14.やっぱりあっちゃんだな~って
「あれ……あっちゃん? どうして?」
「どうしてじゃない。みっちゃんこそ、大丈夫だったか」
とりあえず日本にいたことを喜ぶべきだろう。ここがどこか知らぬ異邦の地だった場合、幼馴染みの身に危険が起こっていたかもしれないのだ。
「いや、その前に日本……だよな、ここ」
「日本だよ」
と、即答してきたのは未茅だった。
(やっぱりみっちゃんの知っている場所だったんだ)
だとしたら彼女が見下ろしていた場所には、今一体誰が眠っているのだろう。
(それを訊ねるのはさすがに気が引けるなぁ)
夢にまで見てここに来たというのなら相当強く想っている人なのだろう。ならば自分が訊くことではないと、睦は胸の奥に疑問をしまい込む。
「とりあえず帰ろうよ。そのカッコのまま出歩くのは、なんつーか恥ずい」
「え、わひゃっ」
自分の寝間着に今頃気付いたのか。
青のパジャマを隠すように両手で胸と腹の部分を抑えるが、普通に意味のないことだった。
「胸は隠す意味ないのよ」
さらりと囁いたかよみを未茅はキッと睨んだが、今は両腕が使える状態ではないので威嚇のみで済む。もし自由に動けたならばかよみといえどどうなっていたか想像に難くない睦だった。
「さて、それじゃあリヒャはどこかな」
娘に投げ飛ばされた父親が傷心状態で一人勝手に戻ってしまうなんて馬鹿なことをされていたら色々とアウトだが、さすがにそれはないだろう。睦は未茅を探していた時より心を楽にして墓地を見回したが。
「あれ、見つからないな」
「リヒャも来てるの? あ、リヒャじゃないとここまで来れないか。でもなんであっちゃんまでいるの?」
「えっと……みっちゃんを、その……」
みっちゃんが心配で追い掛けてきた!
なんてそれこそ恥ずかしく、睦の男子高校生らしいプライドが素直になることを許さなかった。
「なんつーか、連れられてきた」
「なにそれ?」
「さ、さぁ、なんだろうな」
もはや誤魔化し笑いしか出来ずに、睦は未茅の顔をすらまともに見ることもしなかった。
「ともかく見つかったからパパ様を探すのよ。猫だからどっかで寝ているのが相場よ」
「……お前って父親を尊敬しているのか小馬鹿にしてるのか、よくわからないヤツだなぁ」
確かに未茅が見つかったならここに用はない。未茅としてはまだ居たいのかもしれないが、と横目でちらりと確認すると、未茅もまた「そうそう、早く帰ろっか。このカッコのままってイヤだし」と、かよみに同意している。
なぜかほっと胸をなで下ろし睦は前を向いた。
「じゃ、今度はリヒャ探しだ。かよみの言うとおりなら木陰を中心に探すと見つかりそうだな」
まさかこの陽気で呑気に日向ぼっこを楽しんではいないだろう。仮にも猫なので全身に毛皮を着ているようなものであり、夏日に直射日光を浴び続けるのはさすがに自殺行為にも等しい。
だから木陰にいる、と決めていざ探し始めるとこれが予想以上に手こずるというのを思い知らされることとなった。
そもそも猫の体格と人間の体格、その視点は相当に異なる。人間が普段通ろうともしないような抜け道とも呼べない小さな場所ですら猫は難なく通り抜けてしまう。そういう認識の差だけでも世界を見る視界は大幅に違うということから、睦達の常識では考えられないところで涼んでいる可能性もある。
「それを言われるとわたしも困るよ。だって、どちらかっていうと人間だもの」
と、ネコミミをぴょこんと跳ねさせて言うのはかよみだった。
「じゃあどうしようもないってことか?」
「それこそしらみ潰しってやつだね。こういうことなら任せてよ。肺活量ならちょっと自信があるんだから」
「肺活量?」
睦が首を傾げて未茅に問い掛けるが、少女はにやりと笑うだけだった。
そうして軽く背を反って深呼吸をし、口元に両手を持ってきてメガホンを作る。
「まさか……」
睦が何をやろうとしているのかいち早く察し、自分の耳を両手で押さえた。一方のかよみは頭にハテナマークを浮かべていて、睦は同じようにしろと怒鳴るが、時既に遅し。
「リィィィ! ヒャァァァア――――――ッ!」
凄まじい声量が墓地を破壊するかのように、凍っていた空気を強制的に震わせ圧倒した。耳を塞いでいても脳を直接殴りつけてくるような声に鼓膜を痛くしながら薄目でかよみを見遣ると、すでに地面に倒れて意識を失っている。ああ、お前の犠牲は無駄にしない……と心の中で誓いながら、幼馴染みの声が止むまで必死に耐え抜く。
叫んでいた時間は五秒も無かっただろうが、しかし睦にとってそれは数分、数十分にも及ぶ凄まじいものだった。霊園の木々からカラスが落ちて地面に衝突し、遠くからは悲鳴にも似た甲高い犬の鳴き声が何匹にも及び伝わってくる。これだけ広く人もいない場所だから良かったものの、仮に街中でやった場合はちょっとしたテロ行為と見なされても文句は言えない――睦はそう考え、みっちゃんとカラオケに行くのだけは止めようと決心する。
「よし、これで出てくるね」
「……いや、気絶してんじゃないか?」
何の予備知識もなければあそこで痙攣しているネコミミ中学生と同じ運命を辿るだろうと言ったつもりだったが、未茅はなぜか首を傾げるだけだった。
「気絶してるなら起こすだけだよ」
「それはそれで起点に戻っただけじゃ!」
(とりあえず迷子になった時の基本はその場を動かないことって、どっかで見たことあった気がするけど……)
何にしろ急にどこかに行ってしまう可能性はこれで断たれたと考えれば、状況的にまだマシになったのかもしれない。
そんな風にプラス思考気味に考えながら二人はかよみを木陰に移動させ、それからリヒャの姿を求めて墓地内を彷徨き始めた。
幸いなことに人が訪れる様子はない。
人が来て墓地内を彷徨う二人組という図もなかなか不気味だったが、その内の一人がパジャマ姿というのは不気味以前に間抜けだった。だから誰もいないのは幸運だろう。
「リヒャ、いないね」
「下手に二手に別れて、またどっちかがどっちかを探すことになったらアレだしなぁ。どうしよっか」
「うーん。この恰好のままだと恥ずかしいし、ちょっと街まで降りて服買ってきてよ」
「え、ええ! や、やだよ! 女の子の服なんて買ってこれるわけないだろ! 変態になっちまうっつーの!」
「別に下着を買ってこいって言ってるわけじゃないんだから大丈夫だよ。理由訊かれたら入院しててなかなか外に出られない可哀想な妹の着替えを買いに来ました風に」
「い、いやいや、俺に演技力を求めないでくれ。さすがにそれはちょっと!」
「む~」
じぃっと睨まれて目を逸らす。未茅の圧力に真っ正面から逆らって勝てるなんて髪の毛の先程も考えていなかったので、目を逸らすしかないのだ。
「あ、あれだよ、ジャージとかならまだ……」
「じゃあそれでいいじゃない。ちょっと墓地でリヒャ探してるからさ、あっちゃんは服をよろしく!」
「ううっ……!」
女の子の服を買ってくるのはともかく、自分で提案したジャージならまだ買ってくることもできるだろう。睦としてもこのままずっと過去に着てた自分のパジャマを着てる女の子を見続けるのは何かと苦痛だったので、しぶしぶながら了承した。
「靴が無いのも気になるんだ」
土にまみれた裸足をひょいと持ち上げると、睦は途端に後悔の念が襲ってきた。そういえば家に居たのだから、靴を履いてる道理はないんだった。
「あ、熱かったんじゃない? 地面灼けてたし!」
「そこは仕方ないかなって」
「ああもう、まったく」
未茅にそこに座るように指示してから足の裏にこびりついている土を払いのける。その間、未茅は借りてきた猫のように大人しく睦の手の動きをぼんやりと眺めていた。
「えへへ……」
「な、なに? 急に笑ったりして」
「やっぱりあっちゃんだな~って」
「……意味がわからないっつーの」
足の土を払い終えてから、睦は立ち上がる。
「みっちゃん、リヒャを見つけたらどっか飛ばないようにしてくれよ。何もしないでくれよ! 俺が帰れなくなっちゃうから!」
「だいじょーぶだよ~」
頼りなげに手を振る幼馴染みに一抹の不安を抱えつつ、睦はポケットの中の財布を確認した。
「ま、ジャージぐらいならなんとかなるだろ」
なんとなくこっそりと墓地を抜けて、通りへと出る。