5 聖女様はもうこの世にはいない
シャイニーが懸命に目を開けるとクライムが立ち上がるのが見えた。その動きから彼は無事だったのだとホッとする。
クライムは無言でポケットから小瓶を取り出すと、テーブルに倒れ伏しているリリーの髪を掴みそのまま持ち上げた。そしてその口に小瓶の中に入った液体を流し込むと、空になった瓶をリリーの座る横の植え込みに投げ入れたのだ。
「く、ら・・・むさま・・・?」
シャイニーが名を呼ぶと、クライムは別人かと思うほど冷たい眼差しで彼女を興味深そうに見た。
「流石稀代の大聖女と言われるだけのことはある。かなり即効性のある毒のハズなんだが──」
「ど・・・く・・・?」
朦朧とする頭ではその言葉の意味は分からなかったが、テーブルに身体を預けたままうつろな目でクライムの姿を見たシャイニーは「良かった」と思った。
よかった。彼は無事だったと。
ならば、と、シャイニーは自身に治癒魔法を掛けるため息も絶え絶えになりながら、詠唱をはじめた。
「ひ、かりを・・・つかさ、ど、る──ウッ・・・」
しかし、最後まで唱えることは出来なかった。なぜならクライムがシャイニーの口を塞いだからだ。
(な、何故!?)
信じられないものを見るような目でクライムを見つめるシャイニーにクライムは言った。
「その目は“何故?”とでも言っているのかな?そんなの当然だろう。折角毒を飲ませたのに治癒魔法で回復されたら意味がないからだよ。即効性のある毒を飲んだのにまだ生きているなんて、流石光の精霊の加護持ちだね。リリーなんて、解毒剤を飲ませなかったらとっくにあの世に逝っていただろう」
そう吐き捨てるように言って、クライムはテーブルに伏せているリリーをじろりと睨んだ。
「まぁ、こうしている時間も暇だから、なんで自分が死ぬことになったのかくらいは聞きたいだろう。冥途の土産に私のシナリオを聞かせてあげるよ。
──君は、私との未来を不安に思ったリリーに殺されるのだ」
クライムは言う。
リリーは『精霊の愛し子』としてこの世に生を受けた時から次期王妃の座が約束されていた。この国の国王となる者の伴侶になることが生まれた時から決まっていたのだ。
幼い頃から国民を守る者として教育を受けて来たリリーだったが、だからこそ自分の気持ちを優先した精霊によって国民に迷惑が掛かることを恐れた。リリーは自身が毎日穏やかに過ごすことで精霊の力が安定するのではと考えたのだ。そしてリリーが魔法を使えば使うほど精霊との繋がりも深くなり、わずかな気持ちの揺れも精霊に悟られるリスクが高くなると知り、魔法も極力使わないようになっていった。
全てはこの国と国民の安寧のために──。
リリーが次期王太子妃として、そして『精霊の愛し子』として独り思い悩んでいるとき、クライムは恋をした。
そして、リリーが自身を殺して国と国民の安寧を願うその横に立ち、クライムは自身の恋を成就させるために動いたのだ。
まずは公爵の後ろ盾そのままに、リリーを婚約者の座から引きずり下ろす必要があった。しかしリリーは『精霊の愛し子』。おまけに非の打ち所がない貴族令嬢だ。そう簡単にはいかない。
リリーとの結婚は学園卒業後すぐ。クライムが側妃に迎えることが出来るようになるのは婚姻後3年。リリーとの間に二人以上の子が出来なかった場合のみだ。
クライムはリリーとの間に子を儲けるつもりはなかった。愛する者が居るクライムは、彼女が『妃』であることは受け入れられても『妻』であることは受け入れられないからだ。
しかし、それを待っていては愛する人が婚約者と結婚してしまう!
卒業までにリリーを排除する。その方法を模索していたクライムの前にシャイニーが現れた。
クライムは風の加護持ちだ。駆け寄るシャイニーの足を掬い、リリーの横で転倒するように仕向けた。階段ではシャイニーがクライムに怪我を負わされることにより責任を取るという形で婚約者の座に収まろうと目論んでいることをいち早く察知し、敢えて聖女を守り自ら怪我を負うことで、逆に名声と教会からの感謝を手に入れた。
また、リリーの元に暴漢が向かうよう長い時間をかけて画策し、ギリギリのところで助けに入り、逆に恩を売ったこともあった。
クライムは誠実で優しいと言われる言葉を吐きながら、シャイニーには思わせぶりな態度を取りその気にさせた。
そして勘違いをしたシャイニーが起こす行動に対応し、そのすべてを噂として流すことにより、王族派の令嬢を動かし、まるでリリーがシャイニーに嫉妬しているのではないかという印象を与え続けたのだ。
シャイニーの稚拙な呼び出しにも応じ、彼女を助け出すヒーローを演じたのもその一環だ。
細工は流々、伏線は張った。
そして三人でのお茶会で、噂を鵜呑みにし、将来を不安に思ったリリーがシャイニーに毒を盛るのだ。
シャイニーが死に、一命を取り留めたリリーは大聖女殺人の罪で捕らえられる。
殺人犯と王太子の婚約などあり得ない。この婚約は直ちに白紙に戻されるであろう。
(騙されたのだ。わたしも、リリー様も、この男に騙されたのだ・・・)
恨んでも、憎んでも、魔法を封じられたシャイニーはこの場で死ぬしかないだろう。
(精霊よ・・・どうか、この男の目論見が、潰えますよ・・・う、・・・・・・リリー様・・・ごめんなさい・・・)
シャイニーが以前呼び出されたお茶会で聞いた、リリーの言葉の意味を理解してクライムから手を引いていれば。
シャイニーが魔力と教会の力を過信し傲慢に振舞わなければ。
シャイニーが婚約者のいる男に懸想しなければ・・・。
そうすればクライムもこのような目論見を実行しようとは思わなかったかもしれない。
これからリリーがどのような目に遭うのか、シャイニーには想像がつかなかったが、もう心の中で謝ることしか出来なかった。
「ふんっ、やっと死んだか。煩わしい聖女め。──さて・・・」
クライムはテーブルに身体を預け、額に脂汗を浮かべながら苦しむリリーを一瞥した。
*――*――*――*――*――*
大聖女が毒殺された。
追悼の鐘が鳴り、教会に足を運ぶ民が後を絶たない。
そんな中、簡素なベッドでリリーは目覚めた。
その部屋に窓はなく、扉には小窓が付いていた。
「ここは・・・?」
身体が重く、動かない。
自分はシャイニーにこの婚約の意味を説明させるために、クライムと共にお茶の席に着いていたはずだ。
「お目覚めですか?」
その小窓から一人の兵士が顔をのぞかせた。言葉は丁寧だが、その瞳には怒りが見えた。
「え、ええ。ここは?──私は殿下とシャイニー様とお茶を──」
バンッ!!!
リリーがそう口にすると突然兵士が扉を叩き、叫んだ。
「聖女様はもうこの世にはいない」
「え?」
「あんたが王太子妃の座を守るために聖女様を毒殺したんだろう!!!もう全てはバレてんだよ!何が『精霊の愛し子』だっ!!!刑が決まるまでそこで大人しくしていろ!!!」
リリーには意味が分からなかった。




