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prologue
「お先に失礼します」
荷物の入ったカバンを抱え仕事場を出ると、少しだけ温かい夏の匂いがした。
橙色の空が広がるこんな日には、彼女の笑顔を思い出す。
僕の隣で笑っていたあの人の声が、今も頭のなかで響いている。
こうして歩いて家に帰るのは、どれくらいぶりだろうか。
立ち並ぶビル群に、毎日を焦ったように生きている人たち。
あの頃と何も変わらない。
いや、少し変わったかな。
「…あっ、すいません」
空を見ながら歩いていたせいだろう。
誰かと思い切りぶつかってしまった。
「こちらこそ、ごめんなさい」
そういって困ったように笑った女の人。
彼女もまた、こんな素晴らしい毎日を生きている人間のひとりなのだろう。
ここ数年で爆弾が生まれたという話を聞くことはなくなった。
もしかするとこの世界に爆弾が生まれることは、もうないのかもしれない。
“爆弾”
その言葉を聞いて思い出すのは、20年前。
不発弾・彼方彩乃と生きた、あの幻のような日々だった。
少しだけ、昔の話をさせてほしい。