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19.どっか遊びに行こ

 朝を抜かした未茅の昼食大食いに呆れつつ、さらにはトミ子の「あの侵入者は睦の友達かいッ?」という問いを否定しながら、楽しい昼食は終了する。

 なんとなく居間で寝っ転がっていると隣で未茅がごろんと横になってきた。まだジャージのままだったが、それについてトミ子は「睦、もうちょっとマシなのを買ってやりな」とツッコミが入る。どうして知っているんだと質問すれば「センスがない」なんて言われ、気持ちがへこんだ。そんな幼馴染みの髪の毛が畳にぺったりとくっついているところを見るとおそらくは自分もそうなのだろうと予想がつき、変な寝癖が付くのではないかと気になってしまう。

 真横から互いに視線を合わせ、先に口を開いたのは未茅だった。


「どっか遊びに行こ」

「……どこへ?」

「色んなところ。山でも川でも、カラオケでも冒険でも」

「最後の二つは節奏が無いなぁ。でもまぁ暇だし」

「そう、暇だからこそ出掛けるの」


 言いながら未茅は笑う。

 確かに暇だから、ここで出掛けるのもいいだろう。


「だけどみっちゃん、着替えどうするの? あるの?」

「うん、乾いてるって。トミ子さんに聞いてみたよ。着替えてくるからさ、ちょっと待ってて」

「あ、うん」


 未茅はトミ子のところへ行って着替えを回収し、そして二階へ駆け上がっていく音が聞こえる。


(どこかへ遊びに行くのはごく普通の感覚だよなぁ)


 リヒャが言う未茅の普通とは違う部分は、結局のところリヒャと一緒に何かをくぐらなければいいだけの些細な問題だ。そもそもリヒャみたいな猫なんてそうそういる筈もないので、言うなればリヒャにさえ気をつけていれば問題にもならない。

 たったそれだけの事で化け物扱いするのはどうなのか。その程度で未茅を人間と違う扱いをするのは理不尽にも程があるだろうと、睦はあの時の言葉を思い出し一人で苛立ってくる。リヒャからすれば恐ろしいかもしれないが、それも考え方一つによって変わってくる。むしろ何も罪はない。


「まったく……」


 腹筋だけで上半身を起こしてから、庭に目をやる。どこか見覚えのある猫は祖母が手懐けている野良猫の一匹だろう。手を差し出して「ちっちっち」と呼んでみるが、猫は素知らぬ風を装ってぷいを顔を背け出入り口のほうへと走って行ってしまう。


「なんだかなぁ」


 どうにも自分は猫に嫌われる習性があるようだ。昔から祖母がこうして餌を与えている猫に好かれず、何をやろうとも近寄ってこようともしない。


「なんで猫に嫌われるかな、俺は」

「それはあっちゃんがホントーに猫を好きじゃないからだよ」

「うわっ!」


 ぽんと肩を叩いてきた手に驚いて振り返る。

 昨日と同じ恰好の未茅が振り返った睦の鼻の頭をちょんと右の人差し指でつついた。


「よし、それじゃ行こうかねー」

「どこに行くか決めてないけど、どうせならショッピングモールとか行くか。駅前にでかいのができたんだ」

「へぇ、そうだね。服とか買いに行きたいし!」

「……俺じゃ買えないからね。センスも無いしね」


 まだ祖母の一言が心に刺さっている睦だった。

 そんな家の奥にいるだろう祖母へ声を掛ける。


「ちょっと出掛けてくるー」

「あいよー。晩飯までには帰ってきなー」


 家を出て、駅前へと向かう。

 駅までは公園を抜けていくのが近道となる。その公園に入っていくと、途中で未茅が「あ」と小さく呟いた。


「ここに飛んできたんだよね」

「なにが? ……って、ああ、みっちゃんがか」


 土管をくぐったらにゅっと出てきた場所は、この公園だった。偶々睦が通りかかったから良かったものの、これが別の人だった場合どれだけの騒ぎになっていたのかを考えると頭が痛くなりそうだった。

 公園を通り抜けて一路駅前へ。

 駅前に出来たデパートはまさにここが開発地区と言わんばかりに周囲の建物より目立っていた。そもそも周囲にはこの建造物に匹敵する大きさの建物は存在しないので、目立つのも当たり前だった。

 この中なら女性が必要とする大抵のものが揃っているに違いないと、睦はちょっとした自信を持って未茅に言ってみせる。このデパートが建設されたのは未茅が引っ越してからなので、彼女は中を全く知らないはずだ。ここでエスコートできれば自分の男としての価値がきっと上がるはずさ!

 なんて期待を抱きながら中へと入っていく。


「じゃあさみっちゃん、欲しいモノがあれば、どこにあるか教え――」

「うわー、おっきいー! こっちかな!」


 しかし睦の言葉は未茅の感動によって簡単に打ち壊されていた。


「な、中を走るな!」


 あんまり人が居ないからいいものの、まるで小さな子供のようにデパートの奥へと消えていってしまった。


(つーか、小学生の頃からホント何一つ変わってないんだけど!)


 せめてもう少し、わずかでもいいから落ち着きとたしなみを取得して欲しいと両手を握りしめながら願ってしまう。あんな大はしゃぎする高校生なんて一緒にいたら恥ずかしすぎる。

 とはいえ両手を組み合わせて唸っている男子高校生も注目の的であり、睦は我に返るなり視線から逃げるためにそそくさとその場を離れた。

 女性物の服が売っているコーナーに行けば駆け出していった未茅とも会えると踏んで睦はデパートの二階へと向かう。三階は男性物で、二階は女性物だ。毎回素通りするだけの階だったが今回初めてまともに立ち寄ることになる。階段を上ってそこに踏み入るとすぐさま足が止まってしまった。


「無理だ」


 一言残し、何事も無かったかのように三階へと向かう。


「……直後に下着コーナーとかあって、そこをかき分けていくなんて俺には無理だ」


 実際は階段の近くに下着コーナーではなく、コートなどを挟んで一つ離れたところにあったのだが、それでもそこを通り抜けないと奥に進めないのだから大して差はなかった。


(み、みっちゃんと一緒なら……一緒ならきっと……! みっちゃんと……下着を選ぶ? いや待て待った! 俺は何アホなこと考えてんだっつーの! なんだこれ、欲求不満とかか! みっちゃんは幼馴染みでそういう関係じゃなくて大体なんだよ服だろ下着じゃないだろって下着は必要だけど……ってそうじゃなくて!)


 階段の途中で一人頭を抱えて唸っている少年を、一組の親子が気味悪そうに見ながら降りていった。


(ああもう、すぐに買い物なんて終わらないだろ。一階に降りて出てくるのを待つか)


 二階を通る際にちらりと未茅の姿を探すが、広い店内の中を一瞥しただけで一人の姿を発見するのは無理があった。仕方なく階段を降りて一階に行き、それから出入り口のほうへ向かう。

 店内を出ると午前から変わらない陽射しが頭に直撃してくる。熱い、と呟いて日陰に逃げ、そこで未茅が出てくるのを待った。

 駅から人が流れて出てくる。通勤や帰宅時間ではないので決して多くはないが、それでも暇なので人の流れを見ていると、ふと何か気になる人物が目に留まる。


「ん、あの子どっかで見たことが……あ、そういえば」


 高校の中で一人、先に海外へ旅行しにいった生徒がいたような気がする。今、駅から降りてきたのはその生徒ではないだろうか。長い髪に眼鏡を掛けて、どこか大人しそうな印象を受ける女子――むしろクラスの中では印象に残らない方だ。女子グループとしての集まりも比較的大人しい女子達に混ざって雑談している姿を何度か見かけている。

 しかし駅から降りてきたということは、旅行から戻ってきたのだろうか。

 ぼんやりとその姿を眺めていると、周囲を見回していた彼女と目があった。するとみるみる驚いた顔をしていって、しまいには手で持っていたスーツケースの取っ手を離し地面に落としてしまう。さらには左手で口元を押さえ、何か脅えるような仕草でこちらの様子を覗っているようだ。


「……え、なに、俺何かしたっけ?」


 彼女とは付き合いもないし、そもそも高校に入ってからというもの一度も会話をしたことがない。脅えられる理由がまったく無いのだが、どうしてか必要以上に警戒されている様子だった。


(及川……だったっけ。繋がりなんて無いよなぁ……)


 彼女はしばらくしてから鞄の取っ手を拾い上げて、何か意を決したように一人頷いてからこちらに向かってくる。

 ――また厄介事か?

 クラスメイトは全員まともであると信じて疑っていなかったのに、もしかしたら及川だけは違うかもしれない、なんて予感がしてくる。


「……あ、あの」

「よ、よう、こんにちは。旅行だったんだっけ。今日帰りだったんだな」

「いえ、叔母がオーストラリアにいて、体調が良くないというから急いで会いに行ってて……えっと、東條君、だよね」


 初めて話すことになるので失礼が無いように名前の確認をしてきたのだが、そこで本当に接点が無いというのが分かる。


(いや、待てよ)


 今、彼女はなにか言わなかったか――


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