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31.……そっちの彼氏さん、大丈夫ですか?

次は本日21時更新です!

「嘘だろ……おい!」


 折角追い着いたのにこんなところで逃げられた!


「いや、何やってんだよお前らは……」


 呆れた声に振り返れば、口に何かを咥えた猫が部屋に入り込んできていた。


「リヒャ……そのソーセージ、腐ってないか?」

「莫迦野郎、食えるモンを粗末にする奴たぁ飲み仲間にはなれねーな」

「いやなんないけど」

「とにかく嬢ちゃんを追うぞ。いい加減これ以上拗ねられても鬱陶しいし、俺も付き合ってらんねぇからよ」

「……そうか、お前」


 そこで睦はそのことに気付く。


「みっちゃんが心配でずっと一緒にいたのか」

「……アホか、俺がそんな殊勝なことするタマかよ。寝言は寝ていえ」


 いつも通りの口調だが、誤魔化しなんだろうなぁと思えばどことなく嬉しくなる。


「ニヤニヤしやがって。気持ち悪い奴め」

「悪い悪い。でもみっちゃんを追い掛けるのは至難の業だと思……あ、そっか、リヒャがいるか」

「たりめぇだ。あの嬢ちゃんがどんだけ人間離れした足をしてようが、この俺が居る限り意味なんざねぇな」

「よっしゃ!」


 扉をにゅっとくぐれば、彼女の所へ行ける。

 リヒャには人間の願うところへ連れて行ける、そういう能力がある。だから睦さえ強く願うだけで、それは叶う。

 扉を潜りさえすれば。

 ――目の前に全力で疾走する少女がいたとしてもなんらおかしくはないのだ。


「へ? え、うぇぇええ!」

「ひゃ? あひゃああぁ!」


 未茅の運動神経がいくら良かろうと突如として目の前に現れた人間を避けられる術はなく、走ってきた勢いそのままに睦へと突撃をする。

 悲鳴すら上げる余裕もなく、とにかく未茅を抱き締めたまま地面を何度も転がっていく。ようやく止まった時には全身から嫌な痛みを感じて動く気にすらなれなかった。


「……離してよ、あっちゃん」

(いや、離したいんですけどもね。痛くてね)

「なんで……追い掛けてきたの。しかもこうして離れないし」

(痛いんです! 痛くて離れられないんです!)


 声すら上手く出せない状態だった。喋ろうとしてもくぐもった音にしかならない。


「……さすがに恥ずかしいよ、あっちゃん」

(俺だって恥ずかしいよ!)

「あれ……もしかして、未茅?」

「……!」


 未茅の目が見開かれたと思いきや、両手が思い切り睦の腹部へとめり込み、


「ゴぶぅっ!」


 その勢いで彼女は起き上がる。


「……そっちの彼氏さん、大丈夫ですか?」

「あ、あはははは、絢奈ちゃん……お久しぶり」


 ――絢奈?

 聞き覚えのある名前だった。強烈に痛む(特に一部)身体へさらに鞭打って起き上がると、以前この町へ来たときに出会った女子が困惑顔で睦と未茅を見比べている。


「彼氏と一緒に戻ってきたのね。待ってたよ、未茅」

「……戻ってきたつもりなんて、無いんだけど」

「ここにいるってことは、全部を彼氏さんに話したんでしょ。遠距離恋愛だから事情を話しづらいのは知ってるつもりだったけど」

「え、ちょ、絢奈ちゃ――」

「未茅、ご両親が亡くなって辛いのは分かるけど……失踪は良くないわよ。みんな心配してたんだから。私だって」


 ――なんだって?

 今、水樹絢奈が何を口走ったのか、睦は理解出来なかった。


「絢奈……やめ、まだ、話して……ないんだから」

「えっ……あ、ごめん……余計なこと、私……」


 絢奈が睦を見て、明らかに失言だったと顔を顰める。

 以前絢奈が語っていた、未茅の口から説明があるまで自分は何も言えないといっていたのは、つまりこういうことだったのだ。

 未茅の家族は亡くなった。原因こそ不明だが、もう彼女の両親はこの世に居ない。


「そんな話……聞いて無かったんだが……」


 連絡すら無かった。

 つまり、彼女は両親が亡くなったことを誰にも連絡していないことにならないか。両親の死を前に連絡すら覚束なくなるぐらいショックを受けたのだろう。普段天真爛漫な少女が何を感じたのか、幼馴染みの睦ですら想像を絶した。


「うあ、あ、あ、あ……」


 それを思い出したのか。

 未茅の顔がみるみると崩れていった。

 ――そうか、これが……彼女のトラウマなのか……。

 家族を失ったこと、彼女の心を不安定にする何かだったのだ。家族が失踪したからではなく、家族が失われたからこそどうしようもなく心が揺さぶられ、しまいにはリヒャの言う猫の世界にまで干渉をするようになったのだろう。


「ごめんなさい、未茅。私とんでもないことを」


 必死になって謝っている友人を押し退けて。


「うあああぁぁぁぁぁああんっっ!」


 大きく泣き出したかと思えば。


「おい、マジかよ!」


 リヒャが怒鳴り声を上げる。絢奈が「え?」とメタボの猫に振り返るが、それよりも睦は未茅から目が離せなかった。


 ――淡く輝いている。


 未茅の全身が薄い光の衣を纏っているように輝いていた。何かとてつもない異変が彼女に起きているのではないかという予感が全身に走り抜け、逃がさないように少女の手を掴もうとしたのだが。

 シュン、とその姿が消える。


「えっ――」


 慌ててリヒャに振り返ると、その猫はまだそこにいつつ、首を左右に振っていた。まるで自分は何もしていないとでも言いたげである。


「あれ、未茅……? どこに行ったの?」


 絢奈が辺りをキョロキョロと見回しているが、それに構っている暇は無さそうだった。嫌な予感だけが急速に胸の中を広がっていく。先刻、未茅がリヒャと一緒に消えていった時の比ではない。放っておけばとんでもないことになる気がするのだ。


「ごめん水樹さん、さよなら!」


 リヒャを抱え上げてとにかく走る。


「あ、ちょっと!」


 絢奈が何かを言いたげにするが、構っていられない。どういう理由からか消えた彼女を追い掛ける為にはリヒャの力がどうしても必要だからだ。何故消えたのか、どうして消えたのか、そんなことを考えるのですら後回しだ。

 未茅の処へ――

 それだけを強く願いながら睦は走り、途中にあったコンビニの自動ドアを『くぐって』いった。


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