フェイズ1 始動
人生を変える、一番の方法ってなんだろう。
——俺は”出会い”だと思ってる。
今までになかった未知との遭遇が、今までの自分の価値観、見ていた世界を一気に変えてくれるんだ。
もちろん、そんなおいしい出会いが誰にでもあるのかと言うと、そんな保証はない。寧ろ、ない人が大半だろう。
もしかするとそれは、何十億分の一の確率でしか起こらない奇跡なのかもしれない。仮にそうなら、それこそ宝クジが当る確率より低い。ただの幻想だ。
それでも、有り得ないと分かっていながらも、皆心の中ではどこか期待してしまっているんだと思う。
今の自分を変えてくれる、”運命の出会い”って奴を。
『——なんだからね。ねえ〜、ちゃんと聞いてるのお兄ちゃん?』
俺の耳に可愛らしいソプラノ声が響く。
「ん? 悪い、今なんて言った?」
気持ちの良い風が吹く河原の草原にて。
俺はケータイを握り直すと、その向こうの相手に聞き返した。
『もう! ちゃんと聞いててよー! だから、今日はくるみの誕生日なんだから早く帰ってきてよね、って言ったの!』
「あ、ああ……そうだよな、そうだった。ちゃんとわかってた」
『むー……心配だなぁ……。それと、今日の夕飯ちゃんとごちそうにしてよね! せっかく年に一度なんだし、パーっと豪華にいこうよっ』
「それに関しては心配しなくていいぞ。既に食材の準備はばっちりだ」
俺は左手に下げたビニール袋を、わざとらしく振って言った。
『ならいいんだけどさ。……あとはコックの腕がもっと良かったらなー』
お兄ちゃん、料理下手だからなー。
電話越しでもしっかり伝わりました、はい。
「……悪かったな。どうせ俺はにわか料理人だよ」
『あっ、ちがっ、違うよ。別にお兄ちゃんのがマズいって言ってるんじゃないよ。お兄ちゃんのも美味しいよ。美味しいんだけどね——』
妹——くるみは少し間を置いたあと、小さなため息とともに呟いた。
『——お母さんの手料理、食べたかったなぁ、なんて思っちゃって』
それはどこか儚く、懐かしむような感じの声だった。
「……そうか」
俺はそう返すしかなかった。
『お母さんの口癖覚えてる? 溺れている人を見つけたら泳げなくても飛び込めー、だったよね。お母さん、いっぱい困ってる人を助けたよね、ほんと、最後まで……』
母が交通事故で亡くなってからもう一年が経つ。原因は小学生の男の子の信号無視で、それをかばって飛び出した母がトラックにひかれた。医者は全力で治療にあたったが、間に合わなかったらしい。
父はこれまで以上に忙しくなり、転勤やら海外出張やら。俺たちは二人暮らしを余儀なくされてしまった。
その時こそ、俺たちは悲しみに明け暮れていたが、そういうものは時間がゆっくりと解決してくれ、俺は今こうやって普段通りの学校生活を送っている。
だが、自分の誕生日と母の命日が重なっているくるみにとって、今日という日は一体どのように感じるのだろうか。
……きっと複雑な心境なのだろう。
でも今日ぐらい、誕生日くらいは楽しんで、はじけてもいいと思う。
だから——
「任せとけ! 今日はすっごくゴージャスだぞー? 兄ちゃん特製、『超巨大骨付き肉の唐揚げ』、くるみの好きなショートケーキ、さらにリンゴまである!」
『最後のリンゴはどうなんだろーねー、ふふっ』
くるみの声が少し明るくなったような気がした。
よかった、と心の中で嘆息し、俺は続ける。
「じゃあ、もうそろそろしたら帰るから。楽しみに待ってて——っ!?」
瞬間、俺の左手が強く引っ張られた。
ずっこけそうになりながらも、なんとか体勢を立て直し、そちらを見ると、
「にゃ〜ご?」
可愛らしい白猫がいた。
野良猫だろうか。いや、それにしてはきれいな身体をしている。しっぽにリボンかかってるし、首輪も鈴もついてるし、おまけになんかリンゴくわえてるし——
「——って、俺のリンゴじゃん!」
今さら気づいて、左手に下げたビニール袋を見ると見事な底抜け状態である。肉やら野菜やらが地面と出会ってコンニチハ、これはひどい。
再度、白猫の方を向くと、ルパンのごとく川岸に向かって一目散に逃走しているではないか。
「こ、こら猫ーっ!」
『どうしたの、お兄ちゃん!?』
「いやちょっとな! とりあえず電話切るぞ!」
『え!? ちょ——』
ぶちっ。
結局、俺——古牙新士《こがあらし》は、白猫ルパンを追いかけるはめになってしまった。
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君の名は……?
そうたずねた時から、古牙新士の数奇な運命は動き出していた。
次回、『エンカウント』
——そしてこれが、始まりの時。
サブタイトル、及び次回予告を修正しました。 2014.10.11