」
「矛盾ってレベルじゃねーぞ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人の間に黒猫が割ってはいる。
「ちちくりあうのは今だけだねぇ――喉元カッ切りゃ黙るだろうさ。逢瀬を重ねるのはあの世にしなよ」
「ああ、もうそういうのどうでも良いからみっちゃんから助けてくれませんかね!」
「……はい?」
一体この小僧は何を抜かしてるんだとその一言に全て集約されていたのだが、しかし睦は全く気付かない。それよりも鬼気迫る形相で黒猫に迫っていった。それだけ未茅が怖いのだ。
「馬鹿なこと言ってるんじゃないよ!」
鋭く爪を出した黒猫は睦の顔を引っ掻く。すかさずその箇所を手で押さえた。
「っ痛ぅ!」
その手をそっと見てみると、少し深く抉れたのかぞっとする量の血がインクをぶちまけたかのようにベットリと張り付いていた。
「ちょっ……」
黒猫と目が合う。殺意に彩られ鈍く光る双眼を前に、睦は今度こそ本当に動けなくなった。
人間よりずっと小さな生き物の筈なのに、どうしてか身体は負けを認めていた。頭はしきりに理解不能と叫ぶが、頭の奥底にある本能は違うのだ。精神と肉体と理性が見事に分離している。
――どれが自分か、解らなくなる。




