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12.大変大変大変なのよ!

 朝になって目が覚めてみると、自分の隣に少女が寝ている事態に声を無くすほど驚き、凄まじい冷や汗と共に自分は重大な過ちを犯してしまったのではないかと昨晩の記憶を全力回転で漁りまくる。少なくとも脳みその検索では致命的な過ちを働いていないという結果だったが、そもそも記憶力に自信があればテストの点数はもっと良いわけで、そこをあてにしてはならぬと自分を戒めると余計に昨晩のことが気になってきた。

 青いパジャマには記憶がある。――未茅だった。


(ど、どうして俺のベッドの上で俺と一緒に寝てるんだ!)


 一体何がどうしてどうなった!

 そぉっとベッドから起きて、未茅が起きないように布団を掛け直し、できるだけ音を立てずに部屋を出る。健全な男子高校生には余りにも強い刺激を振り払おうと、睦は洗面所に行って顔を洗った。

 夏だから朝早いとはいえすでに結構明るく、トミ子はとっくに起きているようで居間のほうは明かりがついている。廊下から顔を出してそれだけ確認すると、もう一度洗面所に戻って顔を軽く叩き、自分の瞳を覗き込んだ。


「俺は何もしてないしてないしてないからね。うん、至って普通でまともです」


 そう暗示を掛けて、ついでだからと歯ブラシを歯磨き粉で丹念に歯を磨き、口を注いでもう一度顔を洗う。寝癖も直して、トイレに行って、手を洗って居間へと顔を出す。


「おはよ」

「おや、おはよう。珍しく早いじゃないかい。久しぶりの幼馴染みに興奮して寝られなかったんじゃないかい?」

「……いや、まぁ」


 もはやそれどころの話ではなかった。


「みっちゃんはまだ起きんのかい。昨日の旅の疲れでも出てるんかねぇ。それなら仕方ないがねぇ」

「あ、ああ、多分そうだよ。可哀想だから寝かせておいてやろうよ」

「睦にしちゃ割とまともな事を言うようになったね。んじゃあお前は先に飯でも食べちまうかい」

「そうするかな」


 もう一度あの部屋に入るのは気まずいので、朝食を頂いている間に起きてくれることを祈る。ふと天井を見上げて無効で寝ている少女の寝顔を思い出そうとし、よく見なかった為に思い出せないことを軽く後悔した。


「ほら、さっさと食べな!」

「わーったよ」


 とはいえ急いで食べても仕方ないので、マイペースを保ちながら朝食を胃の中に詰めていった。

 十分程度で食べ終わり、食器を片付けてから居間へ戻ると、再びやることを見失う。寝っ転がってまたもや天井を見上げると見慣れたはずのそこにある染みが新鮮で、どこまで広がっているのだろうかと染みと元の色の境目をつぅと目で追っていく。すぐに壁へと当たってそこで再びやることを失ってしまった。

「む~、起こすか。起こすしかないか」


 むっくりと起き上がり、このままではまともに着替えることもままならない状況を打破しようと、幼馴染み起こし作戦を練り始める。

 小学生ぐらいの頃、睦の家と未茅の家は本当に付き合いが深く、睦と未茅のどちらかが勝手に家へ泊まりに行っていることなんてよくあった。さすがに中学生になってからはまず無くなったが、昔の記憶を手繰っていく限り、彼女を起こしていたのは自分の方ではなかったか。


「……今でも寝起き最悪なのか、もしかして」


 みっちゃーん、起きてよー、なんて無警戒に身体でも揺すった日には最後、ぐっすり夢の中に落ちているはずの女の子がゆらりと立ち上がり、ただただ無警戒に起こしただけの男の子を地獄の底へと叩き落とすなんてよくあることだ。


(いや、あっちゃ困るんだが……さすがに今は……)


 あの頃はまだ子供の時の些細な出来事で済んだが、昨日、オーストラリアにて襟首を掴んで見知らぬ車の中に放り込んだ時の力といい、下手に襲われでもしたら本気で死にかねない。


「いざ、死地へ……」


 気合いを込める。

 いくら寝ているとはいっても、女の子の横で着替えるのも宜しくないし。


「って、よく考えたら服を取ってくればいいんじゃねーか」


 ――そうして別の場所で着替えればいい。


「なんだ、簡単だなぁ」


 そうと分かれば起こすまでもない。睦は途端に心が楽になって思わず笑顔で自室のドアを開ける。


「静かだ。誰もいないぞー」


 ベッドの上を覗くと、上掛けがぺったんことして、とても一人分のふくらみがあるようには思えなかった。


「……え? や、待て、いくらみっちゃんが膨らみの足りない身体だからって、さすがにぺったんこはないだろ」


 言ってから、もし今のが聞かれていたら明日の朝日は拝めなかったことだろうと顔を真っ青にする。本能の動きで壁に背を付けて周囲を警戒するが、人の気配は全くない。


「起きたのかな」


 深く考えることなく、そう呟く。その割には上掛けが随分と無造作に真っ直ぐなのが気になるのだが、起きた後、適当に上掛けを伸ばしたのだろうか。


「まぁいっか」


 今の内だと引き出しから服を取り出して着替えてしまう。

 着替え終わってから部屋を出て、もう一度今へと向かう。


「なぁばーちゃん、みっちゃんは?」

「ん? まだ見かけとらんよ。寝てんじゃねーかい?」

「え? ……そっか」


 自分の部屋に戻って着替えているのだろう。

 なら何の問題も無い。


(けど、なんだろうな)


 なんとなく嫌な予感が頭の片隅を過ぎる。一度部屋に戻って上掛けを引っ繰り返してみると、そこには誰もいなかった。

 急いで部屋を出て玄関に向かう途中、祖母へ声を掛ける。


「ばーちゃん、ちょっと出掛けてくるわ」

「どこにいくんよ?」

「どっか」

「なんじゃそりゃ!」


 台所からツッコミを入れられるが、今はなんかじっとしていたくない気分だった。玄関で靴を履いて外に出て、しょうがないからコンビニに向かうべくそちらへ振り返ると――


「いたのよ!」


 聞き覚えのある声が聞こえた、と同時に強烈なボディブローの衝撃が身体を貫き、くの字に折れ曲がって地面に蹲る。一体何が起こったのか涙目になりながら顔を上げると、そこにはネコミミ少女が昨日と同じ制服姿のままで仁王立ちをし、倒れた少年を見下ろしていた。


「大変なのよ!」

「たいへ、ん、なのは俺だぁぁ……!」


 しばらくまともに喋れそうにもなく、それだけを絞り出すと痛みで悶えて腹を押さえてプルプルと震える。


「大変大変大変なのよ! パパ様の力に未茅さんが巻き込まれてしまったの! ほら、さっさと起き上がる!」


 なんだって! みっちゃんが!

 そう叫ぼうとしたが痛みがまだ残っていて、せいぜい左手を挙げるだけが限界だった。


「意味がわからない」

「……ふ、ふざけ、んなっつーの……! げほ、げほ、ううっ、なんで朝っぱらから吐きそうにならなきゃなんないんだ」


 なんとか収まってきた激痛から立ち上がれるぐらいにまで回復し、まずは無警戒なかよみの頭にチョップを決める。女の子に手を挙げるなと祖母から教わってきた睦といえど、さすがに我慢の限界があった。


「にゃんっ、痛い……なんで殴るの?」

「むしろ俺が訊きたい! ……それで、なんだって? みっちゃんがいなくなったってどういうことだ?」

「パパ様の超時空転送能力に巻き込まれたのよ」

「無駄に豪勢な名前なこって」

「今考えたから豪勢なの」

「……あっそ。つかさ、それって昨日のくぐってにゅっと何処かに出てくるヤツだろ? そんなに心配することか? 別に一緒に戻ってくればいいだけじゃんか」

「パパ様が先に戻ってきちゃったのよ! 今朝パパ様見かけて捕まえたらそう白状してるの!」

「……え?」


 つまり、リヒャがどこへ飛んだかわからないが。

 恐らくは遠い地までリヒャと一緒に飛ばされて、そのリヒャだけが先に戻ってきたということになる。そのどこか分からぬ大地で未茅は今一人でいるということなのだろう。


「ちょっと待て、じゃあもっかいリヒャにその場所へ行ってもらって――」

「パパ様の能力は気紛れなのよ! 同じ場所に行くとなったら、一体どんだけ掛かるか分からない!」

「気紛れってなんだそりゃ!」

「パパ様は首輪つけて引き摺ってきたわ!」


 見ればかよみの右手には紐が握られていて、その先には先程からぐったりと項垂れて一言も発することのないリヒャが、ほとんど半死状態のままで痙攣していた。


「いや待て、大丈夫なのか、それ……?」

「パパ様は強い!」

「パパ様を信じすぎだからそれ!」


 メタボの猫がそこまで早く走れる訳もなかったのだろう、全力で駆ける少女に追い付けず、おそらく引き摺られながらここまできたに違いない。睦はその哀れな姿に同情を禁じ得なかったが、今はそれより優先順位が高い『未茅』について問い詰めるべく、リヒャを抱き上げる。


「おいリヒャ、状況教えろ」

「ま、まずは水だガキンチョ……話はそれからだ……」


 しょうがないから庭まで行って、野良猫専用の水飲み箱に頭から強引に突っ込む。なにやら抗議の声を上げて暴れているが、声は水によってくぐもり、身体は両腕で押さえているのでろくに動けもしない。

 十秒後に持ち上げて地面に降ろすと、完全に横へと倒れて危険な痙攣を起こしていた。


「あれ、やり過ぎたか?」

「パパ様は強いのよ。駄目だったら娘の愛情たっぷりのお尻ペンペンするから大丈夫」

「そ、それだけは勘弁しろや、我が娘よ……」


 ある程度ふさふさだった顔の毛がべっちょりと張り付いて見るも無惨な姿と化しているリヒャがそう言うと、より一層の悲壮感を醸し出していた。


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