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和乃国伝  作者: 小春
第九章 きたとうみ
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十七.狂いの血


 味氏屋敷に入るなり微妙な空気になっていたが、当主の最帆が出てきたことで取り敢えず終息した。最帆の案内で部屋へ向かう先人達だが、航は先程言いたい放題言っていた兵に近付き、〝後でな〟と笑顔で言っていたのを瀧は見過ごさなかったが。


 とある一室に通された先人達が入れば、既に前当主であり味氏の長・溌が座っていた。少し離れて向かい合うように座ると、すぐに溌が笑顔で声を掛ける。


「久しぶりだな。先人様。元気にしていたか?」

「はい。溌様もお元気そうで何よりです」

「お久しぶりです。服織瀧です」

「都から命を受けて職人を引き取りに来ました。職人の責任者で、鍛冶師の鋼と申します。よろしくお願いします」


 先人の挨拶を皮切りに瀧と鋼も頭を下げ、挨拶をする。溌が返事をしつつ、鋼を不思議そうに見つめる。


「ああ。服織も元気そうだな。…都の鍛冶師。間者は大工だった筈だが」

「守気の国に行って帰ってこられたので任命されました」


 瀧の言葉に納得したように頷く溌。


「そうか。何事もなさそうだが無事に帰って来られたのか。衡士様がよく見逃したものだ」


 笑顔で平然と言い切る溌に瀧と鋼は戦慄する。


(( …怖))


 先人は良くわかっていない。

 溌より少し下がった処に座っている航が笑顔で紹介する。


「先人様の幼馴染だそうですよ。祖父様」

「そうなのか。罪人を出した氏族と良く仲良くしようと思ったな。見返りでも求めたのか」

「は?」


 余りの言い様に思わず素になる鋼。先人は首を横に振る。


「溌様。鋼が居なければ今はありません。見返りを求められたことなど一度もありません。渡せるものなど何も無い私にずっと味方で居てくれました。大切な人です」

「先人…。私は、大知先人と友でいたいと思ったから共にいるだけです。それ以外ありません。周囲の言葉など関係無い。知らない者が知った口を叩いている、それだけのものに何の価値があるでしょうか。ですがもし、見返りを求めるとすれば」

「何だ?」


 溌がじっと見つめ、鋼がそれを真っ直ぐに受け止める。


「これから先も友でいたい。それだけです」

「…」


 目を見開く溌。先人は笑顔で鋼に礼を言う。


「鋼。ありがとう」

「いや、本当の事だし」

「…すげーわ。お前」

「何が?」


 心の底から感心したように言う瀧に当たり前と顔に張り付けた鋼が頷く。それをじっと見つめやがて小さく息を付く溌。


「…そうか。うん。すまんな。いい男だな。お前は」

「いえ。偉そうな事を。申し訳ありません」


 鋼が頭を下げ、謝罪するとすぐに溌の隣に居る別の声が溌にため息交じりに指摘をする。


「父上。まったく。主君に対して無礼な口を、」

「いや、先人様には言ってないぞ」


 若干弱腰になる溌に更に強く指摘をする。当主の最帆である。


「氏族の事を言っていました。それに主君にとって大事な存在をけなせば無礼でしょうに。先人様、父の無礼、申し訳ありません。鋼殿も」

「いえ、そのような。勿体無いです」


 高位の方に丁寧に謝罪を受け、戸惑う鋼と首を横に振る先人。


「いいえ。わかって頂ければ良いのです。ありがとうございます。当主様」

「名で結構です。先人様。いいえ。今の事も先程の屋敷の者らの事も申し訳ありません」

「ああ。うん。聞いた。すまなかった。そちらも」


 最帆の言葉で思い出し、溌も謝罪をする。最帆が経緯を説明する。


「昔光村様が視察に来られて。その時の事を覚えている者の子や孫が一目見ようとして、あのような事に」


 ため息を交じりに言われ、先人は深く頷く。


「そうでしたか。尚更申し訳ありません。落胆させてしまい、」


 全員絶句する。正気に戻った最帆が謝罪をしようとする。


「いえ。無礼を致し、」

「いいえ。曽祖父様と比べるなどおこがましいです。どこか似た処があればと思ったのですが、こればかりは…」


 若干本気で悔しそうに言う先人に最帆と溌が絶句する。航は先程の騒ぎで理解したので補足する。


「うん。こればっかり言っていた。いつもこうなんだと、な」


 航に目線を向けられ、鋼と瀧がすぐに答える。


「はい。光村様の話題のみこうなりまして、」

「おかしくなります」

「瀧、」


 瀧の正直な言い様に鋼が指摘しようとしたが、正気に戻った溌が先人に向く。


「奥方様似なのだろう。光村様は何も言わなかったのか?」

「はい。何も。いつも優しく暖かく慈しむような目を私に向け微笑んでくださいました」


 ぶほっ(むせる。二回目)

 嬉しそうな先人の言葉に、瀧は本日二回目のせき込みが起こる。思わず瀧の背中をさする鋼。


「瀧、本当にどうした?」

「…いや」


 一言伝えるだけで精一杯の瀧である。

 それに気にも留めず、溌は深く頷く。


「そうか。私もだ」

「そうなのですか?」

「ああ。都に質に出された時、次期当主として恥ずかしく無いよう育てて下さった。怒られてばかりだがたまに優しく微笑んで下さった、美しい方だった」


 その言葉に嬉しくなった先人が深く頷き、思いに耽る。


「わかります。微笑んで下さると特に美しく、幸せな気持ちになります」

「ああ、そうだな。私もこれ程美しい人はいないと思った。幸せだ」

「はい。そうですね」

「そうだな。うん」


(耽っている…)


 先人のいつもの光景に苦笑いして見ている鋼。瀧は遠い目をしている。最帆と航は、


「父上にこれ程付いて行けるとは。流石唯一様」

「うん。すごい。尊敬するわ。先人様」


 驚き見つめ、称賛している。


(( 何か変な尊敬されている ))


 鋼と正気に戻った瀧は言葉にならない突っ込みを入れる。


「…それで」


 溌が声を出すと先人は正気に戻る。


「は、はい。申し訳ありません。つい耽ってしまい」

「いいや。わかる。それはいい」


(いいんだ… )


 鋼がまた内心突っ込んでいるがそのまま話が続けられる。先人は頭を下げる。


「都から来た技術者が間者と聞き、都で裁くので引き受けに来ました」

「うん、わかった」

「「「「え?」」」」


 あっさりと肯定する溌に驚き、皆口を揃える。最帆が怪訝な表情で見つめる。


「父上?」

「見ていたら考えたが結局見ていないのだからいいだろう」

「はい。ありがとうございます。ですが何故都の使者に渡さなかったのですか?」


 礼を言いつつ先人は気になり問う。溌は平然と答える。


「そもそも話を聞いていない。都からの人も文も私は否としか言わないし、書かない。生きて帰しただけましだ」

「そうですか…」


 先人が呟くように言っている隣で瀧が考え込む。


(五大氏族は皆都嫌い。成程。そうか)


『味氏はかなり強い』


 父であり頭である吹の言葉を思い出す瀧。地位と力だけで無く恨みも憎しみも相当強いと言うことかと改めて納得する。

 最帆はため息を付く。


「父上。何事かと思っていましたら」

「祖父様。話くらい聞けよ。余計手間がかかっているぞ」


 航も呆れたように指摘する。味氏は基本大雑把な処があるが、要点は突く。暗に溌らしくないと伝えているのである。それに笑顔で頷く溌。


「うん。気を付ける。だが、先人様」

「はい」

「皇族に仕えられるのか?」


 唐突に話が変わり戸惑う先人。最帆が諫めようとする。


「父上」

「利用するだけ利用して捨てた。戯言を信じ、一人追いやり無為に生きさせ、最後は処した。そんな奴らに尽くして何の意味がある」

「祖父様」


 航も諫めようとするが溌は止まらない。


「通達を読んだ。女大王だと。それも光村様を捨てた陽大王の鍾愛の皇女。綜大臣の姉が生んだ皇女。統括にした途端にそう来る。今は何もせんでもじわじわと蝕み、そして追い落とす。綜氏はそうやって光村様を追い出し、化物とした」

「…」


 先人は黙り見据えている。鋼も瀧も先人を気にしつつ成り行きを見ている。溌は止まらない。


「仕えている宇茉皇子も親しくしていると聞く長之皇子も綜氏の血が流れている。そして陳氏当主もいる。敵だらけ。裏切られる。必ず」


 溌の目を見て瀧は見定めている。


( …強き憎しみ、それよりももっと)


『大事な存在を奪われれば狂う』


 瀧は吹の言葉を思い出す。そして確信に変わる。


(味氏の血筋…。軽い感じと口調それでごまかされる。だが、すでにもう…狂っている)


 夫を失いかけ狂った。味氏皇后の血。それは、今も、


「我々を動かせ。そしてその力で上に行け。さすれば望みはすべて叶う。どうだ?」

「…」


 先人はただ見つめている。それを嗤う溌。


「光村様の敵を討て」

「父上!」

「祖父様!」

「…」


 これ以上はいけないと最帆と航が強く諫めるが、先人は黙っているだけ。溌は他が聞こえていない。

 更に深く嗤う溌。


「どうだ?」

「溌殿」

「何だ?」


 先人の声に優しく答える溌。その瞬間、


「黙れ」

「!」


 空気が変わる。重い圧をその場の皆全身で感じ取る。

 先人は真っ直ぐに溌を見つめる。


「忠臣を穢す事赦さぬ。大知光村を国賊に堕とすつもりか。身の程を知れ」

「…」


(光村様と同じ圧。初めて会った時にも感じた。言葉が出ない)


 息をのむ溌。先人は続ける。


「忠臣は言った。大王あって国は守られると。失脚し、追放されても兵らを使わなかったのは戦で犠牲になる者らを思っての事。この国で生きるすべての者らを守るため」

「…」

「力でねじ伏せた後に苦しむ者らを知っているから」

「!」

「国を守るため、忠臣は在る」


 溌は思い出す。

 失脚した後、服織にどうにか連れて行ってもらい、光村に会った。泣いて縋りついた。


『兵を、俺らを使ってくれ。そうすれば』

『その力でそなた達は苦しんだ。すまない、溌。そなたは、』


 かろうじて出た言葉。深い絶望と哀しみが伝わる。しかし、それでも、力を使おうとしなかった。けして。それは、わかっているから。力の果ての苦しみが。



 溌は先人を見つめる。


「溌殿」

『溌』


 先人の言葉と光村の言葉が重なる。


「貴方は国を守れ」

『そなたは、国を守れ』


 質に出て五年後。都から味の国に戻る事となった時の光村の言葉を思い出す。


『国に戻りたくなど無い。光村様と共に居たい』

『何を言っている。もうすぐ当主になる。そうしたら共に国を守ってくれ』


 困ったように微笑んだあの御方は澄んだ目をしていた。目の前のもう一人の主と同じように。


「…はい。そうします」


 涙交じりに言葉を出す溌に先人は正気に戻る。


「…は、申し訳ありません。また」

「いや、いい。うん。そうだ。うん。その通りだ…」


 俯き、しかし小さく笑っている様子の溌を見た最帆と航は、先人に深く頭を下げる。


「先人様…ありがとうございます」

「ありがとうございます。先人様」


 溌を苦しみから解き放ってくれた主へ敬意を捧げるように、二人深く頭を下げ続けた。

 その様子を見ながら、鋼はそっと瀧に話しかける。


「…瀧、先人はすごいな」

「怖くないか?」


 瀧の言葉に鋼は小さく首を横に振る。


「格好いい。強くなった。すごい。良かった」

「お前すごいな」

「お前は怖い?」

「まったく」

「だろ?」


 二人小さく笑う。


(狂いが消えた。恐らくは憎しみまでには抑えられただろうな。前当主は、だが)


 そう考えながらちら、と航を見る瀧。


(次は、どうでるか)


溌と光村の過去についてはこの章の終わりに一話入れます。良ければ読んで頂ければと思います。

ちなみに最帆は母親似(溌の妻)です。航も最帆に似ています。最帆の口調の丁寧さは前長の帆凪が教育したためです。

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