表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

フェイズ1 始動

 人生を変える、一番の方法ってなんだろう。

 ——俺は”出会い”だと思ってる。

 今までになかった未知との遭遇が、今までの自分の価値観、見ていた世界を一気に変えてくれるんだ。

 もちろん、そんなおいしい出会いが誰にでもあるのかと言うと、そんな保証はない。寧ろ、ない人が大半だろう。

 もしかするとそれは、何十億分の一の確率でしか起こらない奇跡なのかもしれない。仮にそうなら、それこそ宝クジが当る確率より低い。ただの幻想だ。

 それでも、有り得ないと分かっていながらも、皆心の中ではどこか期待してしまっているんだと思う。

 今の自分を変えてくれる、”運命の出会い”って奴を。



『——なんだからね。ねえ〜、ちゃんと聞いてるのお兄ちゃん?』



 俺の耳に可愛らしいソプラノ声が響く。


「ん? 悪い、今なんて言った?」


 気持ちの良い風が吹く河原の草原にて。

 俺はケータイを握り直すと、その向こうの相手に聞き返した。


『もう! ちゃんと聞いててよー! だから、今日はくるみの誕生日なんだから早く帰ってきてよね、って言ったの!』


「あ、ああ……そうだよな、そうだった。ちゃんとわかってた」


『むー……心配だなぁ……。それと、今日の夕飯ちゃんとごちそうにしてよね! せっかく年に一度なんだし、パーっと豪華にいこうよっ』


「それに関しては心配しなくていいぞ。既に食材の準備はばっちりだ」


 俺は左手に下げたビニール袋を、わざとらしく振って言った。


『ならいいんだけどさ。……あとはコックの腕がもっと良かったらなー』


 お兄ちゃん、料理下手だからなー。

 電話越しでもしっかり伝わりました、はい。


「……悪かったな。どうせ俺はにわか料理人だよ」


『あっ、ちがっ、違うよ。別にお兄ちゃんのがマズいって言ってるんじゃないよ。お兄ちゃんのも美味しいよ。美味しいんだけどね——』


 妹——くるみは少し間を置いたあと、小さなため息とともに呟いた。



『——お母さんの手料理、食べたかったなぁ、なんて思っちゃって』



 それはどこかはかなく、懐かしむような感じの声だった。


「……そうか」


 俺はそう返すしかなかった。


『お母さんの口癖覚えてる? 溺れている人を見つけたら泳げなくても飛び込めー、だったよね。お母さん、いっぱい困ってる人を助けたよね、ほんと、最後まで……』


 母が交通事故で亡くなってからもう一年が経つ。原因は小学生の男の子の信号無視で、それをかばって飛び出した母がトラックにひかれた。医者は全力で治療にあたったが、間に合わなかったらしい。

 父はこれまで以上に忙しくなり、転勤やら海外出張やら。俺たちは二人暮らしを余儀なくされてしまった。

 その時こそ、俺たちは悲しみに明け暮れていたが、そういうものは時間がゆっくりと解決してくれ、俺は今こうやって普段通りの学校生活を送っている。

 だが、自分の誕生日と母の命日が重なっているくるみにとって、今日という日は一体どのように感じるのだろうか。

 ……きっと複雑な心境なのだろう。

 でも今日ぐらい、誕生日くらいは楽しんで、はじけてもいいと思う。

 だから——


「任せとけ! 今日はすっごくゴージャスだぞー? 兄ちゃん特製、『超巨大骨付ほねつき肉の唐揚げ』、くるみの好きなショートケーキ、さらにリンゴまである!」


『最後のリンゴはどうなんだろーねー、ふふっ』


 くるみの声が少し明るくなったような気がした。

 よかった、と心の中で嘆息し、俺は続ける。


「じゃあ、もうそろそろしたら帰るから。楽しみに待ってて——っ!?」


 瞬間、俺の左手が強く引っ張られた。

 ずっこけそうになりながらも、なんとか体勢を立て直し、そちらを見ると、


「にゃ〜ご?」


 可愛らしい白猫がいた。

 野良猫だろうか。いや、それにしてはきれいな身体をしている。しっぽにリボンかかってるし、首輪も鈴もついてるし、おまけになんかリンゴくわえてるし——


「——って、俺のリンゴじゃん!」


 今さら気づいて、左手に下げたビニール袋を見ると見事な底抜け状態である。肉やら野菜やらが地面と出会ってコンニチハ、これはひどい。

 再度、白猫の方を向くと、ルパンのごとく川岸に向かって一目散に逃走しているではないか。


「こ、こら猫ーっ!」


『どうしたの、お兄ちゃん!?』


「いやちょっとな! とりあえず電話切るぞ!」


『え!? ちょ——』


 ぶちっ。

 結局、俺——古牙新士《こがあらし》は、白猫ルパンを追いかけるはめになってしまった。



****************************************



 君の名は……?

 そうたずねた時から、古牙新士の数奇な運命は動き出していた。

 

 次回、『エンカウント』

 ——そしてこれが、始まりの時。

サブタイトル、及び次回予告を修正しました。 2014.10.11

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ