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泣く爆弾と世界終演シンフォニア  作者: bom
パープルレッドの黄昏
9/17

7月11日 PM5:01 『僕と彼女の存在価値』


保健室に鈍い光が差し込む。

掛け時計を見ると、針は5時を指していた。


4時間前。

保健室の扉を開けた時、彼方彩乃はベッドの上に寝かされているところだった。

陽人に言われるまま様子を見に来たのは良いが、なんて声をかけていいかもわからなかった僕は、ただ黙ってベッドの横に腰掛ける。

僕が隣に来ても彼女は何も言わず、ただ俯くだけだったが、しばらくして泣き疲れたらしい。

時計の針が1時半を指す頃には寝息をたてていた。

数時間前の、彼方彩乃の慟哭を思い出す。

失敗作だと昔から笑われていた少女。

それが彼方彩乃だという話は、高校に入学した時に陽人に聞かされてからずっと覚えている。


この世界で稀に誕生する爆弾は皆、その世界の最高責任者のもとに預けられ、まるで王のように不自由のない生活を送っている。

そのため、人間にも関わらず自分の正体は爆弾だと偽る者が多いとか。


今、目の前で眠っている彼女はどうだろう。

爆弾として生まれながらも、力を持たずこの世に生を受け、人間にもなりきれなかった彼方彩乃。

人間からは出来損ないと罵られ、爆弾からはその存在を否定され続けている。

身を裂くような苦しみだったはずだ。


「…まだいたの?」


目を覚ましたのだろう、彼方彩乃が弱々しい声で呟いた。

しばらく眠り続けていたとはいえ、目は赤く腫れたままだ。


「心配だったから」


自然と口からそんな言葉が漏れていた。

心配だったのは事実だし、弱々しい彼女をどうにかして立ち直らせたいと思ったのも事実だ。

それでも、そんな言葉に一番驚いていたのは紛れもない僕自身だった。


「…ありがと」


消えそうな声。

俯きがちに微笑む。

その姿が物寂しげで、思わず言ってしまった。


「死にたかったの?」


彩乃の顔が歪んだ。

俯きがちのまま、小さく頷く。


「意味なんてないもの」


「え?」


「爆発すら出来ない爆弾なんて、存在する価値がないの…生きる意味なんてないのよ」


肩を震わせて、再び彼女は泣き出した。


「私の存在がわからない、爆発するために生まれてきたはずなのに…」


「彼方…」


「助けて…お願いだから、私を助けてよ…」


似てると思った。同じだと思った。

同時に彼女を救いたいと思った。

人はなぜ生まれ、なぜ死んでいくのか。

そんなこと神でもない限りわからないだろう。

それでも、人間は生きていることが当然なのだと思い込み、その命の重さを考えることなく死んでいく。

心臓が時を刻むことを止め、この世界と別れを告げる時、人はどんな景色を見るのだろう。

この世界に生きる人間は、死ぬときに何を見るのだろうか。

知りたくなった。

だから僕は決めたのだ。


「こんな世界、僕もいらない」


「え?」


なぁ、彼方彩乃。

生きる意味がないのは、僕も同じだ。

こんな世界には、希望も未来も何もない。

それならばいっそ…


「…爆発してくれよ」


その日、空を覆っていたのは黒ずんだ分厚い雲。

それはまるで、彼方彩乃の心のようだと思った。

生きることを諦め、苦しいとのたうちまわっていた僕と彼女はこの時、確かに繋がったのだ。


自分の存在を見出だせない爆弾の彼女を救うこと。

それは、彼女を爆発させること以外にない。


ようやく、僕の世界に光が入り込んだ気がした。

決して普通とは程遠い僕らの未来だけど、決して輝かしい望みなんてないけれど。

もしも彼女が生きることに疲れ、存在価値を見出だせないなら。

僕は、彼方彩乃を爆発させるために存在しよう。

彼女の存在が爆発するための爆弾ならば、僕は彼女の起爆剤になろう。

それが、どこまでも出来損ないで、生きる価値のない僕の生きる意味だ。


「生きる意味が、存在する意味が爆発することなら…僕はそれを手伝う」


「…枷くんも死んじゃうよ」


「構わないんだ、もう生きてる必要もないしな」


「でも…私…」


「大丈夫、彼方は失敗作なんかじゃない」


僕の言葉を聞き、喜んでくれたのだろうか。

さっきとは違う色の涙が彼女の頬を優しく伝った。

考えてみれば、僕のしようとしていることは最低で愚かなことかもしれない。

この世界には、何十億という人間がいる。

きっと彼女が爆発をすれば、世界中の爆弾達が誘発され爆発するだろう。

そうすればこの世界の文明は滅び、0に還る。

それでも、僕は彼女を救いたいと思ってしまった。

目の前で肩を震わせ、声を殺して泣いていた彼方彩乃を救わなければならないと、そう思ったんだ。

それから、ようやく彩乃は笑った。

その笑顔を見るのは、2回目だ。

僕も彼女に応えようと微笑み返した、その時。



「ずいぶんと物騒な話をしてるじゃないか」



突然の声に身体が大きく震える。

後ろを振り向くと、陽人がドアに寄りかかったまま、静かな目で僕らを見つめていた。

腕を組み、口元の端をつり上げて笑っている。


まずい…。今の話、全部聞かれて…。


だが次の瞬間、陽人の口から放たれた言葉は、予想を遥かに上回るものだった。


「…好きにすればいい」


「は?」


「だから、好きにしろよ。爆発させることが彼方を救うことなんだろ?」


「お前…止めないのか?」


「止めねぇよ」


当たり前だと言わんばかりの顔をして、陽人は笑った。

爆発することは不可能だと、そう思っているのだろうか。


「俺は絆創膏取りに来ただけだ」


陽人は救急箱を勝手に開け、無造作に絆創膏を掴む。

彼の手を見ると、やはりガラスで切ってしまったのだろう。

切り傷がいくつもついていて、その傷口からは真っ赤な血が滴り落ちていた。


「なぁ、陽人」


僕の問いかけに返事をする代わりに、陽人は小さく呟いた。


「枷…最近よく、子供の時のことを思い出すんだ。お前と初めて会ったときのことをさ」


「なんで突然そんなことを」


「わかるだろ?俺はただ、お前の友達でいたいだけだ」


それだけを告げると、陽人はひらひらと手を振って保健室から出ていってしまった。


どういうことだ?

彼方彩乃が爆発すれば、お前も死ぬんだぞ。

陽人も死ぬことをなんとも思っていないのだろうか。


「まさかな…」


まあいい。

明日になればまたあいつは学校に来る。

一体どんな思いがあって、陽人は僕らを止めなかったのか。

その理由は明日、はっきりするはずだ。

そう思っていたのだけれど。


僕と彩乃が、想いを伝えあったこの日。








――胸に残る謎だけを僕に残し、一門陽人は姿を消した。












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