30.嬢ちゃんの家はロクなもんねーじゃねーか
本日二度目の投稿です!
本日はあともう数回投稿する予定です!(予約掲載するので次は20時ぐらいかなと思います)
電車の中はとても静かで、まるで自分以外誰もいないような錯覚に陥っていた。
特急に乗ってからかれこれ一時間ばかり揺られ、そこから乗り換えて各駅停車の電車で四十分ぐらい進んだところに未茅が引っ越した町があった。
かよみを置いてきたのは失敗だっただろうか、と余りにも暇な時間が長すぎたので軽く後悔していた。しかしまさかこんな遠いところまで彼女を付き合わせる訳にもいかない。彼女は人間の世界に人間の家族がいるらしく、普段は本当の親であるリヒャ達とは暮らしていないという。考えれば考えるほど謎の家族構成だったので、かよみについて睦はまさに考えることを止めたのだった。
やがて電車は彼女が引っ越した先だという町に着く。
時間はとっくに夕暮れとなっていた。間もなく夜が訪れるだろう。この町に通っている電車はローカル線で、あまり遅くなるとすぐに電車が終わってしまう。急いで心当たりのある場所まで向かうのが吉だ。
人目も憚らずとにかく走った。刺すような西日は睦の身体へ容赦なく熱を溜め込んでいき、顔中から汗が滝のように溢れ出す。それでも構わず墓地へと向かう。
――少し迷ったが墓地へは割とすんなり到着した。
未茅が立ち止まり、座り、何かをしていた場所もなんとなくだが覚えている。かなり広い墓地とはいえ目的地さえはっきりしていれば大丈夫だろうと思い、実際、そこへもすぐに到着した。
「みっちゃん……」
睦は周囲を見回す。
「……いない」
当てが外れた。
もし未茅がここ以外にいるとするなら、一体どこに行ったというのだろうか。
「くそ、あまりのんびりしてられないってのに」
最悪駅前のホテルを使おうかと悩んだが、基本的に今持っている資金は及川から借りたものだ。あまり無駄遣いするのは心苦しい。
墓を見ると、そこには花が添えられていた。
この夏の陽射しの下、あまり長時間置くとすぐに萎れてしまうというのに、その花は鮮度を保っている。つまりついさっき添えられたものなのだろう。
ほんのさっきまで未茅がここにいた?
「……だとすれば」
もう一つだけ行く場所がある。
――未茅が住んでいた家だった。
住所は覚えているし、地図はコンビニで買えばいい。携帯電話の地図を見ても行けるはずだ。それでも迷うようなら途中の人に場所を訊いても構わなかった。
いよいよ太陽はその顔を隠しだした。急いで家へと向かおう。睦は携帯電話を開き、地図アプリを起動した。
未茅の家へ着いた頃にはすっかり暗くなっていた。
目の前にあるのは窓から一切の電気が漏れていない、完全に無人の家。玄関に置かれた朝顔は水を与える人がいなく、とうに枯れていた。
ここに来れば会えるに違いないと信じて走ってきたのに、どう見ても未茅は居ない。
「……いや」
しかし、一つ違う変化に気付く。
「……玄関、開いてる?」
誰もいない家の戸が開いているなんてこと、あるか?
そう考えて、睦は思わず周囲を見回してしまった。どこからどう見ても不審者そのものだが、まさにこれから不法侵入をするかどうか決断するところなのだ。
「……中に、いるのか……?」
もう一度だけ人が居ないかを確認し、そっと扉を開ける。
これで住所を間違えていたらどうなるんだろうと嫌な想像をしつつ、家の中を進んでいった。
――やがて、奥の方から物音が聞こえてくる。
びくっとして足を止め、耳を澄ませた。
「……お……い……」
誰かがいる。ゆっくりと進んでいき、未茅であることを祈る。だが未茅に出会ったら何を話す。何を語る。彼女が望んでいた物を、自分は見出したのか。あの時未茅が言いかけたことをきちんと理解しているのか。
そこを知らなければ会っても意味が無いのではないか。
様々な疑問が沸いては睦を悩ませるが、それでもここまで来たのだ。歩みを止めて未茅を待たせる訳にはいかない。どうやら音の場所は台所の方らしく、そこへと向かえば――
「ち、嬢ちゃんの家はロクなもんねーじゃねーか。まったく、猫缶の一つぐらい置いておけっつーんだよ」
「って、リヒャかよ! ふざけんなコラ!」
「うおおおおお!」
デブ猫が床を何度も転がって壁にぶつかり、逆さまになりながら睦を睨んできた。
「ンだよ糞餓鬼。ここまで来やがったのか。つーかどうやって猫の世界を抜けてきやがったんだ?」
「かよみのおかげだよ。つかお前、すぐに戻るんじゃなかったのか?」
「かよみか……。いやよぉ、折角外に出たんだからほとぼりが冷めるまで、いっそこっちに居ようかと思ってよ」
「……問題を先延ばしにするとロクなことになんないんじゃ」
「ほっとけ」
「でもリヒャがここにいるってことは、みっちゃんもココに居るってことだよな。みっちゃんは今どこに?」
「……二階だ」
ぶっきらぼうにそう言ってのける。
さらに何か食料は無いかと家のなかを彷徨き始めたリヒャはさておき、睦は二階への階段を昇っていく。まさかこんな形で未茅の引っ越した家へお邪魔になるとは思いもしなかったし、きちんとした形で誘われたかった気持ちもある。
暗い階段を登り切ると、ガランとした廊下が続く。その左右に扉が計三つほどあり、その内の一つが僅かに開いていた。玄関もそうだが、扉をきちんと閉める癖が無いのだろうか。
そっと扉を開ける。
中には窓の外を見上げている一人の少女がいた。月明かりに頬を照らし、緩やかに流れる夏の風が前髪を撫でる。青白い肌をした彼女は、この瞬間だけ別世界への住人に見えた。
(そんなわけ、あるか――)
一歩だけ、前に進む。ギシリ、と強い音が鳴って、未茅は睦へと振り返った。
「あっ……!」
互いにそれだけ声を発したかと思えば。
未茅は窓を思いっきり開いていきなり飛び降りた!
「えええッ!」
何の躊躇もなく飛び降りた彼女を追うように窓へへばり付くと、庭へ華麗に着地していた未茅は一度だけ睦を見上げて、それから夜の町へと駆け出して行く。




