反攻の序曲
暗黒種族連合という砦を失った暗黒種族は、十字軍の討伐で辺境に追いやられながらも絶望的な抵抗を続けていた。
そんななか、秘密裏に反攻作戦を計画する暗黒鉄道結社シュバルツァークロイツの謀略と陰謀が今動き出す……
暗黒種族連合が消滅してから約80年……
暗黒種族達は十字軍の討伐により、辺境に追いやられながらも抵抗を続けていた。
辺境の鉄道の街
[イゲルフェスト]
『総帥、吉報です!』
『総帥、起きて下さい!』
『……なんだ…サラか…』
起こされた少年は眠そうに目を擦りながら、ベッドから這い出す。
彼は魔族と人族のハーフで名前はフラウ・ラッテである。
勘の良い人なら既にピンと来るかも知れないが、彼は魔王バフメド・ラッテと人族の女性の間に産まれた子供なのである。
年齢は今年で120歳……人間の12歳に相当する年齢でまだ幼い。
しかし彼は暗黒鉄道結社シュバルツァークロイツの総帥という立場にある。彼を起こしたのは、サラ・オルコットという20代くらいの黒髪の女性である。
彼女は人族でありながらフラウが最も信頼している側近である。
『……吉報って?』
『はい、カタルシア解放戦線が首都のターラスを征圧、カタルシアから十字軍が撤退いたしました。』
フラウの服をパジャマからスーツに着替えさせながらサラは報告した。
普通ならば自分で着替えろと言うのだろうが、彼女は絶対にそれは言わない。
なぜなら、彼女はショタコンでこの朝のひと時は彼女にとって何事にも変えられない癒しのひと時なのである。
まあ、完全に変態的な行為ではあるが、命が惜しければその点には触れない方が良いだろう。
実は彼女は元十字軍の聖者であり、フラウの暗殺をするために忍び込んだは良いが、フラウに一目惚れし暗殺失敗どころかミイラ取りがミイラになる始末……
信仰はどこへいったのかとツッコミたい所だ。
着替えが完了し、フラウは少し考えた後、こう答えた。
『確かカタルシアはマナ鉱石が採掘可能、なら採掘事業と輸送の利益で元は取れそうだね♪』
暗黒鉄道結社シュバルツァークロイツは、現在主流となっている亜空間シップとは別の手段で別のブレーンに物資を輸送する。
それが亜空間軌道と呼ばれる亜空間を走る列車の鉄道網である。
更にシュバルツァークロイツの列車は特殊な台車で自由な空中走行を可能にするエアレールシステムと呼ばれる無軌道走行装置を装備し、シップと同等の性能を持っている。
なぜ、こうしたのかというと、亜空間シップの建造は連邦政府に管理されており、秘密裏に物資の輸送手段を確保するという目的が達成できない、その為、シュバルツァークロイツは辺境の鉄道の街イゲルフェストの列車を元に亜空間走行が可能な列車を造ったのである。
シュバルツァークロイツの亜空間軌道網が稼動し始めると、抵抗軍の物資不足は解消し、戦況は好転しつつあった。
更に、暗黒種族側で採用されている魔導機関の燃料マナルやミスリル合金の原料であるマナ鉱石の安定供給が可能になり、物資不足で活動が制限されていた各地の抵抗軍の活動が活発化する事を意味した。
連邦政治の中心都市
[ジュリアス]
その頃、連邦議会は大混乱となっていた。
『やはり彼等とは和解し、共存すべきだ!』
『何を馬鹿な!邪悪な種との和解は主がお許しにならない!!』
『そもそも宗教が政治に介入したことに問題がある!』
『黙りなさい!主の教えに背く政教分離主義者め!!』
パウエル教皇率いる十字教会派とジョージ・トルーマン率いる政教分離主義派の対立は決定的なものとなっていた。双方の議席は拮抗しており、お互いが拒否権を連発しあい、連邦議会が機能しない状態となっていた。
当然、連邦軍は連邦議会の承認が得られず、全く動けない状態に陥り、暗黒種族の討伐は十字教会の戦闘機関である十字軍のみで行われていた。
そして、間もなく行われる議員選挙に向けて両派の攻防は一層激しさを増していた。
『トルーマン議員!今回の選挙は政教分離派に有利であるとの意見がありますが……』
議事堂を出るトルーマンをマスコミが取り囲んだ。
『さあね……選挙は選挙権を持った連邦市民が結果を決めるものだよ……』
『ただこれだけは言えるね……民の事を考えない王はいずれ民の力で引きずり降ろされる。』
トルーマンは足を止め、丁寧に考えを説明していく。
当然マスコミの印象も良く、民意を反映した政策を進める議員というイメージが定着しつつある。
更に政教分離派は独自の資金で中央、辺境問わずインフラ整備や福祉等のばらまき投資により絶大な支持を得ていた。
『政教分離派は各地に高額な投資をしていますがその資金の出所は?』
『我々の考えに賛同して下さっている支持者からの資金援助だね。資金の流れを調べてみれば直ぐにわかるよ。』
彼等の資金は彼等を支持する企業からの支援金であるとされているが、それは表向きの話しである。
『議員、そろそろお時間が……』
トルーマンの横に居る秘書が耳打ちする。
『まだ質問したい事があるかもしれないが、生憎今日は急ぎの要件があってね……』
『残りは私の事務所にメールで質問しておいてくれ。』
彼はそう言うと、急いで車に乗り込んだ。
車が走り出すとトルーマンは一息つくと、
『この後の予定は?』
と秘書に尋ねた。
その時、助手席に座っていた二人のゴスロリ服を着た少女が手で合図を送った。
真っ白な肌、深紅と薄紅のオッドアイの8歳ぐらいの双子で帽子にはシュバルツァークロイツのマークがついている。
『じゃ……』
トルーマンは邪神と言いそうになり慌てて口を押さえた。
彼女達はシュバルツァークロイツに大量の資金や特殊な技術をもたらした双子の暗黒神であり、双子の邪神様として暗黒種族に崇められている、ラズロット・ファルとリズロット・ファルである。
『盗聴器は全部外したのだ♪』
リズロットは盗聴器を見せつけた。
『空間も隔離したから外に情報は漏れないのです♪』
ラズロットは本を読みながら素っ気ない態度で言った。
『……し……神出鬼没ですね貴方達は……』
トルーマンは呆れ気味に言った。
『サプライズは大切なのです♪』
『トルたんビックリなのだ♪』
二人はトルーマンを驚かせるのに成功した事に満足し上機嫌だ。
『それより…この度の資金援助につきましては、感謝の言葉もございません。』
トルーマンは双子に深々と頭を下げた。
そう、彼等の資金援助は全てこの双子から出ているのだ。
当然資金の流れは巧みに偽装され表向きには多数の企業献金という形になっている。
しかし、彼女達がどうやって国会予算顔負けの資金を用意したのかは完全な謎である。
『人は生活が苦しいから信仰に頼るのです♪』
『しかし、王がパンをばらまけば、人は神より王を選ぶのだ♪』
トルーマンは可愛らしい子供の顔で恐ろしい事を平然と話す二人に恐怖を感じていた。
彼女達は人では無く邪神なのだと彼は再度認識するのだった。
『所で、まだご用件を伺っておりませんが……』
トルーマンは話しを本題に戻すと、二人の顔は無邪気な子供の顔から邪悪な暗黒神の顔になる。
『ちょっと様子を見に来ただけなのです。』
ラズロットはそう答えただけだったが、明かに他に理由がある様子だった。
その時、リズロットが何かに気付いたのかラズロットに目で合図を送った。
ラズロットは頷くと、
『それじゃあ、時間だから帰るのです♪』
と言い、霧のように消えてしまった。』
リズロットもそれに続き消えてしまった。
『あの……彼女達は?』
秘書がそう尋ねると、トルーマンは多額のチップを運転手と秘書に渡しこう言った。
『今見た事は忘れなさい……命が惜しければね。』
運転手と秘書は頷いた。
長きにわたる迫害に耐えてきた暗黒種族がついに牙を剥く!
戦争に正義は無い、同時に悪も無い。
人は自分の価値観が常に正しいと信じています。しかしその価値観のぶつかりあいが戦争なのでは?
皮肉な事に人間の正義感そのものが戦争を産む……
そう考えると正義って何なんだろうかと考えてしまう。