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和乃国伝  作者: 小春
第九章 きたとうみ
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二十.溌の本心


 今回の件の話をしていると、航が入って来る。目覚めた先人を見てほっとした表情をしている。


「先人様」

「航殿」

「良かった。守れず申し訳ありません」


 先人の近くに来て深く頭を下げる航に、首を横に振る。


「航殿のせいではありません。私の油断です」

「薬は強いものだったそうです。わずかにかすっただけ、しかも処置が早かったから良かったものの、危なかったと医師が」

「航殿。私は大丈夫です。瀧が処置してくれたおかげです」

「はい。服織殿、礼を言います」

「いいえ。何よりです」


(口調がおかしい…)


 航に返事をしつつ、丁寧な口調に違和感を感じる瀧。鋼も困惑して見ている。先人も若干気になるが取り敢えず気になる事を問う。


「屋敷は大丈夫なのですか?兵に紛れていたので取られたもの(情報、武器、図等)とかは」

「はい。大丈夫です。牢の中の奴を逃がそうとしただけ。それを優先させたとか。なので取られていません」

「良かったです。溌様と最帆様は?」


 騒ぎとなったのだ。長と当主は采配に追われているのではと先人が気遣うと航はあっさりと答える。


「今から海です」

「…海、ですか?」

「はい。私が一度行ったのですが、先人様の様子も気になり戻りまして、交代を」

「航殿も海へ出ていたのですか?」

「はい。最後までしたかったのですが、先人様が気になり戻りました」

「そうですか。航殿、心配をさせてしまいました」


(物資或いは特別な人物の輸送でも入ったのかな?)


 采配をしながら大変だと内心頷く先人に、先人が大丈夫だと安心したのか航はいつもの調子に戻る。


「ううん。無事でよかった。このまま目覚めなかったらと思うと」

「航殿…」

「すべてを消しても終わったかどうか、良かった。無事で、先人様」


(そこまで心配して、)*消すとかはわかっていない


「ありがとうございます」

「ううん。良かった」


(( 怖い… ))


 瀧と鋼はまた戦慄していた。






 夕方近くに戻って来た溌と最帆が先人の見舞いに来た。


「いやー。大した事無かったな」

「はい。真に」


 開口一番に溌が叫ぶと当主の最帆は頷く。


「やたら人数が居たが骨の無い奴らだな。最帆、航」

「まったく、それで良く我々を。身の程知らずですね。情けない」

「うん。本当に」


 すっきりした顔で現れた溌が腕を回しながら言う。当主の最帆は礼儀正しく座っているがため息交じりである。航はにこにこしている。


(( 怖い… ))


 何となく察している瀧と鋼は何度目かの戦慄をしている。


「?」


 先人はわからず困惑していると最帆が優しく話しかける。


「先人様。お目覚めになり、真に良かった」

「はい。ありがとうございます。油断し、心配をかけました。申し訳ありません」


 先人が謝ると溌が首を横に振る。


「いいや、我らの非だ。侵入を許した。申し訳ありません」

「はい。申し訳ありません。先人様」

「申し訳ありません」


 溌、最帆、航と当主一族から謝罪をされ先人は首を横に振る。


「いいえ。大丈夫です。…溌様」

「うん?」

「ずっと都の者を拒んでいたのに今回は何故技術者を入れたのですか?」

「…思う処はあるか?」

「はい。最初からそのつもりだったのでは、と」


 全員驚き、溌と先人を見る。瀧は察していた。


「私を呼ぶ口実だったのでは?」

「どうしてそう思う?」

「通達は、新大王様とその後にもう一つ。都の者を都で裁く決まりになった事を知らせるもの。それを突っ返せば出て来るのは私。統括ですから」

「うん」

「新大王の通達後に都から派遣された技術者が間者だと気付いていたのではないですか?あえて泳がせ、仕掛けたその時捕まえる。そうすれば都から返すように通達、或いは使者が送られる。それを突き返せば、」

「そうだな。来るのは先人様。他は無理だ」

「何故ですか?」

「わかっているのだろう?」

「…私を、旗印にしたかった」

「!」


 最帆、航、鋼が驚き、見つめる。瀧は静かに見据えている。


「私が曽祖父様の敵を討ちたいと言えば、私ならば五大氏族を動かせると、そう思ったから」

「そうだな。力で上に、そうして忠臣を証明したいと言えば誰も文句は言わない」

「皆様はそうは思いません。五大氏族は瓦解します」

「いいや。しない」

「え」

「皆憎んでいる。光村様の意思に従っただけ。光村様のために、光村様の唯一が望むならそうする。皆、隠すのが上手いのだ」

「…」


 溌の言葉に驚き、見つめる先人。余りに淡々としているからだ。溌が。


「今、三十八年だ。主が壊され無為にされ、罪人としてたった一人で生きていた。何かしたくても何もするなと言われ、我慢した。ずっと。失っても我慢したぞ。お前が居たから。私はすべて奪われた主がたった一つ得た唯一を奪う事など出来ない。五年前も諭されて、我慢したぞ」

「溌様」


 先人が何かを言おうとするが溌は小さく首を横に振る。


「会えて嬉しかった。本当だ。最初はわからなかったが話して、良く見てわかった。同じだ光村様と。こんな、空っぽの、憎しみと狂気しか残ってない奴らまで守ろうとする、光村様の守ってきたものを守って忠臣を証明するなど、考えもつかなかった」

「私がそうしたいと思ったのです。大知光村を在るべき場所に戻したいと」

「うん。俺もそうしたかった。皆もな。でも、光村様は望まなかった。大王を黙らせるには兵を使うしか無かった。…あの男が大王の側に居る限り何を言っても聞き入れられないから」

「それは」


 陳新鹿。そう言おうとする先人を哀し気に見つめる溌。名を言いたくも聞きたくも無いのだと悟り先人は黙る。


「破壊しかしない、でも大王も皇族も、貴族も皆あいつを称賛する。反乱を起こしたのはこちらにも非がある。だが、壊して何もせず去って行った。本当に。立て直そうと必死になり、我らが治め続ける事も認めさせたのは光村様だけだった」

「曽祖父様が、立て直したと聞いています」

「うん。本当に何も無くなった。我らももう終わりと思ったが、光村様がやってきて頭を下げたんだ。申し訳無かったと。出来るだけの事はすると。本当にそうしてくれた。都に質に出て散々言われたけど守ってくれた。光村様だけ」

「はい」

「皆同じ。宗殿と衡士様以外は反乱氏族。熟練様も師悟様も質として来ていて、光村様が守っていた。宗殿は尊敬しているし、衡士様はまあ、情と忠誠だな。皆、心から慕っていたのだ。だから兵を使う事も惜しまなかったのに、」

「国賊になりたくないと言ったのですね」

「うん。良く知っているな」


 溌は泣きそうな顔をしている。それには触れず、先人は話を続ける。


「味の国に来る前に、守気の国へ行っていました。衡士様が教えてくれました」

「そうか。うん。皆昔の話はしたがらないのに。先人様には話すのだな。俺も、何でか話している。光村様かな」

「溌様」

「先人様。私は、どうするのか見たかったのだ。私の言葉に乗って敵討ちをしたいと言えば力を貸したし、共にすべてを滅ぼし、貴方様を上に押し上げた。だが、貴方は怒った」

「それは、失礼いたしました」

「いいや。目が覚めた。光村様は望んでいない。あの方に、嫌われたくないと思っていたのに。事を起こして、すべて滅ぼしても、それでも、謝り続ければいつか許してくれると思っていた。優しい人だから。でも、赦さないだろうな。そういう人だ。忘れていた」

「はい。曽祖父様は赦しません。忠臣ですから」

「うん。良くわかった。光村様の守ってくれたこの国を守ることこそ、光村様の目指したものを守ることになるのに。自分の事だけだった」

「そこまで、曽祖父様の事を思っていて下さって、ありがとうございます。溌様」

「怖く無いか?狂っているのだぞ」

「まったく。心から思って下さったから怒って下さっている。嬉しく思います」

「…」



 先人の言葉に、溌は思い出す。質として都に、宮中に居たかつての時を。


『溌、何故喧嘩など』


 怒った顔をしている光村。溌が他の氏族の若達と喧嘩をして、上に咎められ、問いただしているのだ。

 溌はそっぽを向いている。


『あいつらが光村様の事を反乱氏族の者らと親しくして国を揺るがすとうるさかった』

『そんな事、私は気にしていない。言わせておけばいい』

『…』


 黙り込む溌に同じ目線になるまで屈む光村。小さくため息を付く。


『溌』

『国を安定させるためにやっているのに悪く言われる。嫌いだ都は』

『私は気にしていない』

『…俺は嫌だ。謝らないぞ。絶対』

『こっちを向け』


 渋々光村に向く溌。光村は困ったように微笑んでいる。


『そうして私のために怒ってくれる者は滅多にいない。…礼を言う』


 そうして、光村は溌に手を差し出した。



 溌はそれを思い出し、涙が出てくる。


「…そうか。そうでした。だから、私は、俺だけは…」

「溌様」


 溌は床に手を付き、先人に深く頭を下げる。


「先人様。申し訳ありませんでした。味氏はこれから先もずっと貴方様の味方です。必ずお守りします。光村様への意志を貫いてください」

「溌様。はい。必ず。よろしくお願い致します」


 先人も同じく深く頭を下げる。それを見て、最帆と航も深く頭を下げる。


「先人様、心より御礼を申し上げます。ありがとうございます」

「うん。ありがとう。ありがとうございます。先人様」


 それを見て鋼は泣いていた。隣にいる瀧がそれを見て突っ込む。


「何でお前が泣いているんだよ」

「いや、だって、泣けるだろ。お前だってそうだろう」

「…まあ」

「だろう?」


(狂いは消えたと思ったが、これは全世代もしかして)


 瀧は危惧していた。主を失えば狂う。前当主は大知光村を失い狂っていた。それが抑えられたと思ったが、もう一人出て来た。ならば、再び、


(前当主にとって大知光村を越える事は無いだろうが、空っぽでは無くなった。ならば、)


 再び内心頭を抱える瀧である。


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