33.何もっ……変わって欲しくなかったから……!
というわけで22時ぴったり(予約掲載なのでピッタリかはわからないのですが)掲載分です!
さすがに本日はここまでですが、今から明日の22時掲載分をやろうと思います。多分それも22時、23時と一時間置いての連続掲載になるんじゃないかなーと。
よろしければ読んでいただけると幸いです!
「逃げるからだ。猫みたいに逃げやがるからいけないんだ。みっちゃんは猫じゃなくて人間なんだから――」
――あれ、本当にみっちゃんは猫っぽいな。
意識してみると、彼女はとても猫に似たところがあるのではないかなんてことに気付かされる。
そんなほんわかした気持ちも束の間、未茅は全力で駆け出して拳を振り上げていた。ただの女の子がしてくる拳なら避けることも出来るしそんなに凄い怪我を負うこともないだろうが、未茅だけは別だった。
顔からどっと汗が噴き出して背筋が凍り付く。あれを一撃でも貰えば最高の極楽浄土へ真っ逆さまだぜ! と遠くから眺める自分が陽気に叫んでる。今までも何度か重い一撃を受け止めてきては死にかけているが、そのどれもが未茅が本気で誰かを攻撃しようとしたものではないことを考えると、あの握りしめた拳をまともに喰らえば本当に天国へと召されてしまうのではないか?
(やべ、怒らせすぎた、か……?)
人間と猫の世界がどうにかなる前に自分の身体がどうにかなってしまう。
この場にいたら死ぬ。というわけで睦は背中を向けて全力で走り出した。それこそ一目散に、脇目もふらず。
「逃げるなー! 人に逃げるなっていったんだからー!」
「殺意バリバリじゃないか! そりゃ逃げるわ!」
電柱の森をジグザグに抜けて街中へと出る。途中でリヒャに出会ったらまた未茅はすっ飛んでしまうのだろうかという懸念もあるが、構っている余裕はどこにもない。
「逃げたらもっと酷いよ! もっとすっごいことになるよ!」
「捕まって殺されるより酷いことなんかあるかー!」
こうしている間にも距離はどんどんと迫ってきている。
運動は苦手ではないのだが、ここまで決定的な差を見せつけられると自分に自信を無くしてしまう。どうしてあの少女はああも体力が有り余っているのだろうか。
「あるよ!」
返答するのも辛い中、杉野未茅の声は一切衰えることなく猫の世界に響き渡る。
「ずっとずっとあっちゃんと一緒にいてやるもん!」
思わず足が止まってしまい、しかし勢いまでは殺せずに地面をゴロゴロと転がる。
「い、いてて……」
腕を軽く擦り剥いたかもしれない。
起き上がったところで、ドン、と背中に衝撃が来た。
その衝撃は思ったより小さく、柔らかく、暖かかった。
「分かってない……!」
「……うぇ、その、み、みっちゃ……」
「あっちゃんは馬鹿だから、なーんもわかってないもん!」
「……なんでここでめっちゃ馬鹿にされてんだ、俺」
未茅が何をしたいのか分からず、さらには女の子特有の柔らかさを感じて睦は金縛りに遭ってしまう。そうこうしている内に未茅の両腕が睦の身体に巻き付いてきた。――拳で撲殺される前に心臓が飛び出して死んでしまう気がする。
「私があっちゃんにして欲しいことは慰めなんかじゃないもん! とゆーかあっちゃんに何かして欲しいわけじゃないんだもん!」
「……う、うん」
話がどうも妙な方向へと突っ走っている気がして、睦は辛うじてそう曖昧に返事をした。
「何もっ……変わって欲しくなかったから……!」
――それが彼女が発した、真の声だった。
「何もかも……急に変わっちゃって……怖くて、不安で、それでも私は一生懸命に頑張ったつもりだったのにっ……お、お母さんや、お父さんがっ……消えて……!」
「……みっちゃん、俺は」
「……変わり果てた姿になっちゃってっ……怖くて、悲しくて……そんなときに浮かんできたのはあっちゃんだったんだよ……そうしたら、目の前にあっちゃんが居てッ……!」
――あの時偶々リヒャが通りかかり、その尻尾を未茅が掴んだ。驚いたリヒャは逃げようとするが、ちょっと本気を出した未茅から逃れられる術も無く捕まり、そして何かをくぐって引っ越す前の、睦達のいる町へと戻ってきたのだ。
「あっちゃんは……変わってなかった……」
成長はしたつもりだが、と言おうとしたが止めておいた。今は黙って未茅の話を聞こうと決める。
「……ちょっぴりかっこよくなったかもしれないけど」
「えっ」
しかし黙っていようと決めたのも束の間だった。
「えへへ、嘘だよ。あっちゃんは大きくなっただけだよね」
「あれ? また馬鹿にされてる……?」
未茅は首を横に振る。
「違うよ。変わらない人と場所を見たかった。もしあっちゃんまで全然違う人になってたら、多分話しかけることも出来なかったよ……」
「……みっちゃん」
背中越しに聞こえてくるのは幼馴染みがはじめて明かす弱々しい声だった。振り返って抱き締めたくなるが、その衝動は彼女が決して見せたくないであろう姿を見てしまうことになるため、必死に抑え込んでいた。
「お、俺は!」
声が裏返った。
恥ずかしくて顔が紅くなるが、幸いにも未茅には見られていない。彼女が背中から抱き着く形になっていることによる唯一の救いだった。
「俺は! みっちゃんこそ成長してないって思ってた!」
言い切った瞬間、背中に未茅の頭突きを喰らう。
「いてぇ! ちょ、待った、話は最後まで聞けって! で、みっちゃんは相変わらず俺の知ってるみっちゃんだったし、俺を振り回すところだって何も変わって無かった。――そう思っていたんだ」
「思ってた?」
「ああ。けど、実際は違うんだなって。色々考えてんだなって。なんか、なんもしてなかったのは俺だけだったんだよ」
「あっちゃんは色々してくれたじゃない。服とか買ってきてくれたり、一所懸命考えて動いてくれたし」
「空回りみたいなもんだったし……。とにかくみっちゃん」
背中に寄り掛かる体重を感じ取りながら、睦は言葉を続ける。
「俺は、みっちゃんが知る俺は根っこの部分はきっと変わらないからさ。だからいつまでも落ち込んでるなよ」
「落ち込んでないもん」
「落ち込んでるじゃん。普段のみっちゃんなら笑い飛ばしてるって」
「そんなことないもん……」
そこで弱々しくなる時点で、睦の知る未茅が落ち込んでいる証拠に他ならない。睦に言いたくなかった部分を一通りさらけだしてしまったこともまた、未茅が精神的に落ち込んでいる理由の一つなのだろう。
何も言わないでこのまま物事が都合良く進むなんて、いくら未茅でも考えていなかった筈だ。彼女がやっていたことは結局のところ問題の引き延ばしであり、こうして睦が知ってしまった以上、もう目を逸らす事なんて出来ない。
「俺にも墓参りさせてくれよ。俺も、おじさんとおばさんに挨拶したいんだ」
「……でも」
「あーもう!」
勢い余って振り返り、未茅の方をがっしりと掴む。
「みっちゃんらしくない! ここは一つ返事でいいだろ。『でも』とか『しかし』とか要らないから!」
「はうっ? ……う、うん」
目を大きく見開いて、眼前の睦に頷く未茅。
「よし!」
返事は聞けた。ならもう大丈夫だ。
「リヒャ! そういうわけだからもう一度俺達を飛ばしてくれ!」
近くに居ると言ったのはリヒャなので、大声でそう言えばのっそりと出てくるだろうと想像していたのだが。
出てきたのは、別の猫だった。
黒くほっそりとした猫で、射貫くような鋭い眼光を灯している。種類こそ不明だったが今まで見た猫の中でも貫禄というか、不気味な雰囲気がその猫の足下から漂ってきた。見れば、その背後の尾は、二本に見えないか?
――他の猫には決して見つかるなよ。
リヒャが言い残した言葉を思い出し、背筋が寒くなる。たかが猫一匹に脅える必要などないのだが、この世界の猫は自分達がいる世界の猫とは、違う。




