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和乃国伝  作者: 小春
第九章 きたとうみ
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十六.味の国


 波流の港から船に乗り、味の国へ行く。その船の中である。

 先人が船から海を見渡し、隣にいる航に声を掛ける。


「海の船は始めてです」

「はしゃいでいると落ちるぞ。助けられない」

「はい。気を付けます。航殿」

「ん?」

「今回の件、思う処があると思いますが連れて行って下さりありがとうございます」


 味の国はかつて反乱を起こした。現長の溌が成人を迎えたばかりの頃で、その戦は都が勝ち、味の国は壊滅状態になった。その時の大将軍が何もせず去り、大連・大知光村が立て直した。反乱は味氏の責もあるが、何もせず去った者を擁護し、立て直した忠臣を追い出した都を味の国の者らは憎んでいるのである。

 それを思い、先人が礼を言っているのをわかっている航が少し考え込む。


「うーん。今回の間者はまあ、大した事無いし、別にいいと思うけど。何でか分からないけど祖父様が気が付いたら都に返答していたって父上がぼやいていた」

「そうなのですか?」

「うん。屋敷の中にまで来たのはこちらの失態だし、何か見るとか取られるとか、していたら違うのだけど」


 航の言葉に黙って話を聞いていた瀧が声を出す。


「守気の国の時と同じだな。なら、何でなんだろうな」

「うん。何かあるのかも。溌様に聞いてみよう。あ、」


 事情を知らない鋼にどう説明するべきか迷う先人に、鋼はあっさりと頷く。


「そういえば光村様が立て直した国か。うん。なら、話は早いか。良かったな。先人」

「…鋼」

「何でもいいって。お前と居られれば」

「うん。ありがとう」

「前当主様にも何か考えがあるのでしょうか。若様、」


 深い信頼関係が見える先人と鋼の様子に些か危機感を抱いた瀧が補足しようと航に声を掛ける。が、航はにっこり笑い、鋼に声を掛ける。


「仲が良いですね。先人様と」

「はい」

「身分が違いますが」

「互いに良ければいいのです」

「はい。航殿、ずっと味方で居てくれました。大切なのです」


 笑顔で答える鋼に、先人も笑顔を航に向ける。


「…そうですか。失礼しました」

「いいえ」


 航の謝罪に笑顔のまま答える鋼。にこにこしている先人と鋼に頭を抱える瀧。瀧と船に居る者すべては気付いていた。空気がぴんと張りつめ、息がし辛くなっていることに。


(だから何で気付かないんだ。二人共…)


 幼馴染二人の鈍感さと肝の太さに更に頭を抱える瀧である。





〔味の国〕


 味の国の港に入る。船での物資・人の輸送が盛んに行われているため、賑やかである。この時代の船は一度にそう長く進まないため、あちこちに港がある。船人の休憩場でもあるため、どの港も人が多いのである。味氏の屋敷は少し先で、四人で歩いている。先人が辺りを見渡す。


「波流の港と同じく、賑やかですね」

「まあ、こっちが本流だし、負けてられない」


 波流の港を治めているのは瀬津氏せつしで味氏の分流である。なので本流である味氏の力が強く、海の中継地である波流の港に負けないくらいの規模なのである。

 先人は興味深げにあちこち見て、航が説明している。


「建物の形や飾りも都とは違いますね」

「海に対応した材料やつくりだし。海の者は洒落者が多い。海に落ちた時にすぐに気付いてもらえるよう派手にしている」

「成程。そうなのですね」


 真面目に頷く先人に航は小さく笑う。


「冗談だ。真に受けるな」

「そうなのですか?」

「素直だな。先人様は」

「お恥ずかしいです」

「無礼だと思わない?俺の態度」


 航の問いに先人はすぐに首を横に振る。


「いいえ。知らなかった私の責ですし、航殿の話はわかりやすいです。他に冗談はありますか?」

「さあ?どうだろう」

「困ります」

「ははは」


 その様子を見ている鋼は微笑ましく見ている。


(仲良さそうだな。先人は素直だし、若様は歳上で話上手。兄のような感じか)


 一人で納得したようにうんうん頷いている鋼に瀧が小声で話しかける。


「…お前さ」

「ん?」

「もう話すな」

「何で?」

「味氏皇后」

「…ああ、あの大王を独占していたと言われている…それが?」

「もう黙れ」

「何で?」


 困惑する鋼に真剣な顔と声で忠告する瀧である。瀧は先人が大切だが、鋼に対しても情はあるのだ。複雑ではあるが。


 ちなみに味氏皇后。狂うと言われているが、夫一筋で独占もしていたと言われている。





〔味氏屋敷〕


 しばらく歩くと大きな屋敷が見える。今まで見たどの屋敷よりも大きく、形が変わっている。都はどの屋敷も落ち着いた造りで品のある造りを重視しているし、青海の国は社のような造り、守気の国は防衛を主とした造りであるが、味の国は屋敷が大きく、高い。高い部分から何か物資が移動出来そうな頑丈な造りになっている。

 先人は屋敷をじっと見る。


「大きいですね。何か雰囲気が変わっているような」

「海が近いから建物が飲まれないよう大きく高くして素早く人や物の移動がしやすいように工夫してある」

「成程」


 海は荒れやすい。季節によっては強い風も吹き、雨も。そうそれば海は荒れ、波が高く、こちらに流れ込む恐れを考え造っているのか、と考え、先人は深く頷く。そんな先人を見て航はまた笑う。


「冗談だ」

「え?そうなのですか」

「さあ?」

「航殿、困ります」

「すみません。本当です」


 真面目に困った様子になった先人に素直に謝る航。その二人を見て鋼はまた一人頷く。


(仲良くなっている。良かった)

(余計な事を言うなよ…)


 鋼の様子を見て何を考えているか察している瀧がため息を付く。鋼に何かあれば先人がどうなるか、それがわかるゆえである。他の五大氏族はまだわかるが、味氏をはかりかねる瀧である。


 航が門番の兵に声を掛ける。


「客人を連れて来た」

「はい。若様。どうぞ」


 と言いながら先人を見つめる兵。兵だけでは無い。屋敷の者皆見つめている。


「…あの?」

「おい。見るな」

「すみません」


 先人が戸惑い、航が注意をすると兵や周りの者らは慌てて謝り出す。しかし遠くで見ている者らはひそひそしている。


〝あの御方と比べると〟

〝ああ、悪くは無いが〟

〝血筋は同じか?似てないが〟


「おい!何を言っている」

「航殿。大丈夫です」


 屋敷に居る者らに対し、怒鳴る航を先人が諫める。代表して先程の兵が声を出す。 


「すみません。大知光村様の血筋の方が来ると聞き、つい」

「は?」


 航が何だそれと言いたげな様子に兵は続ける。


「いえ、その、祖父が昔見た時容貌優れた方と聞きましたので同じかと」

「…」

「悪くは無いですが、聞いた話と違いますね。母方の血が濃いのですかね、若」


 味の国は荒くれ者が多い。悪気は全くなく思ったままを口にする。当主一族もそれを許容しているのでいつもの通り兵も口にしただけなのだが、瞬間、空気が張りつめる。その時初めて皆が気付く。航がまったく笑っていない事を。無表情で皆を見つめている。その場の皆、硬直し、恐怖する。そして、


「…お前ら、」

「そうです。曽祖父様と私を比べるなどおこがましいです」

「…へ?」


 先人の言葉に全員絶句し、航が戸惑いの声を出す。


「あのような美しい方と私を比べるなど考えられません。申し訳ありません。似た処が無く。私もどこか似たかったのですが」


 一切の曇りもなく言い切る先人に屋敷の皆驚き、そして気付く。ものすごく失礼な事を言ってしまった事に。


「いえ、いいえ。申し訳ありません」

「はい。真に、申し訳ありません」


 屋敷の皆土下座する勢いで謝り始める。先人は止め、首を横に振る。


「いいえ。こればかりはどうしようも無く、ですが私は間違い無く大知氏の子ですのでご心配なされませんよう」


 その真っ直ぐな言葉に屋敷の皆罪悪感を抱き、航は絶句して先人を見つめている。

 兵のさっきの言葉で怒ろうとした鋼が慌てて出て来る。


「若様。すみません。先人は昔から光村様の事になると様子がおかしくなって、なあ、瀧」

「はい。とてもおかしくなります」


 鋼と同じく兵らを精神的に痛めつけようとした瀧が冷静に突っ込む。


「鋼、瀧。…おかしいのか?」


 二人頷く。


「そうかな?」

「そうだ」


 鋼の返事に何度も頷く瀧。それを見て、航が笑い出す。


「いや、本当、まじか。顔貶されているのに」

「いえ。曽祖父様に適う訳がありません。比べるのも失礼です」

「いや、光村様の奥方様似なのだろう?元々が違う顔だし」

「はい。比べるのも失礼です」

「わかった。けど、光村様は何も言わなかったのか?」

「はい。曽祖父様はいつも優しく暖かく見つめて下さいました。容姿については何も」

「そっか」

「はい。私を見つめ、慈しむような優しい目をされて」


 それを聞いた瞬間瀧が、ぶはっとむせ、せき込み、俯く。鋼が瀧に近付く。


「瀧、どうした?」

「いや…」


 やっとで答える瀧。光村にいつも脅されるか圧をかけられていたので想像が付かない。と言うか想像したくない。

 それは気に留めず、航は先人と話を続ける。*先人は光村の事になると他が見えず感じなくなる。


「そうなんだ。ふーん。でもさ、いい顔しているぞ。先人様」

「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」

「世辞じゃないんだけどなあ」


 空気が穏やかなものになり、周りの皆安心していたら、航に似た容姿の壮年の男性が現れる。


「航。どうしたのです。連れて来たのでは?」

「父上。うん。ここにいる。けど、」


 ちら、と周りの兵や屋敷の皆を見る航。


「?」


 航の様子を不思議そうに見つめる壮年の男性。航の父であり味氏当主の最帆さいほである。

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