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フェイズ3 エンカウント後編

「……なるほど。そういう事でしたか」


 少女がほうと息をつく。

 夕日が差し込む鉄橋の下で、俺と少女は向かい合って座っていた。

 これまでの事情を話すと、彼女は案外あっさりと納得してくれた。うん、わかってもらえて良かった。


「えっと、だから俺は別に怪しい事は何もしていないでございますよ?」


 ——君を熱い視線で見つめていた事を除けばね!


「……なぜ語尾が怪しくなるのか気になりますが、何はともあれ——、ルウ!」


『——ふぁ、ふぁい!』


 少女は白猫の身体をがっしりと掴んで、がくがく揺さぶった。


「勝手に人の物を取ったらダメじゃないですかっ」


『かってに取ってないよー、ちゃんと聞いたもーん。ねえ、Mr.君?」


「そうだっけ……?」


 少なくとも、お前が喋れるって事を俺は今知ったぞ。


『うん、聞いた聞いた〜。これもらってもい〜い?って、猫語で』


「いや、わかるかよ!」


『え〜、でもユグがお腹空かせてたし〜、そうしないと奴らに気づかれちゃうかもしれなかったし〜……ねえ! これももらっていーい?』


 そう言って、俺の右手のケーキの箱に飛びつく。

 さっと手を引くと、ずべっ、という音を立ててルウがこけた。


『いたーいっ!』


「悪いな、これはダメなんだ。……なあ、奴らって一体——」


 俺が聞こうとしたら、それを遮るように少女。


「とにかく、ご迷惑をおかけしました。これはお返しします」


 そう言って、リンゴを俺に差し出す。

 ……と同時に、少女のお腹がきゅるると、可愛らしい音を立てた。



「「…………!」」



 少女の顔がみるみる赤くなっていく。うわあ、まるでリンゴみたい。

 恥ずかしそうにぎゅっと目をつぶり、なんとかこらえようとしているみたいだが、余程お腹が空いていたのか、少女の努力も虚しく、腹の虫はおさまる気配がなかった。 


「……良かったらこれ、貰ってくれないか?」


 俺はリンゴをのせた少女の両手をそっと押し返した。


「えっ……! でもこれは、あなたのものでは……」 


「いや、いいんだ。君に貰って欲しい」


 そう言って笑うと、少女は嬉しさと遠慮が混ざったような顔をして、助けを求めるようにルウの方を見た。


『もらっときなよ、ユグ』 


 少女は少し間を置いてから、こくりと小さくうなずいた。その時の顔はまるで、お菓子を与えられた子どものようで、とても可愛らしかった。

 まあ、これだけ喜んでもらえたらリンゴも本望か。


「ありがとうございます。えっと……」


 そういえばまだお互いに名前を知らないという事に気づく。


「新士——、古牙新士《こがあらし》だ。古い牙に新しい、それと武士の士って書く」


「ありがとうございます、新士。私はユグドラ、こっちはペットのルウです」

 

『よろしくね、Mr.く—ん!』


「あ、ああ……」


 大きく息を吐く。

 冷静に考えてみると、これはすごい状況なのかもしれない。

 甲冑の少女に喋る猫。俺はここで二つの非日常に出会った。もしかしてこれが——”運命の出会い”って奴なのか?

 もしそうなら——、


「……なあ。君たちは一体、何者なんだ?」


 少女に聞く。

 彼女らの事をもっと知っておくべきだと思った。何かつながりを残す為に。

 すると少女はリンゴを食べながら俺に——喋る事はなかった。うん、さすがに行儀がいいね。というかよく見たら、リンゴすら食べてなかった。ただ、俯いて黙っている。

 ……どうしたのだろうか。

 すると、少女の隣にいたルウが口を開いた。



『ユグはね……狙われてるんだよ』



 狙われて、いる……?

 予想だにしなかった答えに、俺は面食らう。

 一体誰から……? 何の為に……?

 俺のその疑問を感じ取ったのか、ルウは目を鋭くして言った。



『なぜ狙われているのか、大体の見当はついてる。でもMr.君は知らない方がいいよ、今も、この先も。もしも知ってしまったら——、君は間違いなく”関係のない人間”ではなくなるからね。ただの好奇心で首を突っ込まれても困るんだ』



「……っ!?」


 ルウの言葉には、とてつもなく重い”何か”が含まれていた。それは「もう関わるな」と言っているようで——。まるで俺の心の中を見透かしているみたいだった。

 呆然としている俺に、ユグドラが優しく言いかける。


「ルウ、もうよいのです。……ですが、新士。ルウの言っている事はあながち間違いではありません。ですから……あなたはこのまま自分のいるべき場所へ戻り、そして私たちの事は忘れてください」


「そんな……、忘れるだなんて」


「忘れるのです! でないと——」


 ユグドラは息を詰まらせて、


「私は、あなたを巻き込んでしまう……」


 消え入りそうな声で、そう呟く。

 一体何が彼女らをここまで追いつめているのか、わからない。

 俺に何か出来る事は、ないのだろうか。

 ……いや、今の俺に彼女らが求めているのは『早急に立ち去る事』なのだ。


「……わかった。じゃあ俺はここで帰るよ。えっと、また……ね」


「はい。またどこかで……、会えるといいですね」


 口ではそう言っても、俺にはよくわかっていた。

 もう、彼女らに会う事は一生ないだろう。

 俺はゆっくりと立ち上が——ろうとした時だった。



 キィィィィィィィィ—————————ッ!!



 とっさに耳を押さえる。

 黒板を引っ掻いたような凄まじい音が辺りに響いたのだ!


「な、なんだ……一体……ッ!?」


『ユグ! 奴らだよ!』


「く……、一足遅かったですか……!」


 ユグドラが立ち上がり、俺に背を向ける形で剣を構える。

 見ると、ユグドラの視線の先に巨大な黒い魔法陣のようなものが浮かび上がっていた。



「新士、前言撤回です。死にたくなければ私から——絶対に離れないでくださいっ!」



 ユグドラがそう言い放ったと同時に、魔法陣の中から剣を持った骸骨がぞろぞろと出現した。


「うわあぁっ! ば、化け物!?」


「敵の使い魔です。まさかこんなにも攻めてくるなんて……!」


 骸骨騎士は俺たちを取り囲んで、奇妙な唸りをあげ始める。


「しかし、それならばどこかに統率者がいるはず——」


 ユグドラの言葉はそこで遮られた。

 魔法陣から、どう見ても他の奴らとは違う”何か”が飛び出したのだ。


 ——シルエットは人間。

 しかしその背中には、大きな漆黒の翼。

 手に握られしは大鎌。額には角。

 禍々しいオーラを放つそいつはまるで——


「……嘘だろ、こんな、こいつは——悪魔……!?」


 そいつは空中でばさりと翼を動かして、俺らを見下ろすと不敵に笑った。



「——クックック……。ここかァ、祭りの場所はァ!!」

 


****************************************



 消え行く日常、現れる宿命。

 手に取る力に望むものとは——?


 次回、『黒騎士の目覚め』。

 ——その剣は、やがて世界を変える。

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