春・アルバム・業務用の山田くん(レア)
リハビリです。
埃っぽく、整理整頓も行き届いていない、御世辞にもきれいとは言えない事務所の倉庫で。若い男二人と、中年の男が険しい表情で話し合いをしていた。
「今年も、この季節がやってきちまったようだ……」
「ま、まさか、社長」
「アレを使うんですか!?」
若い男二人が、沈痛な面持ちで年嵩の男を見る。社長と呼ばれた男は腹をくくっているようで、諦めたような、しかし強い意志を持って言う。
「仕方ない、仕方がないんだ。皆、この春の駆け込み需要でてんやわんやの大忙し。つい一昨日には、佐藤さんが過労で倒れちまった。大事には至らなかったとはいえ、それもすべて俺の責任だ。だから」
彼はそこで、ひとつ息をついた。おそらく、躊躇いもあったのだろう。けれども、この会社を救えるのは自分しかいないという責任感が、彼を奮い立たせる。社長は意を決し、言った。
「“山田くん”を使うぞ」
その耳慣れない言葉が出た瞬間、若い男二人の顔から血の気が引いた。
“山田くん”とは超高性能印刷機の名称である。印刷機のくせに何故か人工知能が搭載されていて、写真の修整は勿論のこと、ページふりやレイアウトまで考えて印刷をしてくれる、非常にありがたい機械である。しかし、その有能さゆえなのか、彼は少々我儘にできている。
『おいこらてめえ、俺を一年も放置とはいい度胸じゃねえか』
こんな風に、普通に喋るのだ。
そもそも、この会社はとある町の小さな印刷会社なのだが、この時期――三月になると、地元の小中学校からの要請で、卒業アルバムの印刷に追われてしまう。学校というのはなかなか難儀な機関であり、しかもアルバム制作はほとんど生徒が行うため、納期なんてあったものじゃない。おかげで二月は印刷機をフル稼働。人も休まず働かなければ、アルバムが卒業式に間に合わなくなってしまうのだ。
そんな時発売されたのが、“山田くん”だった。人手不足のこの会社にとっては願ったり叶ったりで、即導入されたのが、紙からインクから非常にこだわり、それを買いに走らされる人間はたまったものではない。しかしそれでも、彼を使用した方がはるかに早く仕事が片付くというのは難儀なものである。
というわけで、社員は機会にこき使われるという、パシリイベントを覚悟していたのだが、
「社長、グッドニュースです!」
「どうした!?」
「“山田くん”の後続機が出ました!」
「なんだと!?」
「しかも今度は言うこと聞きます! 順応にできているようです!」
「金はどうにかする! 買ってこい!」
『え……。俺、出番終了……?』
こうして大変貴重な印刷機“山田くん”はその三年の生涯に幕を引き、代わりに“業務用の山田くん”が導入されたのであった。