奇跡の流星群、一夜のふたごねこ
ここはケモノみの森。
ケモノの耳が生えた珍しいヒトたちが暮らす森々。
そんな森のなかの一つの森、ヨモヨミの森で暮らす一人の少女が送る、今日の物語。
彼女は『もこ』。猫耳をもつ猫少女。
わたしはここ最近、同じような夢を見ていた。
わたしと同じような姿、声。でも、わたしとはちょっと違う女の子。
昔からたくさんなわけではなかったけど、たまに見ていた夢。それが頻繁に見るようになってきた気がする。
こうやって不意に思い出せるほど鮮明に、今では夢の女の子の全てを思い出せるほどはっきりと。
今日は数十年に一度起こるという流星群が見られる日だと、森のみんなが騒いでいた。
だからか、今日は日中あまり人を見かけなかった。みんな夜に起きてそれを見るつもりなんだろうな。
日も沈み、本当なら森に静けさがやってくるそんな時間。でも今日はなんだか落ち着かない森。
わたしは窓から、闇を行き交う人々を眺めていた。
そんな時に不意に思い出す夢の景色。
いつも親しげにわたしとお話をしてくれる夢の女の子。
でも、たしかにわたしとそっくりなんだけど、どこか違う雰囲気だって感じる。森には居ない女の子。それがなんでなのかわたしにはわからないけれど、わたしはその子が気になっていた。
いよいよ夜も深くなっていく。
せわしかった森も少し落ち着きをみせる。みんな特等席についたのかな?
『流星群みにいこうよ』
そんなふうに森の子たちが声をかけてきてくれたけど、わたしはなんだかその場所に行きたい気持ちよりも、別の場所に行きたかった。
イメージャの湖。
森のほとりにある綺麗な湖で、日頃はとても静かな湖。よくスケッチをしている人がいるっけ。
だけど、夜にいくのは……初めてかもしれない。
わたしは、小さな肩掛けカバンを持って、イメージャの湖へと向かっていった。
湖までの道はいつもよりも暗く、少し不安な気持ちがやってくる。妙に静かだし、何よりも風が吹いていない。
寂しいって言葉が似合う。
足音だけがわたしを包んで、ただひたすら目的地へと向かっていく。
別段、道中に何かあるわけでもなく、わたしの目の前にまるで星を独り占めしたような湖が見えてきた。
日中に見る湖とはなにもかも違うような、特別な美しさがある気がした。
ゆらゆらとほんの少しだけ揺れる水面に、わたしの顔がはっきりと映る。
湖は、なんだか少し光っているような気がしたけど、それは星の輝きを映しているから、だと思っていた。
しんと澄んだ空気がわたしを包む。
水の香りが空気に混じる。
わたしは目を閉じて、夜の湖を全身に感じていた。
すると、さっきまでひとつも吹かなかった風が、ふわりとわたしの髪を持ち上げた気がした。
「――!?」
感じた風を見ようと、開いた瞳に飛び込むのは突然の眩しい光。先ほどまで静かだった湖が強く光を放っていた。
思わず光を遮るように湖から目をそらす。
誰かの気配を感じた。
「だ、誰……?」
うすら開けた目に、誰かの姿が映った。さっきまでわたし一人だったのに。
「あれ? もしかしてもこ?」
懐かしい声で誰かがわたしの名前を呼ぶ。
懐かしい声?
それにわたしの名前……。
わたしは目を見開いた。
私の目の前に居たのは、いつも夢で見ていた女の子だったから。
「え……え……!?」
「もこだよね?」
女の子は嬉しそうにまた、わたしの名前を呼ぶ。さらに二度。
わたしと同じような姿、声。でも、わたしとはちょっと違う女の子。
あなたは、ニコ。
「ニコ……なの? きゃっ」
わたしがニコの名前を呼んだ瞬間、女の子――ニコはわたしに飛びつくように抱きしめてきた。
星の光を閉じ込めたようなニコの輝く髪がふわりと泳ぐ。
そんなニコからは、今までに知らない、だけどふわりとしたやさしい香りがわたしを包み込んできた。でも、何でだろう。凄く落ち着く……。
わたしは多分、夢の女の子にずっと会いたいって思っていた。
夢ではいつも楽しくお話をしていた。
夢ではいつも、わたしの知らないことを話してくれてた。
「なんでニコがここにいるの?」
わたしは見えないように興奮して抱きつくニコに尋ねた。
「んー……? 何でだろう。にこはいつものようにひろかの横で眠っただけだと思ってたよ」
ヒロカ。
夢の中のニコがいつも話してくれるニンゲンのことだ。
ニコはそこではヒロカさんという人と一緒に暮らしていて、ヒロカさんを元気にしてるんだって。
いつもにこにこ楽しそうに話してくれるのがすごく可愛かった。
「そっか」
「でもね、にこ、今日はもこにすごく会いたいって思ってた。でね、そしたらもこに会えたよ! すごく嬉しい! いつも夢で話してるけどね、にこ……」
ふわふわの髪がふわふわと風に泳ぎながら本当に嬉しそうに話してくれるニコ。
「にこ、ずっともこに会いたかったよ」
「ニコ……」
「だってもこは……」
そこまで言ってニコは言葉を詰まらせる。さっきまでゆらゆら動いていた尻尾がひょんと下がって……。
「ニコ? わぁあ、ちょっと」
突然ニコはぐりぐりとわたしに頭をこすりつけてきた。
だけどそれは優しく。なんていうか、甘える感じなのかな。
「くすぐったいよ!」
「……えへへ」
それから湖を眺めながら、わたしたちは身を寄せ合って話しをしていた。
その内容はほんとに他愛もないことばかりだし、いつも夢で話していることばかりだったけど、それでも今、目の前にいるのと夢で話すのとでは全然違う。
どんなことでも、どんな些細なことでも。わたしたちはわたしたちの声で言葉を交わしていった。
お互いの手や足、顔。わたしたちは恥ずかしげもなくお互いを確認していく。
……いや、恥ずかしくないことなんてない。
ついそうしちゃったけど、こんなこと今まで誰にもしたことなかったし……。
夢かなって思いながらそうしていたけど、確かに感じられる感覚、体温は夢じゃないって教えてくれる。
どんなものが好き?
どんな事が好き?
何が苦手?
わたしたちはお互いにお互いを知ろうとたくさんたくさん確認していく。
でもね、わたしたちは二人ともおんなじものが好きだし、おんなじものが苦手だし。
ニコもわたしも、その度に笑いあっていた。
そのうち、いよいよ始まった流星群。
空にいくつもの流れ星がふりそそいでくる。
その初めてを見つけるのも、わたしたちは一緒だったからまた笑ってしまった。
わたしたちはふたごねこなんだ。
お願い事たくさんできるよね。
でもどの星かわかんなくならない?
ずっと暖かいといいなぁ。
幸せだよねぇ。
あの星だけ大きさ違うくない?
ね!ね? 気のせいかな?
ニコと。
わたしと。
そんな何でもない会話をたくさんしていく。
たくさん……たくさん星が降ればいいのに。
……。
唐突に言葉に詰まるわたしは、ニコの顔が少し曇っていたのを見てしまった。
暗くてあまり見えなかったけど、だけど。
私だって同じ事考えてたよ。
「……たくさん降ればまた会えるのに」
わたしの言葉に返事をしたのはやさしい風だった。
ふぁ……
可愛いあくびがひとつ。
ニコから聞こえてきた。
「眠たくなったの?」
「変だよね、夢の中なのに」
ニコは空を眺めたまま、答える。
夢……か。
夢、のことなんだよね。
この夢が覚めたらもう。
「……もこ。にこともこはいつでも一緒だよ。にこたちはふたごねこ」
わたしの心は漏れてるのかなって思うくらいの言葉をニコがくれる。
だけど。
「ニコ……嫌だよ。せっかく会えたのに。あの時離れてからわたしはずっと待ってたのに!」
わたしはいつもは上げないくらいの声を張り上げて言っていた。
待って……あの時? あの時って何?
わたしは勝手に口走っていた。
わたしの言葉にびっくりした顔で振り返るニコは、そのままわたしに尋ねる。
「もこ……。もこ、もしかして」
「あの時……か……ら」
あれ……なんで、力が抜ける――。
「――もこ!」
――
少しの闇。
何も聞こえない。
何もみえない世界から、知らない景色がうっすらと見えてきた。
わたしの知らない場所。
でもこれはわかる。となりにニコがいる。小さな小さなニコ。一緒に居てあたたかい気がした。
だけどそれは続かなくて。
突然ニコの姿はみえなくなった。わたしは……わたしはいなくなったんだ。
そこから目まぐるしく変わる景色は、今度はすやすやと眠る今のニコの姿をみせる。たぶん隣にはヒロカさんっていうヒト。
これが生きているニコの世界なんだ。
ニコは……目覚めないといけないんだ。時間は止まっちゃダメなんだ。
わたしはそこにはいない。いられない。
だから……。
——
気が付いて目を開けると真ん前にニコの顔があった。
これは……え? あれ? これはいわゆる膝枕……?
そうだと一瞬でわかる状態。
「もこ、気がついた? もう大丈夫?」
「だ……大丈夫、だよ」
思わず顔が赤くなる……ような気がした。いやきっとなってる。
「わたし、どうしたんだろ」
「お話してたら突然倒れ込んじゃったから、にこ、びっくりしたよ」
「そっか……」
直前にニコと何を話したのかは全く覚えてなかった。だけど何かを、何か大切なことを思い出したような気がした。
や、と、とりあえず起きよう……。この状態はわたしに悪い。
「え、起きて平気?」
「あ、うん……あ、違う意味で平気じゃなくて」
きょとんとするニコは可愛かった。けどまっすぐに顔をみることができなくて。
流星群はそろそろ落ち着いてきたようで、ちらほらと流れるようになってきた。
「そろそろ終わりなのかな、流れ星」
ニコが名残惜しそうにつぶやく。
「綺麗だったね。凄く」
「めったに見られるものじゃないだよね? もこ初めて?」
「わたしは初めてだよ。数十年に一度って聞いたから」
そっかー、と縮こまった身体が疲れたのか、大きく伸びをしながら不思議な声をもらすニコ。そのまま続ける。
「二人で初めて、出来たね。夢が叶った」
「夢?」
「いつかもこと初めての何か、したいなって思ってたから。これが夢だとしても。でも、夢じゃないよね」
そういってペチペチと自分のほっぺを叩いてみる。さっきあれだけ確認したのに。と思いながらも、わたし自身も夢なのが怖くて、ニコに見えないように手の甲をつねってた。痛い。
もっと……たくさん、ニコと過ごしたい。
わたしの心にやってくるわがまま。
わかってる。それはダメだって。きっと、認めちゃダメなんだ……。
ふぁ……あ
再び聞こえるニコの可愛いあくび。もう限界なんだ……。
ニコが眠った時この夢は覚める。
何が夢なのかはわたしたちにはわからないけど、この幸せな時間は終わる。そしてお互いにお互いの時間を進むようになるんだ。
さっきわたしはそれを見せられた。
わかってるんだ……。
「もこ!?」
わたしの目からはたくさんの涙が溢れてきていた。勝手に。
そんな姿をみたニコはすごく焦ってわたしをのぞきこんでくる。ニコのそんな顔見たくなかったのに。
「……やだ」
わかっているのに、ニコを困らせたくない言葉は次々とやってくる。
わたしの言葉にニコは多分、困った顔してる。
わたしはニコに見られないように顔を隠してただすすり泣いた。
「もこ、大好きだよ」
そんなわたしに、凄く優しい声でニコはわたしを抱きしめてくれていた。
わたしはただニコの服を握りしめ返すだけしかできなかった。
「ごめんね……」
「もう大丈夫?」
わたしが泣いてばかりいるから、ニコはずっとわたしを抱きしめて、ただ背中を撫でてくれていた。
あたたかかったニコの手。
だけど、段々と体温はわからなくなっていった。
「……たぶんそろそろ、目がさめちゃうや」
ぽやぽやとした声になるニコ。
もう眠たいんだろうな。
ニコもまた、この夢の事を理解しているようだった。
だからいつまでも泣いてたら、ニコは帰れないよね。
「ありがとう、ニコ。ごめんね、引き止めて」
「……うん」
わたしは、ニコから離れた。いつまでもこうしてたらまた繰り返しちゃうから。
「……でね、何でかにこのぽけっとにはこんなのあってね」
ごそごそとポケットをまさぐって、ニコは何かを取り出した。
これは……
「かめらっていうの? ひろかがつかってたらしいもの。まえにみせてもらったんだ。しってる?」
カメラ、確かこれで撮ったものが紙になって残るんだっけ。前に一度だけニゲンシの森で見せてもらったことがある。ニンゲンの技術だったって。
それに、ナズナちゃんにその話聞いたことあるっけ。使い方とか色々教えてもらった。理解しているかはまた別だけど。
でも貴重なものだっていうから、森でも持ってる人や使ってる人なんていなかったけど。
「昔、一度だけ見たことある」
「そっか! ゆめだから、ねがうとでてくるのかな? これでにこたちとったら? いいんだとおもう」
ぽやぽやしながらカメラを回して色々見ている。あまり使い方分かってないような気がするけど……。
まぁ、わたしもちゃんとはわからないけど。
「多分……これここ押して……」
わたしがニコの持ってるカメラの突起を押したら、ぴこっと音がして不思議な音がリズミカルになり始めた。
二人とも耳をピンと立て、そしてあたふたとする。
「え、で、これどーするの??」
「えっと、どっか高いとこ……あ、そこの木でいいや! 置いて置いて」
ニコがカメラを持って木にかけよる。
丸い方こっち向けてー、とニコに伝えて、また戻ってきてもらう。
「このまま少ししたら多分とれるんだと思うから」
「すごい、よくしってるね」
「森のお友達に、なんかお話を聞いたことあったから……」
「そっか、そのひとすごいね! じゃあまぁ……こうしてまってよっか」
といってニコはわたしの腰を引き寄せてピッタリと身体を密着させる。顔も近い。
もう体温も何もわからなかったけど、すごく恥ずかしいのは本物だった。
目線が交わる。
またいつか話そうね……。
そう二人で目配せをして。
ぴっ、かしゃっ
変な音がなって、そのうちべろりと一枚の紙をカメラがはきだした。
「わわわ……」
わたしは急いでそれを拾い上げてニコに渡そうと振り返った。
だけど。
「……ニコ」
もう夢は覚めていた。
「――大好きだよ」
わたしは今日も森でみんなとお話をしていく。
今日も平和に。
ニコの夢は見なくなっていたけど。
「今日も大好きだよ、ニコ」
わたしは飾ってあるシャシンに、今日も声を掛ける。




