16.あっちゃんなら恥ずかしくないんだけどなー
「あっちゃん遅い!」
墓地の中で待っていた場違いな客を、それでも墓地は静かに迎え入れている。
睦の言いつけ通りここで大人しくしていたらしい未茅は目を覚ましたらしいかよみと楽しく会話をして過ごしていたようだ。なぜかかよみが目を合わせた途端にその目を背けたのは気になるところだが。
「とりあえずジャージ買ってきた。地元の中学校のらしいけど、多分みっちゃんなら着れるよ」
「む、それって成長してないってこと?」
問答無用で襟を掴んでくる未茅に慌てて、
「みっちゃんがスレンダーな少女だからです!」
と怒鳴るように応える。するときょとんとめを瞬かせた後に、
「すれんだー……なんか良い響き……!」
どうやらよく分からない内に納得したようだった。
「それって、一歩間違えるとペチャ」
「はいストーップ! それ以上何も言わなくていいんだっつーの! かよみは大人しくニャーニャー鳴いてなさい!」
「……にゃー」
不満そうにかよみの両耳がぴこりと動いた。
「それじゃ着替えよーっと」
「わー! いきなり目の前で着替えるなぁー!」
誰もいないとはいえ青空の下で堂々と着替える彼女に急いで背を向ける。ちらりと見えたヘソがとても印象強く、睦は足りない水分を顔中から絞り出してしまうはめとなった。
「別にあっちゃんなら恥ずかしくないんだけどなー」
「……色々とその、察してくれるとありがたいっつーの……」
多感な時期の少年にはとても厳しい幼馴染みの行動力だった。
「よし、オッケーだよ」
はぁ、とようやく息を大きく吐いて睦は振り返る。
「うわ、ぴったり……」
予想以上に似合っていたので、さすがに声に出して驚いてしまう。このまま地元の中学に行っても違和感はなさそうだった。
「でもこれ、出身校のジャージなんだけど……」
「そうなのか。じゃあ似合うのも当然かな」
「やっぱ成長してないような言い方だね、それって」
「ち、違うからね。そうだ、そういえばさ」
ついさっき出会った少女との約束を思い出す。
言うべきかどうか悩み、やはり約束されたなら伝えるべきだと睦は決めた。たとえ自分に意味がわからなくとも伝えられるべき未茅は違うからだ。
「さっき、この地元の人と会ったんだけど、どうやらみっちゃんの知り合いらしいんだ」
「知り合い? ああ、そっか。そうだよねぇ」
どことなく寂しそうな顔をしたかと思えば、すぐにいつもの脳天気なそれへと戻る。
「あっちゃんに言うの忘れてたけど、ここって私が引っ越したところなんだ」
嘘だ、と気付くのに時間を掛ける必要は無かった。
忘れていたなんていうのは嘘だ。
(元々俺に教えるつもりなんてなかったんだ)
「それでさ」
だから睦はそこについて驚きもせず、淡々と受け流す。
「その子、なんていったっけかな、そうだ水樹さんだ。水樹さんからみっちゃんに、自分達はずっとみっちゃんの味方で、いつまでも一緒だって伝えてくれって、頼まれたんだよ」
「……へぇ」
「伝えたからな。俺はちゃんと約束果たしたからな。ちなみに意味はまったくわからないけど」
最後のは蛇足か? と思いながらも一応まだ何も知らないよアピールをしてしまった。それで未茅が隠していることを語ってくれるなんて夢にも思わなかったが。
「あっちゃんは」
「なに?」
「味方って、いる? ん、違うな。友達って、いる?」
「友達だって? そりゃー一緒に騒ぐ連中はいるけどさ、そういうのが友達なんじゃないの?」
「そっかー」
何かを噛み締めるように、そこで唇をきつく閉じた少女は数秒間だけ地面をじっと眺めて、そして顔を上げた。
「それじゃ、リヒャを探しにいこ」
「にゃー」
同意の声を上げるかよみ。手で顔をパタパタ仰いでいるところからそろそろ暑さで限界か近いということだろう。着替えた服を今着ているジャージが入っていたビニール袋に突っ込んだ未茅も額ににそこそこ滴を浮かべている。
「そうだったな。リヒャを探さないとな。なんとなく見つけてるような気がしてたけど」
「あっちゃんが何もするなっていうから、ホントに何もしてなかったんだよ」
「え、探すっつってたじゃん!」
「でも何もするなっつってったから、何もしなかったよ。でもリヒャが目の前通ったら捕まえたけど、残念無念現れなかったしね」
「うわぁぁ……」
本当に何もせず無駄に言いつけを守るとは予想だにしていなかった。
「パパ様は隠れるのが天才的なのよ。だってわたしが探してもなかなか見つからないもの」
「胸を張ってまで自慢することじゃないから、それ」
とにもかくにもこの炎天下の中に居続けるものではない。
「リヒャー、どこだー?」
思い切って名前を呼んでみるが、返事はまったくなかった。
「しょうがない。とりあえず十分後、またここに集合ってことで別れて探そう」
「あいあいさー」
ビシッと敬礼してから、未茅はあさっての方向へ駆け出していく。
「あっ……」
なぜかそのまままた居なくなってしまいそうな気がして手を伸ばすが、その手は届かない。
「大丈夫なのよ」
そんな心を読んだのか、あるいは伸ばした手から察したのか、かよみがそう言ってくる。
「あの人にはわたしがついてる。決して見失ったり、どっかに行かせたりしないのよ」
「お、ああ、ありがとう。なんか変な心配かけたみたいでごめん」
きょとんとした表情がそこにあった。かよみが何を言われたのか、その意味を飲み込むのに二秒ほどかかる。
「お、お礼言われたのよ……なんか恥ずかしいし」
かよみは両手に頬を当てて、なぜか顔を赤らめている。
「え、俺ってどんだけ酷く思われてたの? もしかしてお礼も言わないような非道な人間に思われてたってこと?」
「そうとは言わないけど、なんか中二病が治ってなくていまだお礼言うのもツンっぽい雰囲気があったから」
「やっぱり酷いよねそれ!」
「でもどうでも良かったのよ。それじゃあの人についていくから、十分後に集合ね」
「……なんていうか、納得いかないけど。確かにそれよりもリヒャ探しだな。宜しく頼むよ」
「任せてなのよ」
親指を立てて挨拶をするが、その方向が下向きだった。とてつもない嫌な予感が脳内を鋭く走り抜けるが、今かよみにやる気を失ってもらっても困る。睦は顔を引き攣らせながら正しい親指の立て方を伝授すべく、同じように右手を突き出した。そこでかよみは自分の勘違いに気付いて慌てて手首を返す。
そうして遠くに行ってしまった未茅をネコミミ娘が追い掛けていった。
「よし、俺も探すか」
「おうら!」
真上から妙な声が聞こえてきた。
ん、と上を見上げた途端視界が真っ暗に埋まり、首にすさまじい加重がのし掛かって背中と足が耐えきれず、仰向けになりながら強かに地面へ腰を打ち据える。腰と背中の激痛にもんどり打ちながら戻った視界で真上から落ちてきた毛むくじゃらの何かを睨み付けると、そこには欠伸をしている呑気なリヒャがもう座っていた。
「おう、やっと一人っきりになりやがったな」
「おっ、まえ、はぁ……!」
腰と背中の痛みを我慢して立ち上がる。
「いきなり殺人級の飛び降りしやがって! 殺す気なんだなわかったぞ俺だってそろそろ怒っていいんだってところを見せてやるんだっつーの!」
「黙れガキンチョ、あいつらに気付かれちまうだろーが」
「なにがだ! 人にダイレクトアタックかましといて偉そうに!」
「しょうがねーだろ。隠れてられる場所がこの木の上しか無かったんだからよ。つーか、ホントはお前が出掛けていった時にこっそりついていってやろうと思ったんだが、嬢ちゃんの声で動けなくなってたんだから、俺ぁ悪くねぇな」
「いや悪いだろ! 俺に攻撃する理由が全くないよね!」
「だからうっせぇっつってんだろうが。お前に話があるんだから、ちったぁ黙れ」
「くっそー、偉そうにっ……で、なんだよ、話って」
「ぶっちゃけ言うぞ。あの嬢ちゃん……あーっと、未茅だったか。あいつぁやべぇ」
「は?」
突然ぶっちゃけた内容は、すぐに脳の中へ浸透するものではなかった。