十.決定
これにて第八章は終わりです。ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
〔青海の国・帰りの道中〕
先人と瀧は都への帰りの道中、青海の国の国境まで来ていた。先人が後ろを振り返り、気にする素振りを見せる。
「皆様、喜んでくれたかな?」
「喜んだんじゃない?」
先人の様子を察した瀧が平然と答える。先人は自信無げにしているが、瀧にはわかる。主君の意を何より重んじる連中だと。それを貶す事は無いと。そこら辺の感情が理解しにくい先人に瀧は複雑な思いを抱く。ぐちゃぐちゃなのだ。大知氏は。
瀧の思いを知る事無く、先人は話を続ける。
「曽祖父様の心が伝わったのなら嬉しいな」
「お前の心も、な」
「うん。そうだと嬉しい。…瀧」
「ん?」
先人は懐から布を取り出す。五大氏族に渡したものと同じものである。瀧は驚いて見つめ、先人は小さく笑う。
「一緒に作ったんだ。竜胆の花」
「いいのか?」
「うん」
「意味は?」
「誠実」
「そんなんじゃねえよ」
「俺はそう思っている」
真っ直ぐな目で見つめられ居心地が悪くなる瀧だが、小さく頷く。
「…そう」
「嫌か?なら、」
「そんな訳無いだろう。ありがと。お前は自分のは無いのか?」
昔から花が好きなようだから、と思い問う瀧に先人は首を小さく横に振る。
「時間が無かったから」
「何の花?」
「白梅。忠誠と高潔。いつかそれに恥じないようになるって決意表明に」
「ふーん。あの人の花?」
「うん。好きだって言っていた」
その時の事を思い出す様子の先人。笑顔を見せているのでよくわかるが、瀧は何とも言えない顔になる。
「惚気はきっついわー」
「本当の事だけなんだけど」
「うん。お前はそういう奴」
先人は不思議そうに見つめ、瀧は苦笑いする。
〔宮中・綜大臣の執務室〕
新大王の選定をしていた綜大臣・茉子と息子の央子は、突如届いた文に黙り込んでいた。
「…父上、」
「ただのかつての主君に対する恩とも考えていたが、」
青海の国・御記氏からの文である。中には五大氏族の長全員の署名もある。文を読んで愕然とした。
〝綜大臣様
此度は出征と聞き、我ら五大氏族、国のため精鋭を出させて頂きました。主が長く不在でしたが時機と思い、采配を委ねました。それにつきましては、綾武氏の長であり五大氏族長老が都でお話下さいましたためご存じと思います。采配についてその結果を鑑み、我ら五大氏族、若輩なれど、統括に委ねます。
主君・大知光村様が五大氏族をつくり、統括となった経緯を考え、その血である曽孫・大知先人様を統括に据えます。都と我らを繋ぐのは統括です。その意、よくよく受け取られる事、頼みまする。
五大氏族筆頭 御記氏の長 御記宗〟
「沈黙は、出征と前大王崩御で終わりと言う事か」
自嘲するように呟く綜大臣。唯一の成長と、大知光村の孫と曽孫(仁湖と朗)の安全確保、それがなされれば沈黙は終わり。
「沈黙は二十四年か。失脚を合わせれば四十年近く。思ったよりは長い方か」
言いながら頷く綜大臣。
(御記氏が自らかつての権勢を取り戻したいがために主君の血を立てて盾にしたとも考えられるが、大知先人、紋を持ち、出征での様子、大知仁湖と朗皇子を持ち出しての交渉、侮れない。意図は、どちらだ? )
考え込む綜大臣。それを気づかわし気に見つめる央子。やがて意を決し、話し出す。
「父上、ですが恐れるに足りません。五大氏族の意図が統括にあるのか、己らの権勢のためか、まだわかりません」
「央子」
「どちらにせよ、この度の出征で兵を動かした。多かれ少なかれ我らの疑念を買った。それは向こうも理解している筈。すぐには動かぬでしょう。動けば、戦です」
「…ああ、」
「どちらの権勢を持たせたいかはわかりません。ですが、都と軋轢をつくるつもりが無いと心得ます。そうしたいならば出征に乗じ、都を攻めてもおかしくなかった。だが、それをしていない。今も戦仕度をしていると情報が流れて来ない。ならば、今は…父上?」
央子が怪訝な顔をする。綜大臣が笑顔で見つめているのだ。
「いや。良き成長をしたと思っただけだ。聡明だが感情的な処が気になっていたが、しっかりと周りを見て、意図を読んでいる。後継に恵まれ、私は幸せ者だ」
「父上…。勿体無いお言葉です」
「すまぬな。硬い父で。父のようにはいかないものだ」
綜大臣・茉子は父で先代綜大臣・那子を思い出す。見識広く深く、朗らかで良く笑う様子を思い出す。央子も思い出し、首を横に振る。
「いいえ。父上は良き父で、尊敬する御方です。祖父様も喜んでいます」
「そうだといいが。私は父にしてみれば硬い男だと笑われていた」
「祖父様は父上を和ませようとしていたのです。考えすぎて動けなくなるから頼むと私に」
「そうだったのか」
『お前は硬い。頭は良いし見立ても悪くない。自信を持て』
綜大臣は父を思い出す。末の子である自分しか継ぐ者がいなくなり、すまないなといつも言い、守ってくれていた優しい父を。…だが、
「父上?」
央子の呼びかけにはっと正気に戻る。
「いや、そうだな。意図はどうあれ、そう来るならば抑え込むしかない。ならば新大王は、」
「長之皇子様しかいないのでは?」
「央子、もし、・・・ならば、お前はどうする?」
綜大臣の問いにはっとする央子。やがて、小さく笑う。
「…流石、父上。祖父様もそう言うでしょう。私は、・・・で、」
「決まりだ。意図は伝わるだろう。五大氏族。向こうの意図は、どちらだ?」
〔都〕
朝方、都に到着する先人と瀧。青海の国の里で泊まり、戻って来たのだ。
「それにしても、考えてみれば泊って行けば良かったんじゃないか?」
瀧がふと、と言った風に言えば先人は首を横に振る。
「礼をするために行ったのだからそれは良くない」
「向こう(御記氏)も困惑していたぞ。顔」
瀧は思い出す。話の後すぐに帰ると言い出した先人に対しての表情。
「統括なのだから」
「曽祖父様のため。その思いを私的に利用してはいけない」
「わかったわかった」
真面目な主君であり友に苦笑いする瀧。二人は一端各々屋敷に戻り(着替え等のため)、数刻後宮中の前で待ち合わせる。
〔宮中〕
宮中の前で待ち合わせした先人と瀧はすぐに入り、いつもの書庫に顔を出すと宇茉皇子と荻君がいた。二人を見て先人と瀧は頭を下げる。
「戻りました」
「早いな」
先人の言葉に驚いた声になる宇茉皇子。感情を表に出す事は珍しいと思う先人と瀧だが、話を続ける。次は瀧が答える。
「皆様すぐに集まりましたので」
「そうか、流石だ」
感情が出たのは一瞬の事、すぐにいつもの淡々とした様子に戻る宇茉皇子に更に疑問を抱く先人と瀧だが、ふと、先人が荻君を見る。
「荻君殿は大丈夫なのですか?何かぐったりされていますが」
「ああ。大丈夫だ。先人、良く戻ったな。服織も。…助かった」
いつもは疲れた様子など見せない荻君の様子に思わず問う先人だが、荻君は答えず二人を労わる。先人は更に疑問が深まる。
「あの、何か?」
「お楽しみだったようで」
「…二の方様がな」
先人は問うが、瀧が察したように荻君を見つめ、宇茉皇子は苦笑いを浮かべる。荻君は俯き、撃沈している。わからず先人は更に問う。
「何があったのですか?」
「聞かないでくれ」
「…はい」
荻君は俯き、肩を震わせている。余程の事があったのだろうと感じた先人は口を噤む。その時、
「兄上」
書庫に慌てた様子で入って来る長之皇子。朗らかな性質だが皇族としての振る舞いは欠かさない筈が今は焦りを抑えきれずにいる。
「長之皇子様。どうされたのですか?」
「今、綜大臣が…、先人、瀧、戻ったのか」
宇茉皇子の問いにすぐに答えようとした長之皇子だが、先人と瀧を見つけ口を噤む。その様子に疑問を持つが、先人は答える。
「はい。宇茉皇子様からお聞きでしたか。青海の国から先程戻りました」
「そうか。何より。御記氏の長殿から綜大臣に文が届いた。統括とか。良き事だ」
「え…」
「もう、文が。我らより先に?」
長之皇子の言葉に驚き目を見開く先人。瀧も驚き、声を出す。
(御記氏の精鋭、影か。先に放つとは)
行動の速さに驚き、頷く瀧。
「統括。五大氏族をまとめる事になったのか」
「宇茉皇子様。はい。それも報告しようと、ですが御記様が先に出すとは」
「そうか…」
驚く様子の宇茉皇子に問われ、素直に答える先人。本当にすぐに上に報告するとは思わず戸惑う先人。それを見つめ、考え込む宇茉皇子。
「統括か。確か、大知光村殿も」
「はい。荻君殿。兵を出した事で疑いをもたれぬよう思わせるように振りを頼んだのですが、そうなりました」
「そうか。大きな力を得たな」
「曽祖父様のためです。証明のため、力を貸してくれるのです。その意に応えなければ」
「お前のためでもあるのでは無いか?」
「え、」
「唯一と証明され、危うくなるのを防ぐため、力を持たせた。五大氏族が後ろに居れば誰も手を出さないだろう?」
「…成程。そうですね」
荻君の言葉に考え込む先人。それを不思議そうに見つめる荻君。瀧は先人を哀し気に見つめる。
「それで、長之皇子様。綜大臣がどうしたのです?統括について何か?」
「それも、関係ある話ですが」
先人に目を向ける長之皇子。哀し気な目をして。
「長之皇子様?」
その目が気になり思わず問う先人に、長之皇子が答える。
「すまない。先人」
「え、」
「兄上。綜大臣が他の高位貴族を呼び、決定しました。新大王です」
通達の書簡を見せる。見本のようだ。清書はこれから、そして全氏族に通達される。
宇茉皇子がそれを読む。そして、目を見開く。長之皇子は頷き、そして先人達を見る。
「新大王は、私の母。諭大王皇后。そして、」
その言葉を継ぐ宇茉皇子。
「陽大王様の末皇女様。鍾愛の皇女と呼ばれた御方だ」
先人は固まる。陽大王は、光村を失脚させた大王。その御方の、鍾愛の皇女。
荻君も目を見開き固まるが、瀧は静かに見つめている。
(成程。そう来たか。鍾愛どころか唯一ではとも言われていた末皇女。忠臣の唯一にはうってつけか)
手を握り締める瀧。
(潰しにかかったか。やれるものならやってみろ)
冷たく見据える瀧。
第九章は長めになります。守気の国と味の国の話になります。それぞれの国の話になるので章を区切るか考え中です。諸事情で一話ずつ短くなりますが、読んで頂ければ嬉しいです。よろしくお願いします。
更新はいつものように水・土曜日で、来週から始めます。よろしくお願いします。




