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泣く爆弾と世界終演シンフォニア  作者: bom
パープルレッドの黄昏
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7月10日 PM2:06 『無価値』


僕の人生は、いつだって拭えない倦怠と無益で満ちていた。

決して恵まれていないわけではない。

人並みの幸せは僕の周りで呼吸(いき)をしているし、何かに対して憤りを感じることもない。

昔から勉強は覚えようとせずとも頭の中に知識として残っていくし、運動神経も悪いと言われたことはない。

容姿もそこまで酷くはないはずだ。

そんな僕に思いを伝えてくれる人だって、今まで何人もいた。

枷は恵まれている。

そんな言葉をクラスメートから聞くこともあった。


だけど、恵まれているとは何なのだろう。

僕はこの人生に喜びを感じたこともないし、怒りを感じたこともない。

ただ益体のない日々、笑うことのない未来を送っていくのだと、そう思いながら生きてきた。

何故だろう。僕はこの人生に空しさすら感じていたのだ。


こんな思いは贅沢かもしれない。

幸せがあるのに掴もうとしない僕は、生きている価値のない存在なのかもしれない。

それでも、僕の心はずっと昔に渇ききっていた。


黒板に記された文字。

一生懸命、教科書とにらみ合いをしているクラスメート。

青空を覆うように広がる灰色の雲。

窓から流れる冷たいそよ風。


すべてが僕にとってどうでも良い存在だった。


「なぁ、枷。ここ、わかる?」


隣の席に座っている、鋭い目付きをした男に小声で囁かれる。

こいつは一門陽人(いちかどはると)だ。

中学2年生の頃から同じクラスである陽人は、気が付けばいつも隣にいる。

焦げ茶色の少しだけ癖のある髪は目にかかるほどの長さで、柔らかさというよりは鋭さが目立つ顔立ちをしている彼は、頬をかきながら困った顔をしていた。


「問1はわかったんだけど、応用問題のこれ。わけがわからない」


彼は整った容姿をしているが、知識が乏しいのだろうか。

机に投げてあったペンを拾い、彼のノートに数式を書く。


「ほら、これでどうだ」


「…やっぱり、お前って頭いいんだな」


それだけ言うと、陽人は再びノートに何かを書き始めた。

応用問題というけれど、対して難しい問題でもない。

こんなもの時間をかける必要もないだろう。

つまらない。

この流れるだけの意味のない時間も、死ぬまで使うこともないであろう勉強も、僕には価値があるとは思えなかった。


無意味な時間は、流れるのを待てばいい。

こういう時は寝るに越したことはない。

そう思い、広げていた教科書を閉じ、机に突っ伏した。

周りに何を言われようが知ったことじゃない。

幸い、クラスメートは皆優秀だ。

授業中に騒ぎ出すような程度の低い人間がいないおかげで、すぐに眠りにつくことができそうだ。

やがて溶けるような微睡みが訪れ、あと少しで眠りにつきそうだと感覚が悟った時、後ろの方から声を殺した笑い声が聞こえてきた。

無視して眠ろうと思ったが、どうにも笑い声が止む様子がない。


自分が笑われていると思うほど僕は自意識過剰ではないが、何に対して笑っているのか多少の興味はある。

まあ、理由は容易に想像がつくけど。

倒していた身体を起こし、僕は後ろを振り向いた。


…やっぱり、想像していた通りだった。


窓際の席、その一番後ろ。

そこには、失敗作の爆弾と呼ばれている彼方彩乃が座っている。

笑い声の正体は、彼女の隣席の女子生徒。

校則を無視したカールした茶色の髪を肩下まで伸ばし、化粧で顔を覆っているのは蔵町李奈(くらまちりな)だ。


彼方彩乃のノートに油性のマジックペンで何かを書いている。

ここから文字を見ることは出来ないが、きっと気分の良い言葉ではないのだろう。

蔵町の周りには、彼女の取り巻きとでもいうのだろうか。

同じように髪を染め、化粧をしている女子生徒が数人集まっている。

彼女らはズル賢い。

平塚に見つからぬよう、彼が黒板の方に向いている時を見計らい、彼女のノートに落書きを繰り返している。

彼方彩乃はそれを止めることもせず、ただ小さく震えていた。

嫌ならはっきり言えばいいと思うのだが、たぶん、そういうことでもないのだろう。

俯きながら、彼女は動こうとしない。


きっと彼方彩乃は、抗議したところでいじめがエスカレートしてしまうことを知っている。

結局、蔵町達が満足し、そのペンを置くまで彼女は黙って下を向いていた。


僕は、彼方彩乃が笑うところを見たことがない。

彼女は学校では決して笑わないし、いつもひとりだった。

それが彼女の望んでいることなのかはわからないけれど、こんな日々、きっと空しくて仕方ないだろう。


こうして、意味のなかった数学の授業が終了した。









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