第2話「割れた残響」
放課後の教室は、まだ誰もいない。
窓の向こうでは、夕陽がビルの隙間に溶けていく。
僕は机の上に転がる、あの残響を思い出していた。
“泣き声”“割れるガラス”“制服のボタン”、そして空白の名前。
あの真実の断片は、まだどこかで揺れている――。
「あの残響、教室でも感じる?」
天音が隣で声を落とす。
「普通に歩いても、街の断片が見える。でもあの時みたいな強烈なのは違うと思う」
僕は視線を落書きだらけの机に移す。
そこには、かすかな赤い亀裂が走っていた。
“怒り”の残響だ。誰かの感情が、まだ残っている。
「落書き、誰かがやったのか?」
不思議そうに天音が言った。
僕は答える代わりに、手袋の指先で亀裂をなぞった。
触れると、ひんやりとした苛立ちがじわりと広がる。
音が混じった。静かな怒号のような声が、胸の奥で揺れる。
「ここに残る怒りの残響は、ちょっと変だ」
僕がそう言うと、天音は眉をひそめた。
「操作された感情ってこと? そんなのあるの?」
「残響の世界には“模造品”がある。人工的に感情を強く偽装した残響。知っている者には見分けられる」
僕の声は低くなった。
「本当の怒りじゃない。誰かが感情を作り出して貼り付けたんだ」
ふと、背後の廊下から足音が聞こえた。クラスの優等生、白石修だった。
彼は僕らに気づき、無表情で近づいてきた。
「残響の扱いは慎重にした方がいい。特に感情の操作には裏がある」
彼の言葉には含みがあった。
天音はすぐさま反応した。
「その‘裏’って、君の家のこと? 巨大企業の感情研究だって噂」
白石は軽く肩をすくめて答えた。
「関係はある。でも真実はもっと複雑だ。感情の操作は、時に街を護るための手段にもなる」
僕は手の中の残響をぎゅっと握った。
「護るため――?」
未来を見通せないまま、僕らの放課後の調査は次の局面に入った。
曖昧な真実と嘘が絡み合う中、残響の歌はまた新たな旋律を奏でる。
――だが、聞き逃してはいけない。
並べ方を間違えた残響は、どんな“守り”も破壊に変わることを。