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和乃国伝  作者: 小春
第九章 きたとうみ
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十一.月の記憶

〔守氏屋敷前〕


 門番の兵がやって来た者を見て驚いている。


「あ、貴方様は」

「当主様に話をしたいのですが、よろしいでしょうか」

「はい」


 慌てて報告に行く門番を見ている先人の後ろに縛り上げた間者がいた。




「と言う事で情報を手に入れようとした間者とその仲間らを捕まえましたので引き渡したく戻りました」


 門番から話がすぐに通り、案内された部屋は当主一族揃い踏みであった。先人、瀧、鋼、了が座るやいなや先人がすぐさま事情を説明する。当主一族皆驚きつつも頭を下げる。


「何と。真に礼を申し上げます」


 前当主の戍士が更に深く頭を下げる。先人は首を横に振る。


「いいえ。たまたまです。休もうと村に入ったら行商人の振りをしていたのです。皆が気付いてくれました」


 先人が瀧達に目を向けると瀧が補足する。


「はい。この者(了)が話を持ってきた者の違和感を思い出し、行商人と同じと気付き話してくれました。それで問い詰めたら白状しました」


 瀧の言葉に頷く守氏現当主・衛士。


「そうでしたか。ありがとうございます。今調べを進めている氏族の者らの手かもしれません」

「はい。お任せします。そしてそちらで裁いて下さい」

「それは、よろしいのですか?」


 裁きを任せると言った先人の言葉に戸惑う声を出す護士。先人は真っ直ぐに当主一族皆を見つめ考えを話す。


「都で命じられたのは都から派遣した技術者の引き渡しです。こちらの責の話。ですがあちらの者ら(間者)は守気の国全体の問題、一つ間違えれば戦となりましょう。それは避けなければ」

「先人様」


 衡士が何かを言おうとするが、先人が遮り続ける。


「我らは何も見なかった。ただ引き受けに来た。それで良いのです。私は宇茉皇子様に仕えていますが、統括です。皆様は私が守ります。裁量をお任せします。皆様」


 先人が深く頭を下げる。それに続いて瀧も、鋼も了も頭を下げる。

 衡士は、先人を見つめ、思い出す。


『五大氏族。我が国の最大勢力、皆の事を言う。私が統括として立ち、国のものとする。しかし、下に見る事も思うまま操る事もしない。皆は私が守る。思うままにせよ』


(光村も、そうだった。けして己を上としなかった)


 静かになり、間が出た事で先人は戸惑い声を出す。


「…衡士様」

「いいえ。わかりました。そのように致します」


 長である衡士が深く頭を下げる。それに続いて前当主の戍士、現当主の衛士、護士が深く頭を下げる。


「はい。真に、高潔な」

「唯一様…」

「先人様」


 当主一族が俯き震えている様子を見つめ、鋼が思わず内心突っ込む。


(…美形四人が感動している。そして春の空気が…)



 話が終わり、先人は瀧達に目線を送り立ち上がろうとする。


「では、今度こそ失礼致します」

「いえ、もう日も暮れます。お泊まり下さい」


 衡士に引き留められるが先人は首を横に振る。


「ですが二泊も。ご迷惑になります」

「何を仰いますか。間者を捕まえて頂き、引き渡しに来られたのです。礼をさせて下さい」

「すぐに仕度をしますので」

「はい。すぐに」


 戍士、衛士、護士の順に引き留められ先人は少し考え瀧達に目を向ける。


「瀧、鋼。了さんも、いいですか?」


 問われ、全員頷くのを見て、先人は当主一族に向き直る。


「では、もう一晩お願い致します」

「はい」


 衡士が笑顔で答える。


 その後、少し待ち、護士の案内で休む部屋に通される。


「今日はここでお休みください」

「護士殿。昨日に引き続き、すみませぬ」

「いいえ。一緒に居られて光栄です」

「ありがとうございます」


 にこにこしている護士を見て先人も笑う。


「若、取られますね。大丈夫ですか?」

「うん?いや。先人の良さがわかる奴が増えて良かった」

「若は一生そのままなんでしょうね」


 鋼のあっさりした言葉に了は小さく笑う。鋼は幼い頃からこうなのである。大らかというか何というか。鋼は瀧に向く。


「そう。な、瀧もそうだろ?」

「俺はお前みたいに達観してねえよ」

「えー。大分しているだろ。お前も」

「…お前すごいな」

「ありがとよ」

「褒めてない」


 瀧は苦笑いをする。大知光村よりも鋼の方がやっかいだと思うのである。




 その日は食事もそこそこに休む事にしたが、夜中にふと、目が覚める先人。月が綺麗な日である。


(曽祖父様もよく月を見ていたな)


 哀しそうな優しそうな顔をしていた事を思い出し、体を起こし、部屋を出る。


(少し見よう)


 時々思い出し、恋しくなる。過ごした日々を。

 少し歩くと縁側で座っている人がいる。その人が振り向く。


「先人様」

「衡士様。邪魔をして申し訳ありません。すぐに行きます」

「いえ。いいのです。どうされましたか?」

「目が覚めてしまいました。月も綺麗だったのでつい」

「そうですか。そうですね。今日の月は一段と輝いています。私もつい」

「はい」


 しばらく無言で月を眺める二人。すると突然衡士が頭を下げる。


「申し訳ありません」

「何が、ですか?」

「光村様が失脚してその後何もせずにいた事です」


 先人は小さく首を横に振る。


「いいえ。動けば疑念を生みます。曽祖父様は望みません」

「光村様もそのように言ったと聞いています。失脚した際、あの兵を出す事を皆進言したと。ですが皆を国賊にしたくない、自身もなりたくないと言い、何もするなと言われたと。私はその頃、北の反乱が強く動く事が出来ませんでした。すべて後に宗様から聞いた事です」

「はい」

「大知氏族についても何もするなとも。ですが考えなくともわかります。罪人を出した氏族がどのような扱いをされるのか。辛かったでしょう」


 先人は少し考え、静かに答える。


「…父には伯母上(咲)、叔父上(佐手彦)がいました。心を許しずっと助け合っていける存在がいました。…仁湖殿も。決して一人ではありませんでした」

「先人様も、ですね」

「…私は曽祖父様に会えました。道を示してくれました。私は、幸せなのです」

「我々を統括し、大連となり、忠臣を証明するのは並大抵の道ではありません。それでも成すのですか?」

「はい。大知光村の守りしものをすべて守り、必ず証明します」


 衡士の問いに先人は真っ直ぐに見つめ答える。


「何故ですか。何故そこまで」

「在るべき場所に戻したいのです。私の意思なのです」

「…そうですか」

「はい」


 少し間が出来る。やがて衡士が空を見上げて語る。


「…昔、光村様と酒を酌み交わした事があります。北に行く前に一度だけ。月が美しい夜でした」

「曽祖父様は、どんな方でしたか?」

「ご存知でしょう」

「若い時は知りません」

「変わりません。最後にお会いした八年前、その時にお会いしても何も変わっておられませんでした。澄んだ目をした、清廉で、高潔な、美しい方でした」


 懐かしむような哀し気な目をする衡士。それを見て、先人がふと、言葉が出る。


「衡士様もそうですね」

「はい?」

「北を守り、皆を守り、曽祖父様の言葉を守る、清廉で高潔な、美しい方です」

「…」



 先人の言葉に昔を思い出す。北へ行く前に酒を酌み交わした時の事を。


『綺麗ですね。今日の月は』

『はい。…申し訳ありません』


 月を見ていたかと思えば、光村は突然謝罪をする。衡士は戸惑う。


『何でしょう』

『皇子様でありながら臣下にさせ、難しい北へ向かわせる。国のためとはいえ申し訳ありません』

『まだ言われるのですか。自分で決めた事です』

『しかし、』

『私は私の成すべき事をし、国を守ります。その道を示してくれ、皇族と言う枷から解き放って下さった事、心より感謝致します。光村様』

『…』


 衡士の言葉に少し俯き、考え込む光村。衡士は続ける。


『私はもう臣籍降下しました。守衡士です。貴方様の臣下なのです。言葉もそのように丁寧にしなくても良いのです。存分にお使いください。大連様』

『…そうか。心より礼を言う。衡士殿』

『はい』

『そなたは、高潔で清廉な男だ』


 切なく、それでいて優しく微笑んだ。幼き日から守ってくれた師とも兄とも思う存在。初めて対等になれた、そんな気がした。



「…」

「衡士様?」


 先人が不思議そうに見つめているのに気付き、正気に戻る衡士。


「は、いえ、少し、思い出しまして」

「曽祖父様ですか?」

「はい。同じ事を」

「そうなのですか。嬉しいです」

「はい。真に、よく似ておられます。先人様」


 二人笑い合う。互いに慕う相手が同じで優しい記憶があるもの同士。嬉しいのである。

 先人が月を見上げ、ふと思い出したように話す。


「曽祖父様も良く月を見ておられました」

「そうなのですか」

「はい。月を見上げて、貴い方を降りさせ、無理をさせてしまったと呟いておられました。何の事かはわかりませんでしたが」

「…そうですか。いつまでも、そんな事を」


(何十年たつと思っているのか、未だに言っていたのか。真面目な奴だ。昔から)


 七つの時初めて会った。それからずっと敬い守ってくれた。光村を思い出す時、衡士は衡皇子と呼ばれていた時に戻ったり、臣下となり衡士と名乗った時に戻ったりする。口調も戻ったり丁寧になったり。


「衡士様、」

「ありがとうございます。先人様」

「?」


 衡士の言葉に首を傾げる先人。それを優しく見つめる衡士である。そして、


(…またやったな)

(…曽祖父様)


 寝床から出て行った先人に付いてきた二人。先人に頭を抱える瀧と、何とも言えず複雑な感情を抱く護士が気配を隠して控えていた事を、話に夢中で気付かなかった先人と衡士である。


いずれ詳しく書くと思いますが、衡士は聡大王の末皇子で嬪の子で、身分が低いため宮中で色々あり、光村が守っていました。聡大王の近衛であった光村の祖父の縁で衡士と光村は会い師弟のような関係になります。ちなみに光村が十歳上です。

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