幻夢抄録―目覚め―帰還
無事、故郷の村に到着した二人。
二人は、暫しの休息をとった…
異界が舞台の、壮大スペクタクル。
「瑪瑙ってば、どこまで行くの?」
二人は、村はずれの、畑の脇を歩いていた。
「俺ン家、もう、村に戻ったんだし、寝る場所が必要だろ?」
「え?」
氷魚は、首を傾げた。
「ほら、ここだ。二人で棲むには、ちとキツイかもしれんが」
「え…ここ」
そこには、石造りの、一戸建てが建っていた。
「こいよ、氷魚…ひとまず、休もうぜ」
「うん。あっ!土足ッ、靴脱ぐから待って…」
「そんなん、後でいいよ」
扉を閉めると、言うよりも早く瑪瑙は、氷魚を抱き寄せて、居間に据えていた、榻に座った。
「長旅、ご苦労さん」
瑪瑙は、氷魚を、膝の上に座らせて抱き締めた。
「瑪瑙…苦しいわ」
腕の中で、氷魚は、じたばたともがく。
「離さない」
「や―‐んっ」
氷魚が、もがけば、もがく程に、腕は締まっていく。
「けほっ…けほ!」
「悪ぃ、やりすぎた…平気か?」
「口きいてやんないものっ」
つん、とそっぽを向く氷魚。その頭を、瑪瑙はくしゃくしゃとかき混ぜた。
「なにすンのよバカぁ―‐っ!」
瑪瑙の手を叩き落とし、氷魚は、瑪瑙を追いかける。
子猫のようにじゃれ合い、いつの間にか、どちらからともなく、笑い出していた。
「きいてンだろ、口…」
面白そうに、瑪瑙は笑う。
「いじわる…」
「もっと、してやるか?」
「いらないわよっ、もう…」
「もう?」
「子供みたい…」
「悪かったよ、ごめん」
「ん〜、どうしよっかなぁ」
「許せ」
瑪瑙は、こつん、と額と額を合わせて言った。
返事の代わりに、氷魚は、瑪瑙の胸を、拳で軽く叩く。
「散歩してくる」
「俺も行く、いいか?」
「うん」
畑の側を、村の方へ歩いていく途中に、二人の側を、子供が三人、笑い合いながら走っていく。
「ねえ、瑪瑙」
「ん?」
「ありがとね?あたしを、ここまで連れてきてくれて」
ふわり、と柔らかく笑う彼女に、瑪瑙は一瞬、胸の高鳴りを覚えた。
「お、おう」
風が渡り、彼女の鮮やかな赤い髪を、一頻りなびかせていく。
両腕を広げて、遊ぶ彼女の姿は、まるで、風のようで、いや、風そのものの様に思えて、瑪瑙は、目を見はる。
その場所から、動くことができなかった、瑪瑙は、その時初めて『怖い』と思った。
消えてしまう、なぜかそう思った時、氷魚を、きつく抱き締めていた。
「やだ、どうしたの?怖い顔して」
「どこにも、行くな…」
「ヘンな瑪瑙、行くって、どこに?あたし、まだ右も左も分からないのよ?」
「あのまま、飛んでいきそうだった…」
「え、あたしが?」
不思議そうに首を傾げ、氷魚は笑った。
「もういいよ、なんでもねぇ」
そっと、彼女を放してやる。
「やっぱりヘンなの、ほらほら、早く行こうよ」
「ん…」
無邪気に笑う彼女に、言いしれぬ不安を感じるのは、なぜだろうか?
ひどい、胸騒ぎがする…