幻夢抄録―目覚め―帰還
「すごい…」
氷魚は、村の、活気溢れる様に目を見はった。
木材を組み立て、釘をうつ音、人々の喧噪が、飛び交っている。
人として暮らしていた、もう一つの故郷にも、なじみ深い光景だ。
「氷魚…」
瑪瑙は、氷魚を気遣い、彼女の肩をそっと抱いた。
「なんだか、切ない…ここが、あたしが…本当に生きるべき場所なのね?」
「柘榴も満足してるだろ、お前が、戻ったんだからな」
「そう、なのかな…」
氷魚は、村を見渡した。
焦土の地面には、小さく、弱々しいながらも、草の芽が芽吹いている。
戦火に灼かれても、なお生きようとする、懸命さが、この村の人々と、ひどく似ていた。
「強いのね、みんな…」
「ああ。ここで、生きていこう、二人で」
「うん…」
二人の唇が、重なろうとした瞬間、そんな甘やかな雰囲気が、突然破れた。
瑪瑙の頭に、木材の切れ端が、直撃したからである。
「い゛っで!?ってぇ〜…」
「瑪瑙ッ、だ、大丈夫!?」
オロオロとする氷魚。
「お―‐すまんなぁ、おい、大丈夫か?んなとこで、いちゃついてっからだぞ?」
「ご、ごめんなさ…」
その時、謝ろうとした氷魚を、瑪瑙が遮った。
「なぁにしやがる!?このクソ親父っ!氷魚にぶつかったら、どうするんだっ」
「え?」
氷魚は、屋根の上にいる男と、瑪瑙を見比べた。
瑪瑙の、父親らしき男は、身軽に屋根から降りると、二人の方に近づいてきた。
「ったく!わざとぶつけやがって…まだいたのかよ」
頭をさすりながら、毒づく瑪瑙。
「お前こそ、女ひっかけて戻ってきやがって…柘榴の妹は、見つかったのか?」
「あ、あの、瑪瑙?」
一人、取り残されていた氷魚は、おずおずと瑪瑙に声をかけた。
「ん?ごめんな、なんだ?」
「そのヒト、瑪瑙の、お父さん?」
「ああ。残念ながらな」
苦笑ぎみに、瑪瑙は言った。
「あ?なんだ今のは…聞き捨てならんなぁ」
「あんだよ、文句あっか!」
「大ありだ!」
(なんか、二人ともそっくり…おもしろいかも)
氷魚は、そんな二人のやりとりに、おもしろそうに、くすくすと笑った。
「ねえ」
「え?ええっ!?」
氷魚は、いつの間にか、側にいた彼に、驚く。
「君さぁ、どっかで会ってないかい?」
「っだぁ!またそういう、ありきたりなっ、こいつが、柘榴の妹だよっ」
瑪瑙は、氷魚を庇って、きつく抱き寄せた。
「く、苦しい、瑪瑙」
「だからかあ、どうりで懐かしい感じがしたわけだよな。よく帰ってきてくれたね、えーと…君の名は?」
「ひ…」
答えようとした、氷魚の代わりに、また瑪瑙が言った。
「氷魚、だ。さっきも言ったが、柘榴の妹で、俺の嫁さんだ」
「嫁、ねぇ…どうせお前のことだ、ムリ言って迫ったんだろ〜?」
「ちっ、ちげーよバカ!おら、さっさと仕事戻れっ、行くぞ、氷魚」
「あ、うんっ!」
呆けていた氷魚は、慌てて、瑪瑙の後を追いかけていった。