八.五大氏族の若様達
光村の事でひとしきり話した後、熟練が先人に声を掛ける。
「…先人様」
「はい」
熟練の声が若干低くなった事に何かを察し、先人は真剣に返事をする。その様子に熟練は頷き、話を続ける。
「宮中で、宇茉皇子に会いました」
「はい。聞いています」
「側に居る者の事は」
「はい」
荻君の事だと察する先人はすぐに頷く。それを気づかわし気に見つめる熟練。
「大丈夫ですか?」
「はい。私が言いたい相手は違います」
陳氏への思いを聞かれているのだとわかり、先人ははっきりと伝える。言いたい相手も違えば、恨み憎しみは無いと。それを聞いた熟練は更に低く声を出す。
「…先人様、あの者には」
「熟練様、何だ?」
黙って聞いていたが、空気が重くなった事に疑問をぶつける溌。熟練が答えるより前に宗が答える。
「居たのですよ。裏切りの分流が」
「…ふーん。何で?あ、皇族に助けられたって」
溌も声が低く平坦になる。宗も表情を変えず頷く。
「ええ。宇茉皇子が」
「成程。皇族に好かれていましたからな。あの者は。私はまったくですが」
衡士も表情、声が平坦になる。彊悟も同じく。
「父もまったく。私もですが」
皆冷たく重くなった事を感じ、先人は口を開こうとする。聞いてみたいのだ。陳氏の事を。
「皆様、」
「先人様。若い者らともお話を」
先人が声を出し切る前に宗が先人を若様達の処へ促す。それに違和感を覚えた先人。
「宗様」
「先人様。我らは同じ轍を踏むつもりはありません。光村様と同じにはさせません。決して」
「…」
宗から発せられる冷たく、重い空気に今は何も聞けないと感じた先人は大人しく若様達の処に行く。
それを確認して、宗は長達の処に戻る。すぐに熟練が話しかける。
「宗殿」
「熟練様。あの者の話題を突然出すので驚きました」
「念を押すつもりだったのだ。近くに居れば情も沸くかもと」
「…例えそうなっても引き剝がすまで。時が来れば出仕させます」
熟練の言葉を宗は一蹴する。冷たく突き放す様子に溌は気になり、問う。
「何で?ただの分流だろ」
「ああ。皇子の力に守られるだけの弱き分流だ。そうだな。宗殿」
「ええ。何かの因縁ですかね。今更来られても困りますが」
溌の問いに熟練が答え、宗に促す。宗は冷たく答える。思い出している。荻君の姿を。かつての男と同じ顔を。
それを見て衡士がしみじみと、冷たい声を出す。
「…同じ主君に仕えるとは」
「父が知ったら叩き斬りますね。分流でも。…壊すだけの男の血など」
彊悟も父・師悟を思い出す。津の国であの男がやった数々の事を聞いている。思い出す度、怒りで狂いそうになる。
皆の様子を見つめ、宗も更に冷たくなる。
「所詮は滅びた氏族。放っておけばいいのです。ですが、万一、かつてと同じになった時」
長達が全員頷く。昏い目をして。
陳新鹿。すべて壊し去って行った男。反乱を起こした国を壊し、立て直す事無く、大知光村に押し付け去って行く。皇族の信頼を一身に受け、最後は、友であり同士を壊した。
〝我らから主を奪いし者、決して赦さぬ〟
五大氏族は今なおも憎み続けているのである。
(想像より遥かに大きい。陳新鹿への憎しみは。いや、それよりももっと…)
瀧はそれを気づかれないように静かに見つめている。
先人は、少し離れた処で集まっている若様達の方へ向かい、頭を下げる。
「皆様、今日はありがとうございました」
礼を伝えると、すぐに佑廉が近付いてくる。
「先人様」
「はい。佑廉殿」
「私が先に出会ったのです」
先人は唐突に言われ戸惑うも、話の内容を察し小さく笑い、話をする。
「はい。津の国では補佐をして下さり」
「はい。私が補佐をしました」
「はい。とても助かりました」
「主君に尽くすは臣下の務め。必ず行きますのでどうぞよろしくお願い致します」
「はい。その際にはよろしくお願い致します」
「勿論です」
にこにこ笑う佑廉に言いたい事を察するが察しきれないので戸惑う先人。それを見つめる瀧。
(半分くらい伝わってないか。先人の前ではこうだが恐らく腹黒…)
佑廉の気性を察し、内心ため息を付く瀧。
次いで、護士が先人に近付く。
「先人様」
「護士殿。遠い地から来て頂き、」
改めて挨拶をしようとする先人の言葉を遮る護士。
「いいえ。お会い出来て良かったと心から思います。生涯を捧げるに値する主君に会えたこと我が喜びでございます。国に戻り研鑽を積み、都に行きます。その時には片時も離れずお守りします」
「はい。その時来れば共に国を守りましょう」
「はい」
先人の返事に笑顔になる護士。表情や感情がわかりにくい人だと思っていたがそうでは無いらしいと思い、笑顔で返す先人。
(真面目な方だな。忠誠心が篤い。良き方だ)
(面倒な性質だ。成人前らしいし、まだ来ないだろう)
先人は好感を持ったが、瀧はまた内心ため息を付く。主君しか目に入らず、一途過ぎる気性に頭を抱える瀧。
護士との話も終わり、航に挨拶をする先人。
「航殿。この度は」
「ううん。いい。祖父様がごめん」
最初の話の事を言っているのだと理解し、先人は首を横に振る。
「いいえ。私も、悪意は無いとわかっていたのですが、曽祖父様の事だけは、つい。航殿も巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「ううん。それはわかる。大事な人を貶されれば怒るのは当たり前。祖父様は思った事をすぐ口にするだけで基本悪意は無い。余程の事が無い限り」
「…それは」
光村の事、そう察している様子に航は頷き、先人を見つめる。
「うん。そういう事。今回はまだ小さいけどそれを吹き飛ばすくらい怒ってくれてすっきりした。怖いから本当に」
「そこまで思ってくれているのですね。嬉しいです」
「怖いよ」
複雑そうな表情で言う航に先人は首を強く横に振る。
「溌様と話して、心から慕ってくれていたのが伝わりました。そうして怖いと思われる位怒ってくれる程、曽祖父様は慕われていたのがわかって、嬉しいのです」
「…」
「航殿?」
先人の言葉に目を見開き、黙る航。先人が声を掛けるが、すぐに聞かれる。
「俺は祖父様止めなかったけど、腹立たないの?」
「?いえ。航殿は曽祖父様を直接は知らないでしょうし、私の事も知らないでしょう。それに止めて下さっていました」
「強くは止めてない。一応、礼儀として止めていただけ」
「それは当たり前です。初めて会ったのですから」
「主君に対して無礼とか」
「いいえ。まったく。私は統括としてまだまだです。ですが、必ず成し遂げます。その時、力を貸して下さると嬉しいです」
「…」
航の問いに次々と答える先人。先人にとって当たり前なのだ。誰でも直接知らない者に対し礼儀正しくはいかないもの。それをわかっているのでそのまま答える。航はじっと先人を見つめている。
先人は改めて頭を下げる。
「まだ頼りないですが、必ず見合うようになりますので、その時、よろしくお願い致します」
「あのさ」
「はい」
またもや航が遮るが、先人はそのまま話を聞いてみる。
「味の国は海を預かる国だ」
「はい」
「海は荒い者が多い。口調も態度も、まあ服装も?」
「はい。聞いています。師様から教わりました」
「津の国の」
「はい」
津氏の先々代、師悟。色々教わった事を思い出す先人。
航は考え込むようにして、やがて、話し出す。
「うん。だからさ。何ていうか、そう素直だと、うん」
「はい」
「うん。わかった。多分だったけど、わかった。祖父様と同じになるのは嫌だったけど仕方ないな。うん」
「…?」
困惑して見つめる先人に笑顔になる航。
「いいな。わかった。うん。…先人様、これからよろしくお願い致します」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「うん」
にこにこ更に笑顔になる航を見て先人も笑う。それを見つめながら、瀧はうっすらと察していた。
(頭が確か…)
回想・・・
青海の国へ行く前、頭であり父の吹と話した事を思い出す瀧。
『味氏は五年前反乱を起こし掛けた』
『何で?』
『陳氏は五大氏族に味方になるように文を出していた。それを見た前当主が切れた。国を壊し立て直す事無く、国を立て直した主を追放させ、無為に生きさせ、大王に進言し光村様を…我慢の限界がきたのだろうな。先人様が居なければ起こっていただろうな…』
遠い目をする吹に瀧は考え込む。
『…唯一を優先したと』
『前当主は狂っていた。まあ今もだろうな。味氏当主らは代々そういう者らが出ると言われている。味氏の皇后も中々だったと聞いている。夫、主、大事な存在を奪われれば狂う。今代は、どうなるか…』
回想終わり・・・
(祖父様と同じになるのは嫌、仕方ない、つまり…)
瀧は瞬時に察した。
(だから誑かすなと…。もう遅いか…。頼むから都には来るなよ)
内心頭を抱える瀧である。
そうとも知らず、先人は侠悟に挨拶をしようと近付くと、侠悟から声を掛けてくる。
「先人」
「侠殿。今日は」
「もういいって。良く分かった」
改めて礼を伝えようする先人の様子に苦笑いをして遮る侠悟。だが、先人は別の事もあり、頭を下げる。
「はい。あの、当主様にも礼を伝えたいです。文を書きます」
「ああ、居の国の。渡しておく。喜ぶぞ」
居の国のために広の国へ流した噂、その策を出し、実行した人物まで伝えてくれた事に対して礼をしたいと思っていた先人はほっとする。そこまでは望んでいなかったが、戦は終わった事に安堵する。
「ありがとうございます。師様にもお会いしたかったです」
「じーさん(曽祖父・師悟)もそう思っているよ」
深く頷く侠悟に先人は小さく笑う。
「前に会った時には聞かなかったので驚きました」
「悪い」
「いいえ。それ処ではありませんでしたから。師様に失礼は無かったかと」
「いいや。まったく」
失礼が多かったと今になって思う事が多々あった師悟との日々を思い出し、呆れていなかったと心配をする先人に侠悟は直ぐに否定する。
「そうですか?」
「ああ。ずっと褒めていた。聡明で素直で清廉な子だって。俺の主だって」
「それは、嬉しいです。ですが主とは」
主と言うのに戸惑う先人だが、侠悟は師悟を思い出しながら続ける。
「辛い目にあってきた。子どもにさせてもらえなかった。必ず守れって言われていた。だけど、じーさんが亡くなって、時だけが過ぎて、忘れて変わっていくものもあるんだって思っていた」
「忘れた事などありません。成すために生きてきました」
「ああ。目の前に現れた主は何一つ忘れていなかった。志も、じーさんの教えも。…申し訳ありません。主君を守らず、一人にさせ、立たせていました」
突然口調が変わり、戸惑う先人。
「侠殿。それは」
「罪人を出した氏族がどうなるか、考えなくとも分かるのに。さっきの長老様の話、情けない」
悔やむように言われ、先人は首を横に振る。
「侠殿。私は曽祖父様に会えました。そして自分の道を決めて生きてきました。一人でもありません。罪人を出した氏族でも構わないと言ってくれた幼馴染が居ます。瀧もいます。決して一人ではありませんでした」
「…そんな奴がいたのか」
罪人を出した氏族でも、と言う人物は珍しいと言うか滅多にいない。それに驚く侠悟。先人は鋼を思い出し、笑顔になる。
「はい。鍛冶師頭の子で、次の頭になる鋼という人です。真っ直ぐで筋を通す優しい人です。ずっと味方でいてくれました。今も」
「そっか。何か腹立つな。俺の役目だったのに」
「侠殿もこれから力を貸してくれますか?」
「ああ。俺は必ず都に行く。そして必ず守り、力になる。悔いはもうしたくない」
「はい」
いつか来て、力になってくれるという事だろうと思い笑顔で答える先人に、侠悟は真剣に見つめ、やがて笑う。それを見た先人は、思う。
(笑うと師様に似ている。もう一度お会いしたかった)
師様を思い出し、少し切なくなる先人と内心再び頭を抱える瀧。
(…また厄介な。性質的には他よりましか?いや…津の国の反乱、その後から今。あの国の皆、都に対しどす黒い感情が…。例外は立て直した大知光村と先人のみ…。重い…)
侠悟と話を終えた先人は、近付いて来る瑞に挨拶をする。
「瑞様。この度は場を整えて頂きありがとうございます」
「いいえ。良き話を聞かせて頂きました。次期当主として礼を申し上げます。我々の事を考えて頂き」
優しく柔らかく声を掛ける瑞に、先人は首を横に振る。
「いいえ。皆様は守ってくださいました。今度は私の番です」
「先人様。今後は密に連絡を取り合いましょう。統括する立場と筆頭、何かと共有しておいた方が良いと思います」
「わかりました。佑廉殿より鷹を頂きましたので急ぎの際には使いたいと思います。文も勿論書きますが、いかがでしょうか?」
「佑廉殿が…。わかりました。それでお願い致します」
「はい」
「頼って下さい。力になります故」
「ありがとうございます」
優しく微笑まれ、先人は深く頭を下げる。
(良き方だな)
(…筆頭は色々な意味で怖い)
得体の知れない何かを感じる瀧である。




