堕天使③
今回で反旗の章は終幕です。
双子の魔獣退治はどうしたかって?
それは次章への布石なのでお楽しみに♪
ちなみに今回で完全に3大勢力体制が整い、仮染めの平和な時代(冷戦)に入ります。
浮遊大陸の聖都
[セントノア]
セントノア防衛の要であるセントノア近衛艦隊がウェルナール回廊に侵入した連邦第6艦隊の迎撃のために出撃した事により、セントノアの防衛能力は著しく低下していた。
そして、その低下した防衛能力に付け込みシュバルツァークロイツの第3ヴェファリア列車総隊はセントノア周辺まで発見される事無く侵入していた。
『工作員、1名を除き回収ポイントへ移動完了。』
『遅刻しているのは誰かな?』
ローザ中将の報告に紅茶を飲みながら、ダーク元帥が冗談気味に質問する。
『はい、ヨブ枢機卿とナタリー助祭を担当している、片桐 仁です……』
活動中の工作員の座標情報を監視していたオペレーターが返答した。
そして、立体映像を表示させ、現在地下を移動し回収ポイントに向かっている最中であることを説明した。
『まぁ、10分遅延ぐら……ちょっと待って下さい……』
何かの異変に気が付いたのか、オペレーターは立体映像の表示を忙しく切替、セントノアの詳細な様子を表示させる。
そこには、回収ポイントに高速で接近しつつある聖騎兵と思われる集団が表示されていた。
『ダーク司令官、このままでは……』
焦りながら指示を仰ぐオペレーターにダーク元帥は溜息を漏らす。
『やれやれ、怪盗のように鮮やかに行きたい所でしたが……血生臭くなりそうですね……』
一呼吸置くと彼は、『全車戦闘配備、光学迷彩を解除、敵の目をこちらに引き付ける……全車突撃。』と穏やかな口調で命令を下した。
第3ヴェファリア列車総隊の列車群は、光学迷彩を解除し勇ましく汽笛を鳴らすと、突撃を意味するミュージックホーンを奏でながら次々とセントノアへ突入していった。
その頃、仁達は下水の流れる地下道を回収ポイントに向かって走っていた。
『あぅ~嫌な臭い……』
汚物が漂う下水道の悪臭にナタリー助祭が顔をしかめる。
『無駄口を叩く暇があるならその分走れ、既に回収予定時間を過ぎている。』
そんなナタリー助祭を急かす仁、ナタリー助祭は『言われなくても分かってます!』と頬を膨らませ抗議し、走る速度を少し上げるが、所詮幼い彼女の走る速度は、たかが知れている。
当然、集団から遅れていき、それを見兼ねたヨブ枢機卿が彼女を背に負ぶって走る事にした。
その時、
ドォーン……
爆発音と共に地震の様に地下道が揺れた。
ドゴォォン……
ズズゥゥン……
更に爆音と揺れが続く。
『何事ですか?!』
『おそらく、敵が動き出したな……だが問題無い、ダーク元帥が敵を引き付けてくれるはずだから、先を急ごう。』
慌てるヨブ枢機卿を落ち着かせるために、仁は問題が無い事を強調した。
しかし、彼は内心焦っていた。
敵が動き出したということは、回収ポイントが発見され攻撃を受けている事になる。
まあ、光学迷彩を使用しているとは言え、回収用の強襲揚陸列車(レール無しでも離着陸可能なタイヤ装備型の兵員輸送列車)が停まっているのだ、発見されて当然だ。
問題はその後だ、ヴェファリア列車総隊が敵を引き付けるとはいえ、回収ポイントの強襲揚陸列車を長時間停車させる事ははできない。
セントノアを守る戦力は主力の近衛艦隊が不在とはいえ、地上は聖砲(天使達が伝えた聖なる力を打ち出す砲)で武装した砲兵団約2万や聖者を中心とした聖騎士団約3万、空は聖竜を駈る聖騎兵団約2万とかなりの規模の戦力であるからだ。当然、現時点で100編成程度しか列車を持たない第3ヴェファリア列車総隊が取る選択は速やかに回収作業を終わらせ撤収する事である。
つまり、時間が無いという事である。
仁は走る速度を上げ、ヨブ枢機卿が急ぐように仕向ける。
『聖騎兵40接近、高度1000メートル、方位1320(ひとさんふたまる)』
『20ミリ対空魔導バルカン砲、自動迎撃モード』
ヴォォォォン……
ヴォォォォン……
20ミリ魔導バルカン砲は悪魔の咆哮の様な発射音とともに、毎分7200発で魔力の固まりを撃ち出し攻撃を開始する。レーダーと連動したその攻撃は正確に接近する聖騎兵を次々と肉塊に変えていく。
『方位1000より聖騎兵120接近中!』
『数が多いですね……魔導衝撃砲、一斉射……ってえ!!』
ドシュゥゥゥ……
ドシュゥゥゥ……
ダーク元帥の射命令と共に、ヴェファリアを初めとした軽戦闘列車が40センチ魔導衝撃砲の一斉射撃を行い、聖騎兵を吹き飛ばす。
機動力を重視する第3ヴェファリア列車総隊には、足の遅い重戦闘列車は存在しない。
軽量で高速な軽戦闘列車を中心とした高速列車部隊なのである。
この軽戦闘列車の主砲として採用されている魔導ショックカノン砲は薬室内で魔力を爆発させ衝撃波を発生させ、砲身内でその衝撃波を収束させ撃ち出し攻撃する反動兵器で、撃ち出された衝撃波は広範囲に広がるため、対空兵器として非常に使い勝手が良い。
しかし、通常主砲として採用される魔力で直接攻撃する魔導メーサーカノン砲と比べると、射程距離が短く、また破壊力も劣るという欠点を持っている。
しかし、第3ヴェファリア列車総隊では、航空列車を増やし航空戦力を強化する事で火力不足を補っている。
つまり、空襲から航空列車を守るという意味では対空戦闘に特化されている魔導ショックカノン砲の方が適しているのだ。
『おのれ!忌ま忌ましい下等種族め!!』
教皇府の謁見の間では、次々と入ってくるあまり芳しくない戦況を報告にアモス枢機卿が苛立っていた。
『まぁ、そう苛立っ事は無いではないか……』
『うむ、数はこちらの方が多いのだからな。』
謁見の間には、他にもイエフ枢機卿、ハバク枢機卿の姿もあった。
第3ヴェファリア列車総隊の100編成に対し7万という圧倒的な数で十分対抗できると余裕をみせる。
確かに、単純な数の比較では、圧倒的に有利だといえる。
しかし、彼等は出撃準備のできた隊から逐次出撃させるという戦術的に有り得ない愚行を犯していた。
当然、逐次投入された戦力は、旗車のヴェファリアを中心に統制された第3ヴェファリア列車総隊の反撃により、次々と各個撃破されるという悲惨な戦闘が繰り広げられている。
『全く……もう少し知的な戦い方ができないのかね……』
『仁が間もなく回収ポイントに到着します。』
敵の余りにも愚かな戦術に呆れ果てたダーク元帥の愚痴を完全に無視してローザ中将が仁達の現況を報告する。
『ふむ……それでは回収用の列車を、最後の1編成を残して離陸させて下さい。』
『そうですね、確かに敵の用兵には知性のかけらも感じられませんね♪』
『ローザ中将……』
『はい♪何でしょうか?』
『わざとやってますね?』
『はい♪もちろんです♪』
『…………。』
『来たぞ!遅いぞ仁!!』
砲兵団がばらまく聖属性砲弾の雨の中を仁とナタリー助祭を背負うヨブ枢機卿が回収用の強襲揚陸列車を目指し走る。
周りは降り注ぐ砲弾により無数のクレーターが作られ、美しい造りの広場は見る影もない無惨な姿にされていた。
回収用の強襲揚陸列車は最後の1編成のみが停車しているだけで、残りの4編成は既に離陸してしまっている。
つまり、仁達を回収すれば最後の1編成も無事に離陸する事ができるのだ。
『あんた達がゴネたせいで仲間に迷惑をかけちまったようだ……』
『面目無い……』
冗談混じりに皮肉を言う仁に、ヨブ枢機卿は申し訳無さそうな顔をする。
しかし、その背中のナタリー助祭は頬を膨らませ仁を睨み、私達は悪く無いと目で訴えかけてている。
『まぁ、列車に乗っちまえばこっちのもんだ。』
仁は苦笑いしながら最後の1編成の列車を指差し走る速度を上げる。
その時、近くの壁を突き破り現れるた馬車が、仁達の前に立ちはだかる。
2頭の幻獣ユニコーンに引かれた銀色の馬車には、無駄に彫刻が施された砲身が鎮座している。
『ちっ……砲馬車か!』
砲馬車とは、聖砲を搭載した馬車を幻獣に引かせた十字軍では戦車に相当する兵器である。
一見旧式で弱そうに見えるが、幻獣の発生させる魔法障壁により連邦軍の主力戦車[コスモシャーマン]やシュバルツァークロイツの主力戦車[ネオタイガー]と同等の戦力を有している。
『~~~~っ!!』
砲身を向けられ咄嗟に身を屈める仁とヨブ枢機卿だが、その砲身が火を噴く事は無かった。
ズドドドドォォォン……
砲馬車の魔法障壁をぶち抜き粉々にする鉄の嵐が吹き荒れた後に、
ヴヴヴヴヴヴ……
ヴォォォォン……
という耳障りなサイレンと共に悪魔の咆哮の様なバルカン砲の発射音が鳴り響いた。
空を確認すると、回収用列車の上空をタンクキラーとして恐れられる攻撃機[シュトゥーカⅡ]が飛び回っていた。シュトゥーカⅡは機首に30ミリ魔導バルカン砲を装備し、急降下しながらそのバルカン砲を浴びせ戦車を破壊する。
更に急降下する際の風を利用し耳障りなサイレンを鳴らし相手の士気をくじく。
その他、対地攻撃用のミサイルや爆弾を装備し、正に戦車の天敵と呼べる攻撃機である。
シュトゥーカⅡの群れは物陰に潜む砲馬車を次々とスクラップに変え、一通り片付くと、左右にバンクして帰到していった。
『あれは……』
『ああ、ルデル重工が設計したキチガイ攻撃機だな……戦車を潰す事への執念が産んだ悪魔と言って良い機体でもある……』
唖然とするヨブ枢機卿に仁が頭をかきなから説明する。
ルデル重工とは攻撃機専門の開発を行うシュバルツァークロイツの傘下企業で、戦車を破壊する事に執念を燃やすキチガイ兵器メーカーとして非常に有名な会社である。
『なるほど……あれがルデル重工が産んだ悪魔ですか……』
ヨブ枢機卿はシュトゥーカⅡの存在は知っていたようだ。
それはともかく、シュトゥーカⅡが周囲の敵を一掃してくれたお陰で、仁達は無事に回収用列車に辿り着く事ができた。
『ダーク元帥、回収作業完了致しました。』
『うむ、進路をウェルナール回廊へ、ジュリアス経由でブリザットに帰到する。』
ダーク元帥の命令で、すべての列車がターンし、ウェルナール回廊に進路をとる。
各列車のTCAI(列車をコントロールする人工知能を持ったシステムでキンダーガルテン号のリタはこれの発展試作版)同士の自動連携により一切混乱は生じない。
その後、第3ヴェファリア列車総隊はウェルナール回廊で睨み合うセントノア近衛艦隊と連邦軍第6艦隊のすぐ横を挑発するようにすり抜け経由地のジュリアスへ向かい、当然近衛艦隊はそれを追撃する動きをみせたが、連邦第6艦隊がその進路を遮る動きをみせると渋々追撃を断念し、睨み合いを更に続ける事になる。
この飛行戦艦の様なプロペラ付きの近衛艦隊と、宇宙船の様な未来的なデザインの連邦第6艦隊のシュールな睨み合いは、連邦議会と教皇府での話し合いにより、明確な境界線が定められるまで続く事になる。
そして、教皇府は連邦軍と暗黒武装鉄道結社という二つの敵を作ってしまった事により、完全に動きを封じられた事を今更ながらに理解した。
なぜなら、今の配置のままでは、手薄になった守りの隙を付き、容易に聖都セントノアへ攻め込める事を第3ヴェファリア列車総隊が実証してしまったからだ。
当然教皇府は、辺境地域に遠征していた十字軍全軍を呼び戻し、自軍の領域の守りを固める事になり、そして辺境地域の安全が保障された暗黒武装鉄道結社は悠々辺境地域で勢力を伸ばし組織を巨大化させる事となる。
こうして、暗黒種族達の掲げた反旗は長きにわたる暗黒の時代を経てようやく実を結ぶ事となり、それはこれから始まる長い三つ巴の勢力の争いの時代の幕開けでもあった。
~反旗の章 終幕~
次章へ続く……