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和乃国伝  作者: 小春
第一章 はじまり
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五.友と綜大臣

「いや、上手くいったな」


 村からの帰り道、日が落ち始めている頃、瀧と先人が話している。


「瀧のおかげだ。ありがとう」

「師匠(鋭)は?」


「先に叔父上と大知の屋敷に。…って、師匠?瀧も弟子になるのか?」

「お前が弟子なら俺も弟子だろ。何か役に立ちそうだし」

「何だそれ」


 当たり前のように言う瀧に笑う先人。軽口を言い合いながら道を進むが、瀧が話を振る。


「でも、これからだな」

「うん」


 瀧の言葉に気を引き締める先人。瀧が続けて語る。


「追い返せたのは僥倖。肝心なのはこれから。向こう(綜氏)がどうでるか」

「敢えて公式の使者としていない相手に出てくるか、という事だな」


 先人の言葉に頷く瀧。更に続ける。


「綜氏族は外交担当。表立って迂闊に影と思われる者を囲ったとしたら国同士での軋轢を生む。ま、本当に欲しいのならもっと上手くやるだろうし諦めるんじゃない?上は」

「出来れば手に入れればいいけど駄目ならいい、という事か?」


「使者の頭も悪くないようだし、仕えていた者らもそこそこ手練れ。でも、そこそこ」

「試した?使者を?」

「使い物になるかどうか、だろうな。ま、よくある話」


 その言葉に先人は黙り込む。


「…」

「どうした?」


「いや、叔父上(佐手彦)に言われた事を思い出した。お前は宮中の権謀術数の中で生きる事は難しいって」

「…」


「近く正式に出仕をする。そしていずれ大知を継ぐ。今回の件で実感した。氏族同士の確執と陰謀、宮中に出ればその比ではない」

「重くなったか」

「少し。曽祖父様のように、それ以上に成れるのかと」


 遠くを見る先人。大知氏の再興、氏族の濁と曽祖父の汚名を雪ぐにはそれ以上にならなければなら無い。それはすなわち


「【化物】」

 

 瀧のその言葉に一瞬空気が張り詰める。先人が瀧を見ると、柔らかく笑っている。


「成らなくていい。お前はお前だ」

「瀧…」


「俺は大知光村という人間は知らないが、お前のことは知っている」

「知らない事はないだろ」


 誰もが知っている事、と続けようとするが瀧は首を横に振る。


「会ったことも話したことも無い者なら知ら無いのと同じだろ。難しく考えるな。お前はお前だ。お人好しの阿呆」

「阿呆」


 結構辛辣である。が、悪意は全く無く優しい。


「今回の件も解決を引き受けた。師匠も手段については何も言っていない。何をしても良かったのだ。使者に内密で師匠を隠すことも使者自体始末することも出来た。何なら師匠自体見捨てることも出来た。だけど、あえて大知光村の名を出すことで綜氏と大知の内輪もめとして内々に終わらせた」


 瀧は一端息をつく。そして続ける。


「隠しても始末しても綜氏の天下。どの道調べられればお前(大知氏)の関与が明らかになる」


 先人は頷く。更に瀧は続ける。


「明らかになればここぞとばかりに滅ばされる。俺達が関わった時点で綜氏の影に読まれていただろう。お前は、一族を守った」

「…」

「放っておくという選択もあっただろう」

「それでは駄目だ」


 即答する先人に頷く瀧。


「ああ、それでは村と村人が危なかった。実力行使に村ごと破壊も在り得た。大きな騒ぎになれば流石に綜大臣が出ざるを得ない。適当な理由で無かった事にされる。村も、村人も、師匠も」


 適当な理由…上に立つ者はそれが許される。曽祖父・光村を思う。大連という高位でありながら大王、陳氏、綜氏によって失脚させられた。高位であっても潰される。そうでない者らは…考えずともわかる。


「お前は、誰も傷つけなかった。死なせなかった。その選択をしなかった」

「だけど、大知氏族を巻き込んだ」

「いいだろ。どうせ綜氏と大知氏は仇敵。誰の目にも明らか。少しのいさかいでも噂になれば大げさに騒がれる。これもその一つ」


 にやっと笑い先人を見つめ、やがてすっと真面目な顔をして続ける。


「黙ってすべてを見通していた。そしてどう動けば被害が少ないかも計算していた。これも権謀術数の内。お前らしいやり方だ」

「瀧もわかっていただろう。お前も」


「お前がそうしたいから、そうした」

「!」

 

 見つめ合う二人。瀧は続ける。


「俺は火の粉が降りかかないのなら何でもいい。お前が望んだから手を貸しただけ。…友、だからな」

「瀧…ありがとう」

 

 泣きそうな顔になりながら礼を言う先人に柔らかい表情で瀧が見つめ、やがてにやっと笑い


「借りな」

「うん」


 いつもの軽い調子で言う瀧に泣き笑いの表情で答える先人。その調子で瀧が続ける。


「ま、だから気負うな。気が向いたら助けてやるよ。大連様」

「からかうな。…だけど、どれだけ時間がかかってもやり遂げる。約束は、必ず果たす」


 曽祖父・光村とのかつての約束を思い出す。その様子を見て複雑そうに笑う瀧。


「もしそうなったら、服織総出で衣を送ってやるよ。大連様にふさわしい衣をな」

「服織氏総出?すごそうだな」

「ああ、豪華なものを出してやるよ」


 軽口を言い、笑いあいながら帰途につく二人の会話を月だけが見ていた。





〔同時刻 綜氏屋敷〕


 悔しがりながら門番を押しのけ屋敷に入る男達。使者一行である。同行していた者らを下がらせ、今後について策を巡らせるが苛立ちが収まらない。


「口惜しい、大知め。力を失いし、化物の一族の分際で」


 ぶつぶつと独り言をつぶやいていると、突然現れる一人の十代後半の若き女性。一切の表情も変えず声をかける。


「主がお呼びです」

 女の言葉に若干の震えと戦いながら主である綜大臣の元に向かう。通された部屋で書物を読みながらこちらを見ることもなく言葉をかけられる。


「戻ったか」

 

 部屋に入るなり使者は勢い良く平伏する。


「申し訳ございませぬ。実は」

「知っている」

「は?」


 使者を見る気配も無く淡々と話す綜大臣に使者は戸惑う。声に色も無く淡々と話を続ける。


きりが知らせてくれた」

 *高位貴族は独自に影を持つ。霧は綜氏の影の一人で先程使者を呼んだ女性。


 大臣の言葉に更に深く頭を下げる使者。


「申し訳ありませぬ。この失態、次こそ」

「もうよい。表を上げよ」


 書物から目を離し、使者となった男を見る。ぞっとするほど冷たい目で。


「何度行った。その度に引いてばかり。何か考えがあると思い様子を見ていたがいたずらに時をかけ過ぎ  

 た」


 ため息をつき、話を続ける。


「等の国と他国の情報、惜しくはあるが表向きでも裏でも手を出しにくくなった」


【大知氏】の事と察し、使者は焦りながら


「あのような力の無い氏族の言など恐れるに足りませぬ。綜大臣のお力があれば」

「【化物】」


 たった一言。しかしその圧は強く、男は声が出ない。更に重い声で続ける。


「かの者の名を忘れた者など宮中にいない。知略、軍略、政略。すべてをかねそなえすべての氏族を従えた男。氏族が力を失ったとしても今なおその名に力があるのだよ。そなたとてそれで引いたのでは無いのか」

「っ、しかし」


 使者が食い下がろうとするが冷たく断する。


「よいと言った。下がれ」


 大臣の言葉に震えながら下がる使者。大臣は一瞥もしない。再び書物を読み始め、一人で話始める。


「しかし、【大知光村】の名を使うとは。あの当主(巌)にしてはらしくない。珍しく賢明な。それほどあの影が欲しかったか」

「それは少々違うかと」


 音も立てず部屋に入ってくるのは先程使者を呼んだ若い女性。


「霧」

「表で動いたのは大知佐手彦。裏で動いたのは、服織瀧、そして大知先人」


 淡々と有るがままを報告する朧に目を向ける事も無く大臣は頷いている。


「服織か、成程。大知先人は嫡男か、宮中で見かける程度だが、どう見る?」

「わかりませぬ」

「わからぬ?」

「判断が出来ません」

「凡庸、とも言いかねるのか」


 話ながら綜大臣は部屋の外のものに目線を向け、軽く頷く。霧はそれを了承と受け取り話を続ける。


「今回の件は服織が露払いしたとも考えられますがそれだけとは思えぬのです」

「曖昧だな。そなたらしくもない。服織が大知を動かし、我らの権力拡大を防ごうとした。己らの主のために。あの氏族は代々そうであろう」

「そうでしょうが、」


 霧は違和感を覚えていた。確かに服織が動いていた。嫡男を使い、当主とその弟を動かし今回の件を落着させた。けれど、とも思う。


「嫡男(先人)は見通していた、そのように感じたのです。服織はそれを察し、自ら表に出ていた。気のせいかもしれませぬが」

「…服織氏族は大知大連に特別な思いがあるからな。かつての恩を返しただけ、ともいえる。まあよい。今回は放っておけ」


 憶測の話には興味が無い。これで話は終わりとの合図のように背を向ける大臣に朧は一礼し、去ろうとするがふと、足を止める。


「どうした?」


 その気配を感じ、背を向けたまま問う大臣。


「いえ、確実に見たとは言えませんが」


 先程より小さき声で言葉を濁す朧に先程かららしくないと感じていた大臣が顔のみ振り向く。


「構わぬ。何だ?」

「嫡男の左腕の内側。恐らく、もんを」 *紋様もんよう


 瞬間、空気が重くなり、固まる。朧はその圧で声が出ない。大臣を見ると目を見開き固まっている。このような表情は一度も見た事が無い。しばし沈黙が流れる。そして、


「ほう…」

 

 空気が戻った瞬間大臣は柔和な顔になっていた。霧は正気に戻り話を続ける。


「紋は大知にとって特別なものと聞いています。先代(巌の父)や現当主(巌)にはそれが無い。それなのに何故あの者が」

「なるほど、なるほどな」


 くくっと面白そうに笑う。霧は見当が付かないという表情で大臣を見つめている。笑いながら手を振り出ていくように促す。

 困惑した様子の霧が去り、部屋の外のものの気配を感じなくなった後、ふと笑いを止め、小窓からの月を見つめ呟く。


「それが答えか。大知光村」


【補足説明】

*紋様は和乃国に遥か昔から自身を守る意味で体に付けていました。大知光村の時代にはほぼ廃れていまし

 たが、光村は祖父から教わり付けています。代々の大知氏を継ぐ証と周りは見ています。

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