若気の至り
大学三年生になって、それまでの四畳半共同トイレから
曲がりなりにもバストイレ付のアパートに移ることが
出来た。これはひとえに奨学金が入ることになった
おかげで、勉学に使わず生活の豊かさを求めてしまった
ところに僕のいい加減さがある。多くの真面目な奨学生の
皆様、ごめんなさい。でも、奨学金で海外旅行に行った
某君みたいなのもいるから上には上、いや、下には下が
いるわけだ。
場所は田無。今は西東京市というのだろうか、北口から
10分ぐらい歩いた住宅地だった。青梅街道と新青梅街道の
間の、そう当時は近くにあの清原選手の住む高級マンションが
あって、よくコンビニで立ち読みしている姿を見かけた。
大学に通うのにも便利で賃料も安いとなると、田無は絶好の
場所でサークルのメンバーも4人ぐらい住んでいた。
ある暑い夏の夜だった。僕の家の前は公園になっていて
夜な夜なブランコが揺れる音で不気味だったのだけれども
その夜は僕たちが不気味な存在だったかもしれない。
僕たち、そう僕と後輩のG君。そしてS君もいたかな。
何人かで公園でたむろっていたのだが、ほんと、高校生じゃ
あるまいし、どうしてそこにいたのかは思い出せない。
しかも、ご丁寧に花火が用意してある。
誰が言い出しっぺか、それも今となっては、はっきりしない
わけだけれども、公園を挟んで僕のアパートの真向かいが
どこかの専門学校の女子寮だった。僕らは、何とかお近づきに
なりたくて、多分、ロケット花火だったと思うが、その女子寮に
向けて打ち込んだのだ。完全に常軌を逸している。今なら
警察沙汰だろう。しかし、時代はバブル。バブルとは何の
関係もないかもしれないが、みんな常に常軌を逸していた
ような雰囲気だったので、そんな無謀な行動でさえも日常の
一こまにしか過ぎなかった。
当然の如く、中から何人もの女子学生が外に出てきた。
別段、怒っている素振りはない。こういう場面で、俄然、力を
発揮するのがG君。如何せん、話がうまいし特に女性との
良好な関係を作るには打ってつけの人物。合コンをやると
器用な手つきでマジックを見せて、僕たち男を含めてすべての
視線を釘付けにするのだった。G君は期待通り、その女子寮の
女の子と会う約束を取り付け、僕らは初志貫徹。気分良く
明け方まで祝杯を挙げた。
それで、その後だけれども、これはノンフィクションなので
特段、落ちもないのだが、何度か会ったんだけれども
結局のところ、英語のレポートをやらされて、引っ越しの
お手伝いをしただけの、まさに使い勝手のいい男たちとなって
しまった。自分で言うのも何だが、僕らのサークルのメンバーは
みんな人がいい。アパートにだって遊びに来たこともあったわけ
だけれど、それで特段、何かがあったわけでもなく、いや、本当に
いい人たちとしかいいようがない。レポートの点がよかったと
喜ぶ女子学生の姿を見てこっちも喜んでいた。
そんな無謀な僕らも40を越え、それぞれそれなりの立場に
なって偉そうにしているわけで、だけど、今でもたまに会うと
堰を切ったように、当時の話をして大笑いしている。
部下には絶対に話せない若気の至りというやつか。




