7月11日 AM7:49 『構造』
何も生まれない朝。
今日も、繰り返す無益な毎日の最初の1日目が始まる。
僕はぼんやりと天井を見つめながら、昨日の放課後、彼方彩乃のことを思い出していた。
彼女は失敗作の爆弾。
その話は、ここ伊並高校に入学したその日、陽人から聞かされていた。
人として生まれてくるはずの人間が、どういうわけか爆弾として生まれてくる。
これを神秘というのならその通りかもしれないが、この現象は、そこまで驚くほど珍しい話ではない。
爆弾は、5000万人に1人の割合で誕生し、姿や形は限りなく人間のそれに近い。
無論、皮膚の構造も人間と変わらない。
問題は、中身だ。
爆弾のその中身は、人間と大きくかけ離れている。
感情、いわゆる心は存在しているのだが、爆弾には内蔵器官がない。
心臓や肺が存在していないのだ。
つまり、爆弾は呼吸を必要としない。
人間と同じように酸素を取り入れているが、その存在自体に意味はないという研究結果が出されている。
心臓がないから、血液が身体中を循環することもない。
仮に切り傷を作ったとしても、血が出ることはないのだ。
その代わり、爆弾には心臓の役割を果たすものがある。
それが“コア”と呼ばれる器官だ。
コアには、エネルギーを生産、さらに蓄積する機能があり、それを身体中に巡らせることによって彼らは動いている。
コアは心臓に加え脳の役割も果たしており、頭の中、そして胸の位置に1つずつ存在しているのだ。
頭の中のコアをブレインコア、胸にあるコアはハートコアと呼ばれている。
心臓の役割を果たしているのがハートコア。
頭脳の機能を持っているのがブレインコアというわけだ。
爆弾の抱く感情は、このブレインコアの元に成り立っているとされている。
構造上、僕が知っているのはここまで。
わからないことはまだまだたくさんある。
神の悪戯なのか、悪魔の仕業なのか、爆弾の誕生について研究している人間はこの世界に多数存在しているが、やはり、今もその存在理由は謎である。
科学的な構造を持つ爆弾にも関わらず、生まれる理由については科学的に説明することが出来ないのだ。
彼方彩乃も、特別な存在になる。そのはずだった。
だが、現実は残酷だ。
爆弾として生まれるはずの彼女は、その力を持たずして生まれてきてしまった。
それが所謂、不発弾。
彼女のどこが他の爆弾と異なっているのか、僕は知らない。
ただ、不発弾と呼ばれていることから察するに、彼女は爆弾としての役割を持っていないのだろう。
彼女は昨日、たった一度だったけど、初めて僕に微笑んでくれた。
その笑顔を見た時、彼女の苦しみを思った。
僕は生きることに執着していない。
生きることも死ぬことも、僕にとって大きな違いはなかった。
爆弾は、生きることに執着しないと聞く。
当然だろう。
死ぬことが怖かったら爆発なんて出来ないのだから。
彼方彩乃は、どうだろうか。
人間でもなく、爆弾でもなく生まれてきた彼女は、死ぬことをどう思うのだろう。
僕が彼女と話したのは昨日の放課後のひとときだけだし、自ら話を聞きにいくほどの労力もない。
他人と言えば他人の彼女と、これ以上関わるつもりは無いのが僕の正直な思いだった。
今日も僕の間に流れる時間は、なんの意味も持たないだろう。
玄関に向かい、汚れた靴を履いた僕は、口から漏れたため息を止めることなく家の扉を開けた。