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和乃国伝  作者: 小春
第九章 きたとうみ
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二十一.味氏皇后


 その頃の都。宮中では、宇茉皇子が荻君を付け、いつもの通りに各部署の手伝いをしつつ、書庫に籠っていた。その時、何者かが入って来る気配を感じるが知った気配と宇茉皇子は首を横に振り、庇おうとする荻君を制する。

 入って来たのは、やはり知った者。綜大臣である。宇茉皇子を視界に捉えると軽く頭を下げる。


「失礼致します」

「綜大臣、何用だ?」


 挨拶もかわしすぐに本題を言えと言わんばかりの態度の宇茉皇子に苦笑いを浮かべる綜大臣。少し俯き、そのまま話に入る。


「ついこの間から試している法なのですが」

「それが?」


 長之皇子の法案。都の者は都で裁く。その事でありその事だけでも無い。瀧からの文で察している宇茉皇子だが、綜大臣の出方を待つ。


「味の国で、間者が出たと」

「ああ。今統括が受け取りにいったが」

「都の役人が繋がっているという事で、味氏から抗議が来ています」

「そうか。そのような事が」


 綜大臣の話に、初めて知ったと言わんばかりの態度の宇茉皇子。それを見据えながら話を続ける綜大臣。


「かつて大知大連により権限を縮小された氏族が復讐のため、海の支配権を狙う氏族と手を組み、間者を使い襲撃したと」

「成程。それで? 」


 力の無い皇子に報告する事かと言う意思を向ける様子を見つめつつ、更に続ける。


「こちらの意図かと、我らに対し抗議が」

「そうか。意図はあるのか?」


 平然とした様子で言い切る宇茉皇子に綜大臣は小さく笑い、宇茉皇子を目を合わせる。


「まさか。礼を」

「礼?」


 困惑する宇茉皇子に笑みを浮かべたまま話を続ける。


「統括のおかげで命拾いを致しました。統括が間者をすべて抑え、我らも抑えてくれたと」

「 …我ら? 」

「味氏皇后」

「 …あれは」

「夫である大王を失いかけ、狂い、自ら兵を上げ、滅ぼした。苛烈で強く、狂う氏族。皇統にありながらその後味氏から妃を迎えなかった理由です」

「狂ったのか?」


 瀧からの文、報告に無い事に驚き、少し表情が崩れる宇茉皇子だがすぐに立て直し、問いかける。

 それに対し、小さく首を横に振る綜大臣。


「統括が抑えたと。助かりました。大知光村殿が生きている内は抑えられていましたが、前大王が余計な事をしてくれましてどうなるかと思っていましたが。五年前も、密かに兵を集めていたと」

「何だと?」


 それには表情が崩れる。五年前の陳氏の戦は自身の初陣でもあった。その最中、味氏が入ってくればと思いぞっとしたのだ。味氏は強い。かつての反乱を抑えられたのは二人の大連がいたからである。今はもう、そこまでの強さを持つ将軍が都にいるかどうか。それを思い、心が重たくなる。


「陳氏のためではありません。我らをもすべて滅ぼすつもりだったのでしょう。筆頭と長老が抑えたそうですが、噂の域を出ない。証拠も無いので不問です」

「…」


 黙る宇茉皇子。それはそうだ。迂闊につつけば五大氏族が出て来るかもしれない。味氏だけでも厄介なのに他の四氏族が出ては本当に国を二分する。いや、二分どころか…と頭を過ぎり、更に心が重たくなる。それを感じつつ、綜大臣は小さく頷く。


「狂った血を抑えた。流石です。唯一は伊達ではありませんね。…唯一が望めばこの国は戦になるでしょう。丁重に扱わねば」

「綜大臣」

「言葉通りです。大知光村の血だけで従わせているのでは無い。それを証明しました。才の無い凡庸、誰が言い出したのか。愚かしい」

「…」


 先人が抑えたと言うことにほっとする一方で、宇茉皇子は綜大臣の言葉を考える。


(少し会い、話をしてもわかった。才は置いといても、礼を持ち、話も丁寧、品も感じる。誰が言った? ) 


 思いに耽っていると綜大臣の空気が少し張りつめたものに変わる。


「貴方様が持つには大きすぎる存在では?」

「何が言いたい」

「別に仕えさせてはどうでしょう。五大氏族は貴方様には大きすぎます」

「私は長老・綾武熟練殿に伝えてある。主は私だ」

「そうですか。重くなったらいつでも降ろしてください。良き御方に仕えさせます故」


 長之皇子の事を言っているのだろうと察する宇茉皇子。綜大臣が皇位継承を望んでいて、これで五大氏族を味方に付ければ、と思っているのだろうと。それは建前で、本当は…


「そなたには従わないだろうな」

「私には、どうにもならないものです。話は以上です。これにて、失礼致します」

「ああ」


 話は終わりとさっさと出ようする綜大臣だが、ふと足を止める。


「そういえば、間者ですが、今回は都の技術者が間者と交代していたそうなので、こちらの役人と本物の技術者は裁きますが、それ以外は味の国に任せました。お詫びという事で」

「そうか」

「統括が手傷を負ったそうなので留飲を下げないと。統括の説得に比べれば大した事はありませんが。では」


 そう言い、去って行く綜大臣。一人で来たのだ。何だかんだで気を遣っている様子に時々困惑する宇茉皇子だが、ずっと黙って見ていた荻君が気づかわし気に声を掛ける。


「…皇子様」

「大丈夫だ。瀧の知らせ通りだったな」

「はい。しかし、味氏は、そこまで」

「狂う血、それを味方に付けた。五大氏族は、味氏は一人を選べばすべて捧げる。大きな力を得た、が、」

「はい。ですが、」

「「重い…」」


 宇茉皇子と荻君。同時に声が出る。荻君は少し遠い目になる。


「大丈夫でしょうか。先人は」

「肝心なところは鈍いようだから、大丈夫だろう」

「そうですね。そうでも無ければ耐えられないでしょう」

「ああ。味氏皇后様の大王様は、すごい御方だ」

「はい。尊敬します。心より」


 戦乱の時代、大王は命を狙われる事多々あった。ある時、命が危うくなる程の深手を負う。もう本当に危ういとなった時、味氏皇后が立ち、大将軍のごとく兵を率い、深手を負わせた氏族と関連する氏族すべてを滅ぼした。それでも収まらなかったが、大王が目覚め深手ながら戦場に行き、皇后を止め、戦が終わる。その後生涯共に在ったという。政略結婚であるにも関わらず稀有な程に仲が良い二人であった。大王は皇后の苛烈さを笑って受け止めていたと言う。聡明で優しく大らかな御方で皇后は心から慕い生涯側から離れる事は無かったという。


「とにかく、これで統括としての立場も整ったな」

「はい」


 ため息交じりの宇茉皇子の言葉に、深く頷く荻君である。

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