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29.知っても何もできないくせに

「え、なんで?」

「……行けば分かるもん。二人が失踪した後、私はちゃんと二人を見つけたんだから」


 何を言っているのか分からないが、睦は「……じゃあ頼む」と一言告げる。


「俺手伝わないぞ。お前等がどこに行こうが勝手にしやがれ」

「ああ、構わない。だって家に戻っても猫が襲ってくるんだろ。だったら戻っても仕方ないじゃないか」

「嬢ちゃんは俺が守るってか? いつの間に騎士気取りになってんだかねぇ」


 リヒャは椅子から飛び降りる。


「ま、それでも俺と一緒にくぐらにゃならん。お前等が行った先がどこだろうが、俺ァすぐにここへ戻るからな」

「いいって、気にするなよ。送って貰えるだけでも助かるんだからさ」

「……お前ェよ、急に人が変わりやがったな」


 何故か近寄ろうとしなくなったリヒャはさておき、睦は隣で俯く少女の手を取る。


「みっちゃん、行こう。俺は全部知りたいから」

「知っても何もできないくせに。あっちゃんはいつもそう」

「知らないよりかはマシじゃんか」

「知って欲しくないこともあるんだよ!」

「じゃあ俺はどうやってみっちゃんを助ければいいんだよ!」

「勝手に助けようとしないでよ!」

「ふざけんなよ! だったらなんでここへ戻ってきたんだよ!」

「――あっちゃんに、あっちゃんに会いに、だよ!」


 ぐっ、と言葉が詰まる。彼女にここまで言わせて良かったのかという疑問が沸いてくるが、ここまできて引き下がれるような性格はしていなかった。


「だから! 俺に助けて欲しかったんだろ!」

「違うよ! そんなんじゃないよ! 私はあっちゃんに助けて欲しかったんじゃないもん! あっちゃんの顔が見たくなっただけなんだよ! わからないの? 本当にわからないの?」

「何も喋ってくれないのに、わかれってほうが無理に決まってんだろ……!」

「……もういいッ!」


 未茅は突然リヒャを抱き締めたかと思えば、扉をくぐっていった。


「なっ、みっちゃん待って!」


 手を伸ばして掴もうとするが、しかし手遅れ。

 扉をくぐっていった一人と一匹は幕が引くようにその姿を消した。


「ちょ、待てよ……こんなところで――」


 ――一人残されても、困る。

 伸ばした手は空を切り、このどことも知れない場所で睦は一人残される。戻る方法も知らず、どこをどう歩けばいいかもわからない町は窓の外に広がっていた。


「え、マジで……?」


 途方に暮れるしかなく、かといって何もせずに居るのも何故か気が引ける。やれることといえばリヒャが戻ってくるまでここにいることだが、その間どの猫にも見つからずに居られるだろうか。


「居られるわけ無いのよ!」

「うわぁ!」


 本気で驚いて前につんのめる。いつもの制服を着たネコミミ女子中学生が仁王立ちでそこにいた。妙に偉そうな態度の理由は不明だが。


「か、かよみか! いきなりおどかすな!」

「それは謝るのよ。それよりもやってみると出来るもんだって自分の才能に恐怖すら覚えて全身の毛が逆立つ思いなのよ」

 ズボンの埃を払いのけながら睦は半眼になって訊ねる。

「……一応訊くけど、何が?」


 するとかよみはフフンと鼻を鳴らし、


「ワープ。パパ様と同じ能力なのよ」

「え、マジか?」

「その代わり場所指定とか誰かの思いを反映とか、そういう精度はないから微妙。ここへ来るまでちょっと試したけど、うん、微妙」

「……意味無さそうだな、それ」


 シュンと耳を項垂れさせて、かよみは「うん、役に立たないのよ……」と落ち込んでしまう。


「ま、まぁ、アレだろ。ここから抜け出せるってことだろ? ここで他の猫に見つかったら何かヤバそうだしさ」

「ランダムに飛ぶから北海道から沖縄まで何でもござれなのよ? あ、試してみたところ日本の中だけみたいだから、突然海の上とか空の上とか見知らぬ外国でランデブーとかはないのよ」

「……あ、うん、有り難いと言っていいのかそれは……」

「けど人間が歩いて帰ることは出来ないし、逆もまた然り。結局私の能力フル活用しかありえないのよ」


 とりあえずかよみの手を取って扉へと向かう。


「物は試しだ、やってみよう!」

「ちょ、引っ張ると痛いのよっていうか恥ずかしいのよ!」

「え、なんで? 恥ずかしい?」

「――鈍い男は嫌いだし」


 訳が分からんと呟きながら、とにかくドアを潜る。

 すると突然訪れる浮遊感と景色の歪み、胸の奥から込み上げてくる嘔吐感を数秒間だけ我慢していると、やがて――


「……こう、えん?」


 目の前にとても見覚えのある土管があった。

 そこそこ広い、学校の登下校時に通り抜けていく公園の景色が眼前に広がっている。


「おいかよみ、一発で戻って来られたんじゃないか……?」

「そ、そうなのよ。驚きなのよ。これはそのあの、アレなのよ。私と、あ、あつしの……あ、あいの想いが――」

「東條くーん」

「うがー!」


 両手を上げて突然爆発したかよみから数歩引いて様子を看ていると、視界の端にもう一人の少女が入り込んできた。及川が右手を振ってこっちに来る。


「はぁ、はぁ……東條君、こんなところにいたんだ」

「走ってきたのか? てか何してんだよ、お前」

「家を訪ねても……東條君いなくて……だから探してたの」

「そ、そうか……え、でもなんで?」


 彼女が自分を探す理由など一つぐらいしか心当たりがなく、恐らくはそうだろうというぼんやりした確信があった。


「困っていたから……」


 しかし、彼女の口から出てきたのは予想外の一言だった。


「なんだか、東條くんとその周りの人達、とても困っていたみたいだったから。どうしても気になって探したの。……その、迷惑だったなら、帰るけど……」

「い、いや、迷惑だなんてことはないが」

「迷惑なのー!」

「お前は黙れ」


 かよみの口を押さえて黙らせる。


「えっと、まるで仲の良い兄妹みたいだね」

「そうそう兄妹。そう思ってくれるととても助かる」

「そ、そう……それで、何か手伝えること、ある? 私で良ければ協力するよ。大概のことなら力になれると思う」

「大概……って?」

「例えば……日本一周ぐらいのお金ならすぐにでも」

「……は?」

「も、もちろんタダじゃないよ。えっと……やっぱり教えて欲しいから、その……」

「……」


 とんでもない申し出だった。

 だが、と睦は気持ちを落ち着かせて考える。相手が出してきたこの交換条件、乗っても良いのではないかと。未茅が飛んでいった先は恐らく以前飛んだ墓のところではないだろうか。無意識にでも飛んでしまったという場所なら、当然それだけの強い想いがあるに違いない。なら、そこへ行くべきだ。

 更に付け加えるならあの場所は引っ越した先にあるのだろう。それは未茅の一時的に着る服を買いに行った時、出会った彼女の友人から確信が持てる。引っ越し先も家に戻って彼女の両親から届いた年賀状を見つければ特に問題はない。

 その中で一番問題があるとするなら。

 ――仮に場所が分かったとしても、そこまでの交通資金が睦にはないことだ。もしかしたらこつこつ貯めている心許ない所持金で行けなくもないのだろうが、中途半端な距離だった場合、未茅は意地でもこちらの学校に通っていたことだろう。彼女はそういう性格をしている。

 つまり、体力が底知れぬ常識外れの未茅ですら諦めなければならない距離がある場所だ。

 正直年賀状の住所は今まで見ないようにしていた。余りにも離れた場所に彼女がいると思ったら、それだけで二度と会えなくなる気がしていたからだ。しかし今はそんなことを言っている場合ではない。

 未茅を探す。

 そして彼女のトラウマをどうにかする。

 その目的の為には手段を選んでなどいられない。


「すまない及川。全てを話す。……本当にすまないんだが」


 睦は頭を下げる。


「え、え?」


 突然の事に、及川が動揺を隠せずにいる。自分の我が儘のためにクラスメイトから金を借りるなんて、睦にとって気分の良いことではないために、こうして頭を下げる。


「金を――貸してくれ!」



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