月・鞠・見えない殺戮
「くっくっく……」
全く、ちょろいものだ。今月に入ってもう五人目。でも誰も僕が殺したとは思っていないだろう。それもそのはず。
これはただの“事故”なのだから。
手口は簡単。このサッカーボールを、対象者の背中目がけて蹴り込むだけ。昔風に言うと、蹴鞠、だっけ? 要は高貴なこの僕にふさわしい道具、それがこいつなのさ。
それもただ蹴り込むんじゃない。ある時は道路の真ん中、またある時は歩道橋の真下へ、ある時は崖の上から。そうすれば、自動車が、電車が、重力が、その人を殺してくれる。僕はただ、背中を押してあげるだけ。そうめんよりもさっぱりと、底が見える澄まし汁よりもあっさりと、人は簡単に死ぬのである。
最初は、ただの腹いせだった。こんなにも能力に満ち溢れ、才能の塊であるこの僕を、レギュラーから外した監督への、ちょっとした復讐のつもりだったのだ。だから、階段にいる彼を後ろから狙った時も、数段落ちて怪我を負ってくれさえすれば、それで満足だったのに。
神は僕に、二物を与えたようだ。
すなわち、サッカーの才能と、殺人鬼の才能を。
それからはもう、毎日が楽しくて仕方なかった。レギュラーなんてどうでも良い。だって僕は、この力で人の生き死にを操れるようになったのだから。翌日の新聞の地方欄の片隅で、僕が起こした殺人が事故として処理されるのが、たまらなく面白かった。もっとも、この辺りは元々、事故が多発する地域なので、紛れてしまうだけかもしれないが。三流の雑誌なんかは、“見えない殺戮”なんて格好良いタイトルを付けてもてはやしていたが。って、あれは僕がこの才能を開花させる前の話だったっけか。まぁ、どうでも良いけど。
そして今日も僕は、深夜になるまで待ってから、行動を開始する。
「さーて、今日は誰にしようかなっと」
この前は女子高生だったから、今日はおじさんにしようかな。なるべくばらかして、出来るだけばれないように。そうやって狙いを定めていた僕は、背後からやってくる影に気が付かなかった。
それは突然現れた。煌々と照らす光が雲によって途切れた、その一瞬の間に。
「こんばんは」
まるで道端で出会った様な気軽さで、彼女は後ろから声を掛けてきた。
「こんばん、は……?」
僕は挨拶を返すよりも先に、気付かなければならなかった。僕が何故、今まで誰にも見つからないで犯行を繰り返しているのか。それは、夜に行っている事もあるが、もう一つ。僕は自宅の屋根の上から、ボールを蹴っているのだ。だから、誰にも見つかる事は無いと、そう思ってこの場所を選んだのに。
他に誰か上がってくる人間がいるとしたら、それは――。
「私の名を騙る偽物さん、貴方の獲物で、地獄に堕ちろ♡」
言い終るや否や、僕の頭に鈍い衝撃が走った。続いて足が地を離れ、ふわりと体が浮き上がる。その瞬間、やっと僕は思い至る事が出来た。
そう。彼女こそが、本当の殺人鬼だったのだ。
これだけ毛色が違うような気がしなくもないですが、これこそ縡月さんの真骨頂。
しかし屋根の上から狙い通りにボール当てられるなんて、才能の無駄使いも甚だしいですよね。




