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22.それはちょっと、卑怯だよ

 買い物を済ませた頃には空は紅く染まり、これから夜へと向かって着々と準備を進めているところだった。

 時間があったら遊ぼうと言っていた未茅も居候の手前、トミ子の言葉には逆らえない。渋々といった様子を隠しもせず「帰ろうか」と提案してくるので、睦はそれに同意した。


「今日は疲れたなぁ」


 本日の感想を述べよという課題が出たなら、そこに全て集約される。朝から色々とありすぎて限界に近い。未茅の買い物に付き合ったことも普段から考えればまずあり得ないことだろう。午前中にあれだけあったのだから、午後は出掛けず家でゴロゴロしているつもりだったのに。


「私も疲れたよ」


 未茅からすれば目が覚めたら別の場所に――知っている場所に飛ばされていてパニック状態になっていたことだろう。さして間を置かずに追い掛けていったと思うのだが、それでも未茅にとって睦が来るまでの間は長かった筈だ。

 見知らぬ土地じゃなかったことが唯一の救いか。

 ――ただ、墓の前だったので、彼女は黙祷を捧げていた。


(やっぱり、知りたい)


 そう思うようになってきた自分の心を、睦は我慢するように強く言い聞かす。いくら幼馴染みで相手のことをよく理解していようとも身勝手に踏み込んではならない領域がある。その領域は相手が招いてくれない限り、永遠に不可侵領域となっているのだ。そこを乗り越えたいならば、恐らく今の関係を破壊するつもりで挑まねばならない。

 その勇気を睦は持ち合わせていない。

 そして心のどこかで必要ないとすら思っている。


「あっちゃんは、やっぱりあっちゃんだね」

「へ?」


 不意にそんなことを言われて、睦はぽかんと口を開く。


「なーんにも言わないで黙って近くに居てくれるっていうのが、昔から変わらないなーって。パシリ根性? 下僕根性? なんかそんな感じ」

「いやいや待った。俺だって物言わぬ便利屋さんじゃないんだから、言うときは言わせてもらうって」

「うっそだー」


 と、未茅はケラケラ笑う。


「ま、確かに今はあんまり物言ってないけどさ」

「それはそれで、結構どうかなって思うよ」

「みっちゃん的には便利だろ?」

「私専用の便利屋さんなのだ、ってね」

「……そう思われるのも複雑な気分だよ」


 振り返ってみればそういうシーンはいくつかあるが、しかしだからといって何でもするわけではない、しちゃいけない、と睦は自分に言い聞かせる。


「あっちゃん、私に色々訊きたいことあるんじゃない?」


 未茅から、そう話してくる。

 睦はその言葉を胸の奥へと慎重に染み込ませ、彼女の真意を測ろうとする。もしかしたら全てを聞いて欲しいと願っているからこそそういう風に問いを投げてきたのかもしれないし、あるいは未茅なりの探りかもしれなかった。

 しかし、未茅が昔のままの未茅ならば睦に分からないことのほうが断然少ない。昔から彼女は何でも話したし、聞かせたし、命令してきた。そこに嘘偽りは存在せず、ありのままの少女を睦は見てきたのだ。だからこそ彼女のことを一番理解しているという慢心にも似た自信がある。

 何を言うべきか、すぐさまに決まった。

 ――そしてそれは、睦にあることを決意させるに至る。


「俺は、みっちゃんが話してくれるまで、話は聞かないことにしているんだ」


 だからそう返答した。

 そこには幼馴染みに対する思いと信頼、そして彼女の心を少なからず察した睦自身の結論が含まれている。


「それはちょっと、卑怯だよ」

「そうかな」

「私だってそんなに強くないもんね。あっちゃんが知らない私だっているんだよ」

「その、知らない部分を知って欲しいってこと?」

「どーだろね」


 そうに違いなかった。

 未茅が引っ越すまでの彼女を知っている睦といえど、いなくなってからの三年間が想像できるわけではない。

 その三年もの間にあった出来事。

 ――もしかしたら杉野未茅がここへ飛んできたのも、それに関係しているのだろうか。


「じゃあ、知ってくることにする」

「知ってくる? どうやって?」

「みっちゃんに内緒で」

「あー、ずっるーい! 私だってついてくもんね!」

「お断りします。俺一人で調べるもんね」

「むぅ!」


 ぶっすぅ~と頬をふくらませて、手に持っているビニールを振り上げる。


「ちょ、ま!」


 中で丁寧に折りたたんである服のことなんて一切考えず、未茅は思いっきりビニール袋を振り回してきた。幸い文房具系は睦が持っているのでシャープペンシルやその他の固い道具による大ダメージを防ぐことは出来たが、未茅の持っているビニールは面積が広い。顔面へ直撃して首が仰け反り、それでも物が柔らかいおかげで後ろへ転けることもなく何とか足で踏ん張る。


「連れてかないと、もっと酷いよ?」

「い、今のでも手加減してたっつーのか……?」


 物を使っただけまだ慈悲の心があるといいたいのだろう。本気だった場合、今頃投げ飛ばされて夕焼け空を真正面から眺めていることになっていたはずだ。


「とにかく落ち着けってさ。俺だって何をどう調べるかなんて考えてないんだし、みっちゃんが話してくれれば全部解決なんだけど!」

「む~」


 しかし未茅は不機嫌を治そうとしない。


「と、とにかく帰ろう。な?」


 こういう不機嫌な時の未茅は竜と同じで、何が逆鱗に触れるか分かったものではない。とにかく落ち着けと宥めつつ未茅に近付いて、手に持っている荷物をひったくるようにして奪う。


「ん?」

「ほら、俺が持つから」

「別にいいよ、こんぐらいで!」

「こういうのは男の仕事なの」

「変なところで男ぶっちゃってるけど、普段は怒られたり情けなかったりするから総合点はプラスにならないよ」

「うぐぅっ」


 言葉の刺がとてつもなく痛かった。

 それでも夕焼けを眺めながら、睦達はトミ子の待つ古い家へと帰っていく。


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